| ヒカルの碁 | 君の花北斗杯編空のしるべ1〜5 |
| 空のしるべ1 どうしても・・・理解出来ない事だ。 今でも、何故?と、問いかけてしまう。 それほど俺は、価値ある人間ではないのに。 それほど俺は、強くもないのに。 何故? なあ、ヒカル。 お前には解っていたかい? 「解らないよ」 そうか。 「でも、俺はね。精次兄さんが優しい人なのは知ってるよ」 キスしてくれないか? 「うん、良いよ」 体調を崩していたヒカルが、棋戦に復帰した。 「え?お前、今日、三段になるの?」 「そう、対局の進藤が休んでたら、三段昇段だよ。あいつはここの所休んでるから楽勝だよ」 カウンターに肘をついて話していた、村上の顔が変わる。 エレベーターから、ヒカルが顔を出したからだ。 「おはようございます」 にこりと笑うと、お辞儀をする。 その後ろ姿を見ながら、村上は吐く。 「進藤、来たのか」と。 「おはようございます」 村上が振り向くと、アキラがお辞儀をしている。対局上の靴箱にヒカルの靴を見つけると、嬉しそうに頬を弛める。 『もう、来てるんだ』 席を見ると、そこにはヒカルが座っている。アキラを見つけると、にこりと微笑んだ。 『復帰後の初戦は村上さんだったな。まあ、ヒカル君は負けないと思うけど』 それだけの力が、ヒカル君にはあるから。 アキラはヒカルを盲信しているわけではない。ちゃんと実力を見極めた上での意見だ。 『手堅く行こう。今日は勝ちたい』 目の前に昇段がある村上は、どうあっても勝ちたかった。だが、盤面はヒカルに有利に運んで行く。 『・・・追いつけない?』 どうあっても、上手くかわされてしまう。 「負けました」 村上が、ヒカルに頭を下げた。 「ありがとうございます」 ヒカルがほうとため息を吐く。復帰初戦にかなり緊張していたらしい。 『アキラは終わったかな?』 周りを見渡すが、アキラの姿はない。 『帰ったんだ。忙しいのかな?』 アキラもヒカルもまだ学生だ。学業との両立は忙しい身だ。 ヒカルが対局上を出ようと思った時、事務の坂巻がヒカルに声をかけた。 「ちょっと良いかな?」 「え?ああ、はい」 「身体の方はもう大丈夫なのかね?」 「ええ、問題ありません。お世話をおかけしました」 ヒカルは深々と頭を下げる。 「それは何よりだね。緒方君も心配していてね。君が復帰するまでの間のイベントは入れないでくれと言ったくらいなんだ。こんな事を言われたのは、初めてだから驚いたよ」 緒方はかなり忙しい時でないと、イベントを断ったはしない。 それが、絶対に入れないでくれと念を押されたのだ。 「もう、元気です」 「そうか。一体、どうしたんだい?」 一ヶ月程も休んでいたのだ。疑問に思うはずだ。 「風邪をこじらせました。治っても囲碁に集中出来なくて、お休みをさせてもらったんです」 「そうか」 対局は神経の集中がいるものだ。ベストで戦いたかったのだろうと坂巻は納得した。 「いや、呼び止めて悪かったね」 「ご心配おかけしました」 ヒカルが事務所のドアを開けると、そこにアキラが立っている。 「あれ?アキラ。帰ったんじゃなかったんだ」 「うん、ちょっと余所に行ってただけだよ。坂巻さんと、事務所に行ったって聞いたから」 「うん、元気になったかって?」 「そう」 何か食べに行かないか?中途半端な時間だけど、お茶でも飲みに行こうよ。 「うん」 坂巻はそんな二人の後姿を眺めながら、首を傾げる。 「あの二人は仲が良いんだな」 坂巻が呟いた時、編集部の天野が顔を出した。 「おや、坂巻さん、どうしました?」 「いや、何でもありません。さっき、進藤君が来てましてね」 「ああ、進藤君。今度、塔矢 アキラと一戦を交えますね。何故かライバルと言う噂が流れてますけど、どうなんでしょうね」 そう言えば、そんな噂も聞いたな。 