| ヒカルの碁 | 君の花精次編さらさらと〜26〜30 |
| さらさらと〜26 その夜、白川は精次の話を聞きながら、納得した。 彼が如何に三輪の事を慕っていたのかと。 「プロになったら指導してくれって言われたんだ」 そうか。それで会いに行かなかったんだ。 『本当に奥ゆかしい人だな』 今時の人じゃないよ。 白川もお人好しだとかおっとりしているとか、如何にも穏やかと言う評価をもらうが、目の前にいる人ほどでは無いだろう。 『何となく、お隣さんの気持ちが解るなあ。でも、あの人・・・』 あんまり好きじゃないなあ。僕は。 「ねえ、お隣の要君は囲碁将棋同好会に来てたんだよね」 ちょっとは知っておかないと後々、面倒かもしれない。 「うん、三輪さんが行ってしまって、一人でやってたんだ。その時に囲碁を打ちに来てた。同好会は結構賑やかだったよ。俺一人でやってたって言ってるけど、手伝ってくれる人は沢山いたし」 「そうなんだ」 「うん、好きな時に来て打つだから部活扱いにはならなかったんだけど、部並みには賑わってた」 「要君は頻繁に来てたの?」 「う〜ん、まあ。俺が一人の時に来る事が多かったな」 白川はやっぱりなあと思う。 この人が人気があったと言うのは頷ける話だから。 『要君は独占欲強そうだなあと思ったんだ』 「そう言えば、緒方さんは好きな人いないんですか?恋人とか」 はあ?と、突然の言葉に精次は慌てて白川の前で手を振る。 「い、いませんよ。いません」 「でも、好きな人くらいはいるんでしょ?僕はいますよ」 ははと白川は照れる風に頭を掻く。が、照れてるわけでは無い。 しかし、精次は気がついていない。 「・・・ええと、白川君、恋人いるんですか?」 「恋人ってわけじゃなくて、GFかなあ?」 「そう・・・いや、俺、本当に恋人とかいないですから」 白川も精次に恋人がいるとは思っていない。が、GFくらいはいるのではないかとは思っていたのだが。 『本当に誰もいないみたい?』 「じゃあ、大好きな人っているかな?」 「ああ、それは。甥のヒカルです。可愛いんですよ。後、智も大好きな友達」 「へえ。ヒカル君?」 「あの子の名前は俺がつけたんですよ。俺の姉の息子でね」 精次の顔が優しくなる。その顔は三輪の話をする時に似ているが、大切な宝物をそっと見せるような顔に見える。 「ヒカルはね、俺の欠けてたものだと思うんですよ。あの子が生まれた時にそう思った」 そう言えば、この人の家系は霊能者の家系だったな?と、白川は思い出す。誰かがそんな話しをしていた。 「それって霊能力とかですか?」 「あ、俺、そう言う能力は全然無いんです。本当に全く無いんです。だから、俺は珍しい部類に入るんですよ。血族関係では」 某かの能力がある人が多いんで。 「そうなんですか。でも、緒方さんは感は鋭いと思うなあ」 「そうですか?」 「勝負感のセンスは良いでしょ?」 精次は白川ににこりと微笑んだ。 「それは嬉しい褒め言葉だなあ。まあ、元々、ぼんやりとか言われてる部類だったんで」 やっぱりそうか。と、白川は苦笑を零す。 「あ、笑った。やっぱりぼんやりと思ってたんだ」 「いやいや、僕も良く言われてるから」 「では似たもの同士?」 「かもしれないですね」 「忙しい」 精次は深夜に帰った部屋で呟く。 何故かとても忙しい。一つを片づけたら、次から次に色々と又、増えて行くのだ。 「あ〜あ、ヒカルにも会えないし・・・寂しいな」 精次が三輪の所に行って、一ヶ月が立とうとしていた。 「白川君も何か忙しそうだし。暇なのは爺だけか」 本日、ロビーで若手を捕まえて油を売っている、桑原を思いだし、苦い表情になる。 又、からかわれたのだ。 「何もあんなに人がいる所でからかわなくても良さそうじゃないか」 だから、爺は嫌いなんだ! 桑原にしてみれば、愛情の裏返しだ。「可愛い子ほど苛めたくなるのが男と言うもんじゃ」と気心のしれた者には公言している。 精次にしてみれば良い迷惑だ。(無論、精次は可愛い云々の事は知らないが) 「ああ、楽しかったなあ」 精次はうっとりと三輪との会話を思い出す。 そんな時、ドアベルが鳴る。 「誰?」 「・・・要だよ。