| ヒカルの碁 | 君の花56〜57 |
| 君の花56 「アキラはイベントの手伝いとか行った事ある?」 ヒカルの言葉に、アキラが頷く。 「うん、ほら、子供囲碁大会とか。あ、でも、僕の場合は指導碁が多いな。どうしてもイベントとは時間が合わなくてね」 アキラの対局は多い。それ故に、イベントの仕事はあまり回って来ないのだ。棋譜係もである。 「あ、じゃあ、泊まりの仕事とか行ってないんだ」 「うん、一度もないな。え?ヒカル君、泊まりの仕事?」 「うん、水明館でイベントなんだ。一泊」 緒方に聞くと指導碁とか雑用の手伝いだと言っていた。 「あ、芦原さんも行くって言ってたね」 「精次兄さんもだよ」 緒方は自分がイベントにかり出されると、必ず、芦原を指名する。今回も、対局の解説に指名したのだ。 「へえ、初のイベントだね」 「うん、仕事だけど、楽しみ。どんな感じかな?」 「又、聞かせてね」 笑顔で頷いたヒカルだったが、アキラがその話を聞く事はなかった。 指導碁のスケジュールをこなし、色々な話をして、気が付けばもう夜だ。 『あ、もう、夜だ。精次兄さんは何処言ったのかな?』 就寝前の仕事ではない指導碁をしながら、ヒカルは時計を見上げる。係員の言葉で、そろそろこの会場も閉めるらしい。 「応援してるよ。進藤君、ありがとう」 「どうも」 ぺこりと下げた頭を上げると、緒方がいる。 「お、ヒカル。夜まで熱心だな」 珍しく、とろりとした目だ。少々酔っているらしい。 「緒方先生、何処行ってたの?」 ヒカルは緒方を先生と呼んだ。だが、緒方はそれに気が付いてないのだ。 「ああ、ヒカル。ファンの人が奢ってくれてな。少々飲んで来た」 「そう、大丈夫?」 「ああ」 親しそうな会話で、ヒカルの周りの客がヒカルに尋ねる。 「知り合いかい?」 「あ、まあ、師匠のようなものです」 何か言いそうな緒方の足をヒカルは強めに践んだ。ここでは他人で通すつもりだ。 「そうかね。緒方先生に師事しているのか。緒方先生は今、一番旬の人だから、君も嬉しいね」 「ええ」 「ヒカル、部屋に来るだろ?」 「あ、でも、芦原さん寝てるよ。悪いよ」 「かまうか。俺と打とう」 緒方はヒカルの腕を取ると、ずるずると引きずって行った。 その姿を見送り人々は、 『大丈夫かな?』 と、内心で思うのだった。 「おう、芦原。帰ったぞ」 遠慮なしに灯を付けると、芦原は眠っていたらしい。 「お、すまん。寝てたか」 「むにゃ、あい、俺、朝から解説だから・・・もう、夢の中〜」 「ああ、寝とけ。ヒカル、窓際に座れよ」 「うん、精次兄さん」 窓際には椅子と机、碁盤がおいてある。ヒカルはそれに座った。 「タイトルおめでとう。念願が叶ったね」 ヒカルの声に、緒方は笑う。 「まあ、おまけのような物だからな。来年、防衛してこそのタイトルだよ」 緒方は行洋の名はまだまだこの世界に根付いているのを解っている。彼は自分の師匠なのだ。その名は大きい。 アキラほどでもないが、緒方にもその名は偉大なのだ。 「そうだね。行洋先生は大きかったから。ねえ、タイトルを取ったんだから、プレゼントあげるよ。何が良い?」 「・・・キス」 緒方はうっとりと呟く。 「お前のキス」 「あはは、しょうがないなあ。酔っぱらいは」 ヒカルが身を乗り出すと、緒方も身を乗り出す。 そっとその唇に触れる。 「精次兄さん、疲れてるんだ?」 「・・・まあな」 「そうだ、佐為と打ってあげてよ。タイトル取った記念に。ね、佐為」 月明かりの下、碁石が並べられる。 かちりと澄んだ音が響く。 『佐為・・・これが最後だね』 『ええ、ヒカル。ありがとうございました。精次さんも・・・昔会った誰かだったような気がします。アキラもヒカルも。古に私達は出会っていたのかもしれません。