「一昨年は塔矢 アキラ。去年は進藤 ヒカル。今年はどんな人が入るんでしょうね。今週からプロ試験ですよ」 「あ、門脇が入ったですね」 「ええ、学生名人の門脇ですね。彼がトップ合格ですかね?」 「さあ、どうでしょうな」 「ねえ、天野さん。囲碁界の未来は明るいですかね?塔矢君を進藤君をみていたら、そう思ってしまったんですよ」 「今日は勝ったんだね」 アキラの言葉に、ヒカルは頷いた。 「うん、ちょっとしんどかった。緊張しすぎたかな?」 その言葉にアキラは慌てる。 「大丈夫?」 「ああ、平気だよ。そう言えば、今週から、プロ試験だよ」 ヒカルには去年の話、アキラには一昨年の話だ。 「何だか、随分昔のような気がするよ。めまぐるしく色々ありすぎて」 本当に色々あった。 ヒカルのおかげで、自分と父親も別の関係を築けたと思う。ふと、家を出る時の父の顔が横切った。 『行ってきます』 『ああ、気をつけて。そうだ、今日は母さんと食事に行くから、夕食は勝手に食べてくれないか』 『ええ、解りました』 ではな。気をつけて。 「ねえ、ヒカル君。夕食一緒に食べないかい?今日は父と母が出かけてるんだよ」 「ん、空いてるよ。あ、でも、精次兄さんも一緒で良い?」 「もちろん。と、言うより、僕が一緒でも良いの?」 「そりゃあ、もちろん」 二人は視線を合わせるとくすくすと笑った。 空のしるべ2 「おや?アキラ君」 「おじゃまします」 アキラはぺこりとお辞儀すると、緒方のマンションに上がった。 「夕食を一緒に食べようと思って」 「それは良いんだが、先生は?明子さんは?」 「お父さんは、お母さんとデートです」 肩竦めた笑いに、緒方も笑う。 「成程ねえ。棋士を止めて時間が出来たと言うわけかい?」 「そうですね」 「何か食べに行くかい?それとも俺の料理で良いか?」 「緒方さんの料理でも良いですか?」 「何か嬉しい言葉だね。OK」 緒方が厨房に入る前に、何故かタイミング良くインターフォンがなる。 「芦原で〜す。開けてくださ〜い」 ヒカルの復帰初戦白星を祝いに来たと、芦原が上がり込んできた。 「初っぱなから調子良いね〜」 「ありがとう。芦原さん。ご飯食べて行くんでしょ?」 「・・・」 緒方がため息をつく。 「そのつもりだろう。手伝え」 「やった〜」 包丁を使う芦原の横で、緒方は苦笑する。芦原が本日の裏話しをみんなに聞かせた為だ。 「そうか、それが言いたくて来たのか?」 「そうそう。でね、村上君がね、がっかりとしてましたよ。ええ、そうなんですよ。今日勝ったら昇段でしたからね」 「そういやあ、そう聞いてたな」 「何も今日から来なくて良いのにって。ふふ、ヒカルちゃん、おもしろいでしょ?」 聞かれたヒカルは、アキラと顔を見合わせると、吹き出した。 「あ〜勝負に手抜きはないからね。まあ、運が無かったと思って貰わないと」 「そうだね」 アキラは村上が帰る姿を見ている。意気消沈していたようだ。アキラは三段だ。村上はアキラより一つ前の年の合格者だったのだが、ここの所、伸び悩んでいる。 「ふん、じゃあ、俺がびしばしと鍛えてやるか。次ぎの研究会ででも」 最近、緒方は自分でも研究会を主催している。 タイトルを取ったので、自分でもごく小規模なものを始めたのだ。主に、塔矢門下の若手が集まる会になっている。 学生と言う時間の都合でアキラは行った事がないが、村上や芦原は行っているそうだ。 「うへえ、緒方さんの場合、何か逆恨みぽいですよ。ヒカルちゃん贔屓で」 「馬鹿言え、そんな事を考えていたら、棋士がどれだけになるか解らないぞ」 「そうですかあ?」 「ほれ、手を動かせ」 きりきり働け。飯、食わせないぞ。 食後の珈琲をヒカルが入れた。 「何かね、ヒカルちゃんの事をみんなが興味持ってるみたいですよ。