精次・・・開けてくれないか?」 さらさらと〜27 精次がドアを開けると、要が立っていると言うかふらつく身体を壁にささえてようやく立っていられるようだ。 一目で泥酔していると解る。 「要、どうしたんだ?」 要がこんな醜態をさらしたのは、精次にとっては初めてだ。 「とにかく、入って」 ふらつく身体を自分にまわし、精次は要を中へと入れる。 「・・・ああ・・・」 「何かあったのか?」 「別に・・・」 今のソファに要を座らせると精次は水と氷を用意した。 「気分は?」 「・・・すまんな。大丈夫だ」 それっきり二人は沈黙してしまう。 「要・・・俺、寝るよ。要はここで寝て良いから」 立ち上がった精次の服が引かれる。 「ここに・・・いてくれないか?」 困惑する精次だが、要は俯いたままだ。 「解った・・・。でも、俺、ここで寝ちゃうかもしれないよ。ここの所、忙しかったから・・・ちょっと疲れてるんだ」 「ああ、良いよ」 精次は毛布を持って来ると要の前に座り、目を閉じた。 暫くしてから精次の耳にひっそりとした要の声が届く。 「精次は・・・夢を叶えたんだよな。俺は・・・。俺は兄さんには適わないんだな」 兄さん?ああ、三輪さんの事かと、精次はぼんやりと思う。 「精次は・・・どうして・・・い・・・かな?」 ?聞こえない。ああ?そっか・・・半分眠ってるからか? 「どうして・・・誰も俺の事を認めてくれないのかな?」 その言葉だけは何故か精次の元にしっかりと届いた。 『認める?』 精次は要が今、何をしているか知らなかった。要も言わなかったし、精次も聞きはしなかった。お互いの世界は違うし、何より精次は自分の事で手一杯だった。 永年の念願だった三輪に会えて、ようやく自分の人生にも一区切りがついた所だったのだ。 一区切りとは大げさだが、踏み出すきっかけになったのは確かだ。 三輪との再会は、子どもの頃に別れを告げたような気分だった。 精次にとっての囲碁は、人生の中で人に向き合うと言う恩恵をもたらせてくれた。 無口で無愛想(本人はそう思っている)な自分には囲碁がなければ到底、人との関わりはなかっただろう。 まあ、事実は逆で、精次の人柄を囲碁が表していたので、それにみんなが憩いを求めたわけだ。 精次は決して優しい人間では無い。時に辛辣だ。 ただ、精次は全てをあるがままに受け止めた。それが辛い時でも嬉しい時でも。 「うん、だから、私は精ちゃんの事が大好きなの」 智は笑う。 大切な幼なじみ。 「俺も智の事、大好きだよ。ああ、うん、本当に・・・俺達は似てたな」 「そうね」 不安定に揺らぐ心を持てあましていなかったわけでは無いのだ。 「精ちゃんも私もね」 翌日、精次が起きると要はいなかった。 「部屋に帰ったのかな?」 自分も仕事がある。急いで仕度をすると、部屋を後にした。 だから気がつかなかった。 「あれ?緒方君、それ何?」 白川に指摘されてようやく精次はそれに気がついた。 「?」 精次の腕にはいくつもの赤い痣があった。 「キスマーク・・・じゃないね。これ。つねった後に見えるけど?」 おどけた調子で話していた白川が急に表情を変える。 「何かあったの?」 何かあったのかと聞かれても何もない。精次は要を部屋に泊めたとだけ話す。 「泥酔してたから・・・悪戯じゃない?」 「・・・気を付けた方が良いよ。暫く、実家に帰ってはどう?」 寝ている人間にする悪戯にしては悪質すぎると、白川は肩を竦める。 「別に要には悪意は無いよ。でも・・・姉さんの所に行くのも良いかな?ここの所、ヒカルとはご無沙汰だし」 「ああ、それが良いよ」 何だかやばい雰囲気じゃない?白川は口には出さなかったが。 さらさらと〜28 白川があまりにも心配するので、精次は姉の家に数日泊まった。 「精ちゃんから泊まりするなんて言うの何年ぶりかしら?」 ご馳走にしましょうね。 「いや、おかまいなく。姉さん」 押しかけてきてごめん。 「何言ってるんだ。精次君」 ヒカルの父親は精次をばしばしと叩くと、笑う。 「そうだ。碁を打ってくれよ。精次君」 「喜んで」 精次は姉の夫が大好きだ。この人は何時も何も聞かない。 