貴方たちが成仏出来ない私を呼んでくださったのかもしれない』 『それは解らないよ。でも、佐為の欠けた物が探せて良かったね』 『ええ、塔矢 行洋が私に欠けた物だったんです。私はあの対局を最後までやりたかったんです。ちゃんとした方法で。それが叶いました』 『そう、楽しかった?』 『ええ、とても。あなた方との日々は楽しかった。魚を見に連れて行ってくれましたね。ネット碁も、色々な所に連れて行ってくれた。飛行場にも。港にも。ありがとう・・・ヒカル』 『それが俺の仕事だよ。俺はきっと佐為の為にいたんだ。こんなに近くにいた人は初めてだ。うん、きっと、そうだ。佐為の為に俺はいるんだ。そして・・・俺の為に佐為はいたんだよ。ねえ、そうじゃないかな?』 『ヒカル、まさか・・・あなたは・・・』 『佐為、生まれ変わりは別人だと言っただろ?俺は俺だよ』 『そうでした・・・でも、言わせて下さい。ありがとう・・・』 佐為が呟いた名前は、ヒカルにしか届かなかった。ヒカルはそれを忘れる事にした。 自分は別人なのだ。 彼が呟いた名など知らない。 「負けました」 緒方が手を止める。 「うん、なかなかの出来じゃない?精次兄さん、酔っぱらってるけどね」 「・・・まあな。おい、佐為。聞け!」 緒方はヒカルの背後を睨む。 「お前が消える前に愚痴を言っておく。俺の可愛いヒカルにべったりとひっつきやがって。俺はお前が消えたら清々する。解ったか?まったく、長居しやがって」 ヒカルが苦笑する。 『本心じゃないから』 『そうですね。でも、半分以上は本音ですね』 『・・・そうかもね』 『ねえ、ヒカル』 佐為はヒカルの右手を持つと、そっとその指に口付けた。 もちろん、素通りする身体なのだから、形だけだ。 『この指を私は守ります。貴方の碁を私は守ります。さようなら。愛しい人』 佐為の声が遠い。 『ああ、声が遠くなって行くね。明日はまだ話が出来るだろうか?』 『ねえ、佐為』 「ヒカル?眠ったのか?」 緒方がヒカルの顔を覗き込むと、ヒカルは穏やかに眠っている。 自分用の布団に入れると、その隣に緒方も潜り込んだ。 「おやすみヒカル」 翌日、ヒカルの顔が何だか冴えないのを懸念した緒方は、早々に彼を家に帰らせた。 「一人で大丈夫か?」 「うん、大丈夫だよ」 「駅からはタクシーを使えよ。家に帰るか?俺の所か?」 「家に帰るよ・・・」 「そうか、俺も帰りに寄るからな」 5月5日、空に鯉のぼりが泳いでいる。 ヒカルはベッドの中からそれを見上げた。 先程、佐為の欠片は全て、自分の中から消えてしまった。 ぽっかりと身体の中に開いた空洞が、ヒカルの気力を削ってしまった。 絡み合うように繋がっていたのだ。 それこそ、吐息まで同じだったのだ。 佐為の消失はヒカルに多大な脱力をもたらした。現在、ヒカルは指一本を動かす事も出来ないでいる。 『精次兄さんが見たら、佐為を怒るだろうな』 もういなくなった佐為を怒鳴る事は出来ないのだが、その光景がありありと解る。 『うん、こうなる事は解ってたんだ』 コンコンとドアが叩かれる。 返事も出来ないヒカルだ。 ドアが開くと、ヒカルの父が顔を出した。 「どうだい?声も出ないのか。大変だな」 ヒカルは僅かに苦笑するだけで答える。 「でも、お前は解っていたんだろうから。私が何か言うものじゃないな。精次君には私から言っておくよ。ゆっくりおやすみ」 ヒカルが僅かに声を漏した。 「ありがとう。父さん」 「おやすみ。ヒカル」 イベントから帰ってきた緒方はヒカルの姿を見て、唖然とする。 「何があったんだ?」 「それは私から話すから。さあ、ヒカルを寝かせてやってくれ」 ヒカルの父は半ば引きずるように、精次をヒカルのベッドから離した。 話を聞いた緒方は、突き上げる怒りにどうしようもなく、拳を震わせた。 