まあ、突然の急病で休んだ事もあるし、アキラと友達だと言うのもあるし、みんな気になってるんですよ」 「え?何で?」 「んとね、アキラがリーグ入りしたからね。その友達のヒカルちゃんってどんな人?て。アキラには友達らしい友達っていないし」 ね。 「え?芦原さん、友達じゃない」 ヒカルが芦原にカップを手渡す。 「俺は、塔矢門下だからね。友達と言うより、先輩だし」 芦原はちょっと胸を張るが、その背後から緒方の手がはいる。 バシン! 「先輩だああ?後輩に負けるような輩が先輩ズラするんじゃねえ。そもそも、お前だって、昇段が伸び悩んでるだろうが、村上と一緒にびしびし鍛えてやるから、ありがたく思え」 「うう、ひどいや。緒方さん」 「何か言ったか?」 「いいえ〜別に〜」 その後の話は、夏休みの話になった。夏休み、何処か行かないかと言う話だ。 「伊豆の別荘に行ってみない?精次兄さん」 伊豆には桑原の別荘がある。長い間、行っていないので、ヒカルは行ってみたかったのだ。 「行きたいか?」 緒方が煙草に火をつけた。 「うん」 「そうか。じゃあ、爺に頼んでおくか」 「俺が頼むよ。精次兄さんじゃあ、喧嘩しかねないからね」 確かにと、アキラと芦原は思う。この二人は犬猿の仲だ。理由は良く解らないが、一方的に緒方が桑原を嫌っているらしい。 『何かあったんだろうなあ』 ちょっと調べてみるかと、内心でにまにまと笑う芦原だった。 空のしるべ3 七月の週末、ヒカルとアキラは伊豆にやって来た。二泊三日の短い旅だ。 「うん、八月も対局があるしね」 「アキラは忙しいよな」 「緒方さんは?」 アキラとヒカルは一足先に伊豆にやって来た。二人だけの小さな旅だ。 「うん、今晩来る事になってるよ」 駅で、ヒカルはタクシーを拾うと、行き先を告げる。 「向こうに面倒を見てくれる人が来てくれてるから。管理してくれてる人なんだ」 「へえ、じゃあ、食事とかは?」 「近くのお店から出前してくれるよ。今、誰も住んでないから」 「誰かすんでたの?」 「うん、昔、ばあちゃんが住んでたよ。桑原のじいちゃんの奥さん。もういないけど」 そう言えば、そう聞いたような。 「もう、結構前だよ」 「綺麗だなあ」 山の上の見晴らしの良い場所に、その家は建っていた。 「洋館なんだ」 以外だと、アキラが部屋を見渡す。 木製のレトロな洋館は、ペンキは所々剥げているが、しっかりとした作りだ。 「ん、誰かの別荘だったのをじいちゃんが買い取ったんだって。ばあちゃんがモダンな人でね。ほら、こっち来て、写真あるから」 ヒカルが案内してくれた一室には、写真立てが沢山、マントルピースの上に置いてあった。 その一つをヒカルが指さす。 「え?この人なの?」 「そうだよ〜」 そこには、昔の桑原と並んで、大柄で派手なワンピースの女性が映っていた。 髪を結い上げて、その髪に花が結わえてある。 「綺麗な人だろ。半分外国の人だから。ロシア系なんだよ」 「ええ〜」 「うん、ちょっと見には解らないけどね。瞳とか少しグリーンだし」 ヒカルは昔日を思い出す。 『ねえ、ヒカルちゃん』 なに?ばあちゃん。 『私ね、故郷を見た事ないのよ』 ばあちゃんの故郷?大陸? 『うん、何時か見る事出来るかしら?』 見たいの? 『そうね。見たいわ』 想えば願いは叶うよ。 『そうなの?』 俺がばあちゃんの為にお祈りするよ。 『ここより永遠な地の果てに、ばあちゃんがたどり着けますように』 『ありがとう。ヒカルちゃん』 その言葉を交わしたのは、病院窓越しだった。ベッドには横たわり最後を待つ人。 『ここで、さようならだね』 さわりと蒼い風が吹く。 沈黙が落ちた。 『じいちゃん?』 ヒカルの背後に桑原が立っている。 『逝ったのか?』 