聞かれて困る事があるわけでは無いが、細かい事にこだわらないおおらかな性格は三輪と同じだと。 「あらあら、ヒカルと遊ばないの?」 「遊ぶよ。ほら、ヒカル、抱っこしてあげる。後で散歩に行こう」 身長が180pもある精次にはヒカルは本当に小さい。 「あら?それどうしたの?」 隠していたのだが、精次の腕に痣があるのを姉が見とがめる。 「これ?うん、俺も記憶無いんだけど、ふざけて捻られてみたい。泥酔してたからね。あいつ」 「?」 「あ、要だよ。何だか泥酔してて・・・」 姉は何か考えていたようだが、深くため息をつくと、 「子どもなんだから」と話を流した。 五日ぶりに精次が部屋に戻ってみると、白川がやってきた。 昼間、家に戻るかどうか訊ねられたのだ。 「緒方君、泊めて」 「良いけど?どうしたんだ?」 「新しい棋譜を手に入れたから検討会をしようと思って」 「新しい棋譜?」 「そう、韓国のプロのだよ。見るだろ?」 うん、見る見る。 「お姉さんの所はどうだった?」 「楽しかったよ」 白川は精次の顔を見て、それが心から言葉なのだと解る。 「帰りにヒカルに呼び止められたけど、何時までも家を空けるわけには行かないし、棋譜の整理や色々あるし」 精次は名残惜しいけどと肩を竦める。 「実は僕も心配で来ちゃった口なんだよ」 白川は碁石を整理しながら白状すると、にこっと精次に笑った。 「心配性が多くて困るよな。そんなに頼りない事無いんだけど?」 「うん、それは解ってる」 そんな会話の中、ドアベルが鳴る。 「要かな?」 ドアを開けた精次は意外な人物に笑いかける。 「智!暫く」 「お邪魔するわ。精ちゃん。あら?お客様?」 「同僚の白川さんだよ。ほら、あった事あるでしょう?」 振り返った穏やかな顔に智は「ああ」と頷き、挨拶をする。 「精ちゃん、今日、泊めてよ。ね」 随分強引な話に精次は首を傾げるが、頷く。 「良いけど、何かあったの?」 「・・・うん、実家でね・・・。ごめんね。ちょっとだけかくまって。暫くの間」 精次はああと頷くと、喜んでと智に笑う。 「何時までいても良いよ」 「本当に実家の?」 こそりと白川が智に話しかける。精次が席を外している時に。 「まあね。何時もの事だから。でも、精ちゃんのお姉さんが、私にちょっとね・・・で、心配になったから」 あなたもでしょ? 「ええ。僕も。緒方君の腕、痣だらけだったんで」 「まあまあまあ。あのくそがき・・・あ、いえ・・・その・・・」 智は恥ずかしそうに目を伏せる。そうしていると絶世の美女にしか映らない。 「何があったか知らないですけど、僕よりは智さんの方がお話聞けそうですね。今日は帰りますね」 「あれ?白川さん、帰るの?」 「検討会は何時でも出来ますから。久々に幼なじみどうしなんですから、ゆっくり話して下さい」 「あ、でも、ご飯は食べて行ってよ。智が作ってくれるって言ってたから。智の料理は美味しいよ」 「では、遠慮無く」 「ごめんね、精ちゃん」 「白川さんの事?別に良いよ。検討なら明日、職場ででも出来るし、その方が賑やかで良いしね」 色んな意見聞けて。 「ねえ、精ちゃん」 何? 「ちょっと前にね、要の行ってる大学で何だか難しい研究に成功したってテレビでしてたの。要もそれに関わってたのかな?何か言ってた?」 さあ?と、精次は首を傾げる。 「要は何も言わないんだよ。この間、酔っぱらって来た時も何も言わなくて・・・あ、いや、言ったんだ」 「何を?」 「ここにいて欲しいって。ほら、今俺が座ってる所だよ。俺ね、疲れてたから寝ようと思ってたら・・・ここにいて欲しいって」 「そう、ねえ、精ちゃん、要を泊めるのは止めた方が良いわ」 「姉さんに聞いたの?」 智は頷くと、そっと精次の手を握る。 「大丈夫だよ。要はあの日、たまたま深く酔ってたから・・・。俺に起きてて欲しかったんじゃないかな?俺、あれだけつねられても起きなかったんだ」 はは、呆れるね。 「精ちゃん・・・」 智はため息をつくと、精次の頭を撫でる。 「じゃあ、約束してよ。お酒を飲んでる要は泊めないって」 「うん、そうするよ。だから、安心して」 指切りよ。うん、指切り。 さらさらと〜29 「要?」 