「佐為の野郎・・・」 「まあ、怒るな。一月もすれば、元気になるだろう。接触が深すぎたんだな。そのおかげであの子は碁が上達したんだろ?」 ああ、やっぱりそうだったのか・・・。 緒方が臍をかむ。 ヒカルが短期間で碁が上達したわけは、やはり佐為だった。 そうだろうとは思っていたのだ。 だが、佐為がいなくなったヒカルがこうまで衰弱するとは思わなかった。 そう、それほどまでに深く深く、心が重なり合っていたのだ。 緒方は焼け付く嫉妬とその元を作った佐為に怒りを感じ、胸が焦げる思いだ。 しかし、それは自分の勝手な怒りだと言う事を緒方は十分に自覚している。 「早く、元気になってくれ。ヒカル」 今はそれしか言えなかった。 君の花57 自宅に訪れた緒方の話を聞いて、アキラは唖然とした。 「本当なんですか?」 勿論、緒方が嘘など言うわけはないのだが、アキラはそう言わずにはいられなかった。 佐為がいなくなった・・・。 そして、 ヒカルが倒れた。 「ヒカル君に会えませんか?」 緒方が首をふる。 「今日は話は無理だよ。俺も帰って来たんだ。2、3日は無理だろう」 「・・・そうですか」 アキラの落胆は激しかった。 アキラは無意識のうちに、ヒカルは何があっても平気なのだと思っていたのだ。 あの穏やかな笑顔は、何があっても揺るがないと。 「佐為の事が負担だったんですね」 「まあ、端的に言えば、そうだが・・・。あまりにも深く結びついていたからな。消失のショックが強いんだろう。佐為は特別な存在だったからな。一月もしたら、元気になるだろう」 一月? 「そんなにかかるんですか?」 「あ、いや、元に戻ると言う事だよ。寝込むと体力も落ちるしな」 アキラは暫し考えていたが、顔を上げた。 「因島に行って来ます」 いきなりな言葉に、緒方は唖然とする。 「佐為を探して来ます」 「って、佐為はもう何処にもいないんだぜ?」 「いなくても探して来ます。秀策、佐為の手がかりがある所は全て回って、佐為を探して来ます」 へ?と、緒方が惚けている間に、アキラは旅行の荷物をまとめようとする。 「あ、待て待て、アキラ君」 「一人で行くのか?」 「ええ、そのつもりです。大丈夫です。一人で名古屋にも行ってます。少々遠くなるくらい平気です」 それはそうだが・・・ 「師匠にはどう言うつもりだい?」 「緒方さんの所に泊まると言いますよ」 アキラはもくもくと鞄に旅行仕度を詰めている。 「今かい?」 「今です」 「・・・そうか・・・」 アキラが呼んだタクシーは、偶然にも河合のタクシーだった。 「一人で行かせるのは心配なんだがな・・・」 と、言う緒方の言葉を聞いて、河合は一緒に行くと言ってくれた。 「旅費は私が持ちます」 「いや、先生、俺は休暇で行くんですよ。休暇。ゴールデンウィークは働きずめだったんでね。骨休めに丁度良い」 「よろしくお願いします」 アキラは丁寧に頭を下げた。 「何で、因島に何か行くんだい?」 「・・・秀策の墓標を尋ねるんです」 そこで佐為を探す。見つからなくても探す。 ヒカルの為に、アキラは必死だった。 因島に行けば、何かあると。 きっとあるのだとアキラは思っている。 思い込みかもしれない。だが、思い込みでもアキラはヒカルの為に動きたかった。 『だって、僕はヒカル君に何もしてあげてないんだ。ヒカル君が苦しい今だからこそ、僕がヒカル君の為に何かをしてあげたい』 「でね、これが因島の写真だよ」 アキラはヒカルのベッドの脇で、写真を広げる。 「綺麗だろ?」 ヒカルが頷く。 「うん、きれいなところだ・・・」 「今度、一緒に行こうよ。瀬戸内の海が綺麗だよ」 「うん」 「河合さんがね・・・」 向こうで碁会所に入ったんだ。僕が食事をしている間にね。 そしたら、河合さん、賭け碁なんかしてるんだ。 