『うん、故郷を見たいんだって、風に融けて出かけて行ったよ』 『そうか』 夕刻に、緒方と芦原が顔を見せた。 「あ〜暑かった」 「いらっしゃい。お食事持ってきてくれてますよ。食堂にクーラー入れてありますよ」 別荘の管理の人は、昼間ヒカルと色々と話していたが、食事が届くと帰って行った。 「うん、トモさんも食事の支度とかあるし、ここ手入れしてくれてるし、帰って貰ったんだ」 「ああ、そうだな」 トモさんとは、監理人の初老の女性だ。 普段は無人のこの家に、風をいれて庭の手入れの仕事をしてくれている。おかげで、何時でも直ぐに使える。 「でも、何時見ても壮観ですよね〜」 芦原は窓に寄ると、外の景色に見惚れる。 「うん、綺麗ですよね」 「あ。アキラは初めてだったな。俺、2回ほど来てるんだよ。かなり前だけどね」 空気も良いし。 「海には遠いけど、のんびりするのも良いよね。来月は色々あるし」 「そうですね」 「アキラ、芦原さん。食事にしようよ。ほら」 「うん」「あ〜お腹すいたあ。うわあ、豪勢だねえ」 はあ、今日はくたくただよ。イベントの日に直行だもん。 「お疲れ様」 ヒカルは笑顔で芦原にビールを注いだ。 こほんと咳が聞こえる。 「あわわ。緒方さんもお疲れ様です」 芦原は慌てて緒方にビールを注ぐ。 「じゃ、乾杯しようか」 ヒカルの言葉に、アキラが小首を傾げた。 「何に、乾杯?」 「何にしよう?ねえ、精次兄さん」 「そうだな。奇跡的な休暇に乾杯と行こうか。4人揃う事など、もう、滅多にないからな」 「「「じゃあ、乾杯」」」 二泊三日の休暇は、あっと言う間に過ぎてしまった。 「もう、帰らないと駄目なんだよね」 残念。 「又、来ようよ」 「そうだね」 「ねえ、中学最後の夏休みだね」 「うん、そうだな。俺、もう、多分夏休みはないと思うから。本当に最後だ」 「進学しないの?」 最後だと聞いて、アキラもぴんと来た。 「うん、多分しない」 ヒカルの成績が良い事は、アキラも良く知っていた。だから、進学しないとは以外だと思う。 「もう、碁しかしないよ。今までやる事がなかったから、色々自分に必要と思う事やってきたけど、今は碁があるから」 「そう」 「アキラは?」 「僕も多分、進学しないよ。もしかしたら、ろくに学校に行けないかもしれないし。他にもしたい事あるし」 「したい事?」 「うん、語学の勉強をしたい。韓国語とか中国語とか、英語も」 「へえ、それ良いなあ。その内、韓国とかにも行くかもしれないもんな」 「そうだね」 ヒカルはふと空を見上げる。 『そう言えば、スヨンはどうしてるかな?』 出会ったのは、去年の夏の空の下だった。もう、一年がたっていた。 空のしるべ4 緒方と芦原は別行動で帰ってしまったので、帰路もヒカルとアキラは二人だ。 「忙しいね。二人とも」 「そうだね。まあ、あの二人は忙しい方が好きだし。精次兄さんなんか、仕事中毒みたいなもんだし」 いっつも、囲碁囲碁ばかりだし。 「そんな事だから、恋人出来ないんだよね」 「緒方さんは、恋人いないみたいだね。芦原さんはどうか解らないけど」 ふと、ヒカルがアキラの顔を覗き込む。 「アキラは?GFいないの?」 たちまち顔が赤く染まり、ぶんぶんと首を振る。 「いないよ。そんな人。ヒカル君こそ、ほら、藤崎さんとか」 「あかり?あかりはただの友達だよ。それに、あかりにはBFいるしね」 「あ?そうなの?」 アキラは内心ほっとした。 ヒカルにGFがいると言うのは、どうしても辛い。 「あ、そう言えば、もう、ぼちぼちクラブは引退だな。あかりも三谷も引退だ」 「葉瀬中の囲碁部?」 「そう。来年も沢山とはいかなくても、そこそこ入ってくれたら良いんだけど。筒井さんがんばって作ったクラブだからね」 アキラの所は心配ないなと、ヒカルが笑うのに、苦笑を返す。 