精次の部屋の前で要が思案顔で立っていた。 帰って来た精次の声に要が振り返る。 「あ・・・精次」 「どうしたんだ?」 「あ・・・この前は・・・ごめん。俺、ちょっと記憶が無くて・・・迷惑かけたみたい。本当にごめん」 「別に良いよ。もう、深酒しなかったら」 精次は記憶が無いと言う言葉に、腕を見る。そこにあった痣は既に消えている。 今更、精次はそれを言う気は無い。 「入って、お茶でも入れるよ」 「良いのか?」 「うん、今は酔ってないからな」 精次は酔っている時は駄目だと言う含みを込める。聡い、要は気がつくだろうと思って。 「何かあったのか?」 精次の言葉に要は首を振る。 「別に・・・。精次は知ってるかな?」 何? 「兄さんの書いた論文があちらで話題になったんだ。聞かなかったか?」 「三輪さんの?いや、全然。慌ただしかったし、手紙にも何も書いてない。知らないよ。俺の昇段なんかは知らせてるけど、あの人からそう言うのは聞いた事が無いよ」 要はため息を吐くと、そうかと微かに笑った。 「そうだと・・・思った」 と、言う声は力が無かった。 「よお、緒方君」 仕事場で呼び止めたのは、大先輩達だ。 「あ、こんにちわ」 「ちょっと飲まないか?もちろん、茶だがね」 精次は考えて、時間がある事を計算すると頷いた。 「君は桑原先生の秘蔵子って有名だけど」 話の中で、精次は嫌な顔になる。 「嘘ですよ。だって、俺、じいさん嫌いですもん」 「はは、あのひねくれた性格でやられたら、嫌いにもなるよな」 良くお解りです。と、精次はため息だ。 「あの人は俺の実の父親の友人なんですけど、昔からあの調子で」 困ったものです。 「実の父?」 「あ、俺は養子に行ったんです。遠縁の伯父の所へ。だから、緒方って言うんですよ」 「そうなのか?」 「と、言っても名前だけなんですけどね。だから、実家で暮らしてましたし」 ほお、と、精次の話を聞いた面々は頷く。 「いや、行洋はガードが堅いし桑原先生はくせ者だから、緒方君の事なんて微塵も教えてくれないんだ」 それは以外だなと、精次も思う。師匠はともかく、あの爺が黙っているのは意外だ。 「でな、君のそのだなあ・・・」 何だか妙な雰囲気だと、精次は思う。勝負師の感と言う所でもある。 「あの・・・俺、そろそろ時間が無くなってきたんで・・・」 かわそうと思ったのだが、慌てて腕を捕まれる。 「いや、もうちょっと待ってくれ」「ほら、お前が回りくどい事してるから」「お前だって」 「単刀直入に言おう。緒方君!見合いしないかね?!」 ああ、当たってしまった・・・。 「白川君に振ったら、おつき合いしている人がいると言われてしまってな。まあ、会うだけでも・・・」 「お断りします」 冗談じゃない。 「でも、緒方君はおつき合いしている人はいないんだろ?」 「いないですが、断る前提なのに会うわけには行きません」 「会えば気が変わるかもしれないよ。美人で頭も良いし気立ても良い」 ああ、頭が痛い。 「とにかく駄目です。俺は今が手一杯で余裕なんて無いですし。それに・・・」 「それに?」 「・・・いえ、何でもありません」 「でも、とにかく、会って見てくれよ。先輩の顔を立ててくれ。容姿端麗で性格良しの君狙いも多いんだ。これから、こんな話も山ほど来るぞ」 あ、ここ、俺が払うから。じゃあ、みんな行こう。 「・・・置き逃げ・・・かあ」 そこには写真と釣書、見合い時間のメモがまさに置き逃げの如くおいてある。 「はは、だから、GFでも作っておけば良かったんだよ」 振り返ると白川が笑っている。 「白川君、酷いよ。知ってたら教えて欲しかった」 「いやいや、僕も今日、言われたんだけど、おつき合いあるの言葉であっさり諦めてもらえたんだ。御大が色気無いとか言うから、これだよ」 あのくそ爺〜。 「塔矢先生は何だか自主判断に任すとかかわしてたし。僕か君が適齢だったみたいだよ」 「断っても良いのかな?」 「そりゃあ、良いでしょ?ところで、さっきのそれに・・・の次って何?」 何時からいたんだ?の不振な目に、「最初から」と、白川はしれっと答える。 「助けてくれても良いのに」 「だめだめ。