でね、相手の人が広島野球のファンの人でね、河合さん、巨人の話をしちゃったんだよ。 相手の人が怒ってね。 掛け金が五万円だって脅すんだ。 本気じゃないとは思ったけど。で、僕が行ったら、僕と打つのでちゃらだって言うんだよ。 「打ったの?」 「打ったよ。早碁」 「何で、早碁なの?」 「東京の巣鴨にその日の内に行きたかったから。お墓あるでしょ?秀策の」 「ああ、そうだった」 僕が打った人、アマの去年の優勝の人なんだって。 夏にこっちに来た時に又、打ちたいって。 ヒカル君の事も聞かれたよ。 「何?」 「新初段の時の事」 アキラが穏やかに笑う。 「で、何て言ったの?」 「何も。でも、進藤はとても実力があるとは言ったよ」 ヒカルは目を瞑る。 「なあ、アキラ」 「何?」 「俺の力は佐為からの借り物だったのかもしれない。俺はそんなには実力がないのかもしれない」 アキラは何も言わない。 「佐為がいない今、俺はアキラの碁について行けないかもしれない・・・」 もう、碁が・・・アキラに付いていく碁は打てないかもしれない。 アキラはヒカルの手を取った。 「ねえ、ヒカル君。僕は君に沢山の物をもらった。孤独な僕の友達になってくれて、僕の為に父の為に、数え切れない程の物をくれた。僕が寂しいと感じていた物を君が全て埋めてくれた」 僕はね、父が嫌いだったんだ。 もちろん、嫌いと言ってもそう言う意味じゃないけど。 父は近寄りがたい人だった。 僕には大きすぎて、その大きさにいつも戸惑っていた。 でも、ヒカル君と出会う事で僕は変われたんだ。 「碁以外の楽しさをくれたのは君だ。例え、碁が出来なくても僕は君が大好きだ」 僕はヒカル君が大好きだ。 ねえ、ヒカル君。 「碁しか出来ない僕を友人と呼んでくれたよね」 「アキラは友達だよ」 「じゃあ、そんな事を言わないで。僕は君が大好きだ」 アキラは握った手に微かに力を込めた。 ヒカルの暖かさがアキラの手に伝わる。アキラの手の温もりがヒカルに伝わる。 「ありがとう、アキラ」 「ありがとう、ヒカル」 「何、ぼんやりしてるの?精次兄さま」 馴染みの喫茶店で、ぽんと叩かれた肩を振り返ると、まゆみが笑っている。 「ああ、まゆみさんか。いや、ヒカルが・・・」 「うん、知ってるわ。具合が悪いんですって?お爺さまも心配してるわ。対局も休んでるし」 「タイトルが取れても俺は無力だなあと思ってね」 あらあら。 まゆみが笑う。 「今も昔も無力だ。俺は」 「ふふ。人は誰でも無力ですわ。凹んでいるなら、美味しい物でも食べに行きましょうよ。ね、私が奢りますわ」 「女性に奢らせるわけにはいかないよ」 昼時を少し過ぎた頃だった。 まゆみの希望で入ったのは、ハンバーガーショップだ。 緒方はそこで、アキラを見つけた。 「お、アキラ君」 「緒方さん?あ、まゆみさん。こんにちわ」 アキラの前には和谷が座っている。 「こんにちわ。緒方先生」 「お邪魔するよ。和谷君」 緒方の隣の女性に見惚れた和谷は微かに顔を赤くしている。 「今、和谷君にヒカル君の事を聞かれてたんです」 「ああ、そうなのか。もうそろそろだ。学校にも行ってる。だが、対局はまだ無理かもしれないな」 和谷が以外な顔だ。 何故、緒方がそんな事を知っているのだろうと。 「うん、もう少しだよ」 「良かった。お見舞いに行って良いですか?」 「ああ、きっと待ってるよ」 「あの・・・こちらの女性は緒方さんのお友達ですか?」 「ああ、うん。そうだよ。まゆみさんだ」 綺麗な人ですねえ。との、和谷の小声に、緒方は頷く。 「そうなんだよな。爺と血縁とは思えない」 「あらあら、嬉しいわあ」 まゆみと緒方が去った席で、和谷がアキラに尋ねる。 「爺って誰?」 「あ、桑原先生。まゆみさんは桑原先生の孫だよ」 「・・・」 え〜! 「似てない!」 