「確かに、海王中は大丈夫だろうね」 海王中囲碁部は、大会で何度も優勝しているので、人員の多い大きなクラブだ。 それ故に、大会に出られる人数も決まっているのだが。人数が多いと、それだけ切磋琢磨する必要があるわけだ。 しかし、葉瀬中の囲碁部は海王中とは毛色が違う。 どこが違うかと言えば、葉瀬中囲碁部はボランティアをしている事だ。だから、内容もそう言う方向に偏っている。切磋琢磨する中ではなく、楽しみで打つと言う感じだ。 良く言えば和気藹々で、悪く言えば、向上精神の薄いクラブだ。 ヒカルは忙しい合間を縫って、そんなクラブに顔を出して、指導をしている。 「ん、指導碁?うん、行ってる」 クラブには戻れないけどね、たまあに、行ってるんだ。 「そう。今度僕も行って良い?」 「うん、良いよ。顧問の先生に話しておくよ」 アキラが来たら、みんな喜ぶよ。 夏休みの駅は賑やかだ。改札の近くでは、夏休み用にキャンペーンなどもしている。 「ふわあ、凄い人だね」「うん」 遠足だろうか?小さな子供達の団体が、二人の前に近づいてきた。ヒカルはその子供達を避けて、横に下がったのだが、何かにつまずいた。 「あれ?」 ぺたんと尻餅を付くと、真横に制服の女性がいる。その周りには、キャンペーン用に配っていた、カードいれが散乱している。 「あ、ごめんなさい」 ヒカルが慌ててそれらを拾う。 「こちらこそすいません。お怪我ありませんか?」 カゴにカードいれを入れながら、女性がヒカルの顔を覗き込む。 「いいえ。あなたは?」 「いいえ。拾ってくれてありがとうございます」 にこりと笑い、軽く頭を下げると、カードいれを2つ差し出された。 「どうぞ」 「どうも」「ありがとう」 「あきこさん」 「え?何、アキラ」 ヒカルが何だろう?アキラを覗き込む。 「さっきのお姉さん。あきこさん。お母さんと同じ名前だ」 カードいれを拾う時に、名札が見えたんだよ。 「ああ、そうか。あきこさんか」 ヒカル達が振り向くと、あきこさんはもう、駅の外に出てしまったらしい。その姿は見えなかった。 「ああ、そうだ。アキラ、明後日は?」 忘れてた。 「うん、予定は入ってないけど。何?」 「明後日、葉瀬中のクラブあるから、来ないか?」 「うん。行くよ」 「誰も来ないかもしれないけど、アキラが来るって言えば、人が集まるかも」 え? 「そうかな?」 「そうそう。少なくともあかりは来るよ。大喜びでね」 「でも、良いの?」 「八月に入ったら、忙しいだろ?みんなもクラブに来なくなるし、早い方が良いよ」 うん。じゃあ、明後日。 空のしるべ5 「お〜やっぱり集まった」 教室は部員誰一人かける事なく、盛況だ。その中で、アキラは恥ずかしそうにしている。 「な、言っただろ?アキラが来るって言えば、みんな来るって」 理科室は大きさから言えば、広いのだが、窓を全開にしても熱気に溢れている。それほど、みんな興奮しているのだ。 「あかりなんか、二つ返事だったし」 「失礼ね。アキラ君が来てくれるのに、いないんじゃあ失礼じゃない?」 ぽかりとあかりがヒカルの頭を叩く。 「む、いい男見つけるとすぐこれだから。俺には遠慮ないのに」 んべえ〜と舌を出した二人に、アキラは珍しいものを見たと目を見張る。この二人がこんな風だったとは知らなかった。 「あ、ゴメン。アキラ。じゃあ、端から自分を紹介して」 全員と言っても10人ほどだ。紹介は直ぐに終わる。 「あれ?三谷は?」 「一応、声かけたけどね。来るかなあ?」 それに、金子が苦笑を零す。 「来るよ。いじっぱりだから」 その言葉の直後に、扉が開いた。 「ほらね」 「・・・なんだよ。よお」 アキラと三谷が目が合う。 「お邪魔してます。塔矢 アキラです」 「知ってる。会ってる。進藤、今日は指導碁は?」 