あの人達が君を離すわけないから、僕からも頼んでくれとか言われちゃうよ」 で、それにって何? 「今まで女性を好きになった事が無い」 白川が唖然とする。 「本当に?全然?」 「うん。だから・・・」 精次は困った顔を白川に向けると照れてふいっと反らした。 「俺は多分・・・こう言う感情に欠落があるんだと思う」 「聖人君子だね」 ま、良いじゃない。白川は暗くなっている精次の背中を豪快に叩くと、 「じゃ、ご飯にでも行こうかあ〜」 傾向と対策の為にね。 さらさらと〜30 見合い・・・かあ。 精次はため息をつくと、自宅のドアを開ける。 「あら、お帰りなさい」 智の声だ。 「どうしたの?何だか元気無いけど?」 さて、どうしたものかなあ? 「何?私が相談に乗れない事なの?」 精次はふるふると首を振る。 「じゃあ、何?」 そう言う智の前に精次は先程もらった写真を出した。 「あら、まあ・・・」 お見合いかあ。そう言えば、そんな年だわね。精ちゃんも。 智は至って、呑気そうだ。 「智・・・俺が見合いしても良いの?」 「良いに決まってるじゃない。精ちゃんにお嫁さんが来たら私も安心出来るのに」 隣の不貞な輩を敬遠出来るとは智は言わないが。 「でも知ってるだろ?俺の事・・・」 ふうと智は肩をおろしため息をつく。 「精ちゃんって昔から・・・そうだったもんね。知ってたのは・・・」 私だけだったけど。 私も異端だったから。 「うん、そうだったわね。精ちゃん、好きになるが無い人だったもんね。私を好きなのは幼なじみとしてだから。誰から好意を向けられても・・・好きな人はいない・・・好きになれないのよね」 でもね。 「こう言うのも良い経験じゃない?」 「そうかな?」 俺は感情欠落な人間だから、こう言うのはどうも苦手だよ。 精次はまだ踏ん切りが付かないらしい。 「お見合いでしょ?ただの」 それに、向こうから断って来るかもしれないわよ。 「気楽にしてれば良いわよ」 一見、非の打ち所がないようにみえる精次だが、致命的とも言える欠点の一つに、女性と恋愛をした事が無いがある。 これだけなら若い頃からの勉学で忙しかったからだろうと周りは思うのだが、精次はかなり早くから気がついていた。 自分には、そう言う何かが欠けているのだ。 「何て言っても誰も信じないだろうなあ」 「そりゃあねえ、精ちゃんは人当たりが良くて、綺麗だから女性なら憧れるわねえ。ああ、そろそろ私も家に帰るわ」 「え?もう?」 「うん、白川さんによろしくね」 見合い当日、精次は丁寧に相手に断りを入れた。 形だけで良いと言われたので、誰も精次に文句は言うつもりは無かったのだが、精次はみんなに頭を下げてまわった。 「ははは。やっぱりなあ」 緒方が勿体ないと嘆く物達の後ろから、桑原が笑う。 「まあ、次回からあやつに見合いの話は止してくれ。今度こそ逃げ回るようになるからな」 「御大、彼には好きな人がいるんですか?」 ふむと、桑原は顎を撫でる。 「ま、いると言えばいるな。海の向こうだがな」 精次が聞いたら、頭痛い!と喚いたような事をさらりと桑原は告げる。 「なるほど!」「ほう、そんな人が?」「海外かあ、言い難いわけだな」 「何?白川さん?」 精次はにやにやと笑う白川の顔を見て、眉を寄せる。 「いや、ちょっと小耳に挟んだ噂。緒方君、恋人いる事になってるよ」 「はあ?」 御大がね、噂の元凶。 「あの爺・・・何言ったんだ!」 「いやあ、将棋の君がね、君の遠距離恋愛の相手だって」 あながち嘘でも無いでしょ? 一瞬で精次の血が昇る。 「何で三輪さんが俺の恋人なんだよ」 そんなわけ無いのに。 「でも、感謝しても良いんじゃない?御大のお墨付きだから、もう見合い話は回って来ないよ」 「う、それもそうか・・・。でも、酷いな。よりによって」 「海外じゃ確かめようも無いからだろう?ま、良いじゃない」 「三輪さんは・・・」 「はいはい。解ってるから。美しい想い出に水を注された気分だよね」 拗ねない拗ねない。 何か納得は行かないけど、爺には感謝しておくかと、精次は溜めた息を吐いた。 |
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