「うん、似てないね」 アキラは答えながら、ヒカルへの見舞いはハンバーガーでも良いかな?と思っていた。 新緑が眩しい季節になっていた。夏は近い。 「進藤、体調を崩したんだって?」 ヒカルが学校から帰ると、伊角が来ていた。 「伊角さん、久しぶり」 「ああ、どうだ?身体の方は」 「もう、すっかり良いよ。そろそろ対局にも出ようかと思ってるんだ。随分休んでしまったしね」 そうか。 「中国に行って来たんだ。向こうの棋院で暫く勉強してきた」 「そう。向こうは囲碁が盛んなんだってね」 ヒカルは母が持ってきてくれた冷たいお茶で喉を潤した。 今日は暑いのだ。 「伊角さんは中国に行ってたんだ。そっか」 ヒカルが寝込んでいる間、伊角は精進をしていたらしい。それも遠い異国でだ。 「なあ、進藤。一局打ってくれないか?」 「良いけど・・・俺、最近打ってないから。伊角さんを納得させられないかもしれないよ」 ちらりと部屋の隅に目を寄せると、埃の被った碁盤がある。 「もう、長い事、打ってないんだ」 それは神経の集中に耐えられる身体ではなかった事もあった為だが、自分の碁がどんな物か解らないと言うヒカルの迷いもあった。 佐為がいない今、自分はどんな碁になってしまったんだろう? アキラはどんな自分でも良いと言ってくれた。 だが、伊角はどうだろう? あまりにも失望させる碁では、情けない。 「打ってくれ。去年の俺の敗因は、解っている。もろさや弱さから逃げていたからだ。もろくても弱くても、俺は俺だ。それがちゃんと解った」 「うん、打とう」 ヒカルは碁盤の埃を払った。 『あ・・・佐為だ』 石の端々に佐為との碁をヒカルは感じる。 『そうか、これは佐為が俺に残してくれた物なんだ。佐為と一緒にいた時間が、残ってるんだ。無くしたわけじゃなかったんだ』 つとヒカルの頬を泪が流れる。 「進藤、腕は落ちてないな」 「そう思う?伊角さん」 「うん、流石、進藤だ」 「・・・伊角さん・・・。今年はプロだね」 「ああ、全勝するつもりだ」 伊角の強い光りの瞳に、ヒカルは頷いた。 「きっと、合格するよ。だって、伊角さんだから」 伊角が帰った後、ヒカルは棋院に足を向けた。 ちゃんと打てた。 佐為がいなくなっても、佐為に学んだ時間は残っていた。 俺の中に佐為が残ってた。 「アキラ!」 廊下の端にアキラを見つける 「ヒカル君?!」 「アキラ!」 お互いに駈け寄ると、距離がもどかしげに手を伸ばす。 「俺の中に佐為が残ってたよ」 「?何?」 「俺、碁が打てるよ」 アキラの目が見開かれると、握った手を引き寄せ抱きつく。 「うんうん。打とう。まだまだ」 「うん。打とう。ずっとずっと」 『碁の神様、ありがとう。僕にヒカル君を返してくれて』 アキラは嬉しさで、胸が詰まりそうだ。 嬉しさでも泣けるのを知ったのはヒカルと逢ってからだった。 「うん、嬉しい」 アキラはヒカルの肩に顔を埋めると、声を震わせる。 「俺も嬉しい」 そんな姿を物陰から、桑原が見ていた。 「おお、ヒカルちゃんか。どうやら、元気になったらしいな」 「爺、見るな」 突っ込みを入れたのは、いつの間にか来ていた緒方だ。 「ヒカル!アキラ君、帰ろう」 「あ、精次兄さん!ごめんね、心配かけて」 ヒカルの言葉に、緒方はヒカルを抱きしめる事で答える。 「本当に良かった」 「うん、ごめん」 「何か食べて行こうか。お前の全快祝いだ。アキラ君も」 「ええ」 「僕にも奢って下さいな」 ひょこりと顔を出したのは芦原だ。 「まあ、良いぞ。今日は特別だ」 「やった!」 「うむ、今年も楽しくなりそうだな」 桑原はくすくすと笑うと、その賑やかな集団の後姿を見送った。 |
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