「三谷、アキラと打ちたい?」 三谷はめんどくさそうに、「どっちでも良い」と告げる。 それに、ヒカルが苦笑する。 「アキラ、三谷が打ちたいそうだよ。打ってあげて。置き石は無しでOKだよ」 良いのか?と、アキラはヒカルの顔を振り返る。 「良いの。その変わり、手加減なしでお願いします。三谷は碁会所でも打ってるから、変化のある碁を打つよ」 ふうん。 「じゃあ、お願いします」 「お願いします」 「なあ、進藤はどうだ?」 二三手を打った頃に、三谷がふいにアキラに尋ねた。 「どうって?」 「プロとしてどうだって事だよ」 少しぶっきらぼうで、いらいらとした口調だ。 「ああ、プロとして?それなら、強いよ」 「そんな事は知ってる。だから、そうじゃなくて」 「そうじゃない?」 三谷の言ってる事をアキラは反芻する。彼は何を聞きたいのだろう? 「そうじゃなくて・・・」 ぷいっと横を向くと、ぼそりと小声で問いかける。 「まったく、初恋の君だから心配してるんだよね。軋轢とか無いかとか」 口を挟んだのは、金子だ。 「ば、ばかやろう。誰が、初恋の君だ」 「だってそうでしょ?」 あくまでにやにや笑いの金子だ。 「そんな心配しなくても、進藤君なら大丈夫よ。あんたよりよっぽどしっかりしてるもの」 三谷がぎろりと金子を睨む。 「ま、大きなお世話だったけど、そう言う事なの。ね、塔矢君」 金子がアキラを見れば、頬を染めている。 「あ、ええ、上手くやってます。と、言うより、僕なんかよりよっぽど、立派です」 『あらら』 金子は内心で吹き出す。 『初恋の君ねえ。この人もなのね』 急に賑やかになった、対局にヒカルが顔を出した。 「どう?アキラ、三谷」 満面の笑顔に、慌てて石をさす二人に、ヒカルはきょとんとした顔だ。 「お、やってるな」 窓から顔を出したのは、将棋部の元部長の加賀だ。 「あ、加賀。今日はアキラも来てるんだよ」 よっと。 「知ってる。あかりが教えてくれたからな。まったく、塔矢君塔矢君って五月蠅いんだよ」 「焼き餅?」 「阿呆。まったく、こいつ会ったら会ったで、囲碁しようしか言わないんだぜ。俺は将棋だって言うのに」 「あら、じゃあ、会わなくても良いのよ」 もう、ヒカルの事教えてあげないもん。 再び、んべえと舌を出している。 『あ』 アキラがヒカルの顔を見ると、ヒカルが頷く。 『そっか、あかりさんのBFって。加賀君かあ』 「お、三谷としてるのか?こいつ、役不足だろ?おい、俺と代れ」 加賀が扇子で、ぱたぱたと三谷を追い払う。 「お前は、進藤に打ってもらえ」 その言葉で、三谷は席を譲った。 「互戦な」 「「お願いします」」 「くへえ、やっぱ。プロとするのはきついな」 その大きなぼやきを聞いて、ヒカルが笑う。 「そりゃあそうだよ。アキラはリーグに入ったもん。俺も早くアキラと本番で対局したいけど、アキラ、忙しいから」 まだなんだ。 「いっつも対局してるんだろ?」 「本番とじゃあ、違うよ」 ここの問題。 とんと、ヒカルが自分の胸をつく。 「あ、そう言えば、加賀、将棋部は?行かないの?」 「おう、さっき、グランド10周走るように言って来た。ぼちぼち終わったかもな。しかし、ここはいいね〜。女の子もいるし。綺麗な向日葵と大和撫子もいるし」 それ誰? 「将棋部なんて、むさくてむさくて、やってらんないぜ」 「だって、そう言うカラーなんでしょ?加賀が作った将棋部って。元部長の責任だろ?」 「ち、口が悪くなったなあ」 昔はあんなに可愛かったのに。 「小姑なのは、昔からだよ。知らなかった?」 「知らなかった」 じゃあ、あばよ。 「又、窓から」 と、肩を竦めたのはあかりだった。 |
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