ヒカルの碁 いくつもの欠片
いくつもの欠片(青嵐番外1)

「あれ?蓮さん」
 棋院のエレベーターを降りると、ヒカルは入り口でたたずんでいる人に、慌てて駆け寄る。
「やあ、こんにちわ。ヒカル君」
 蓮はヒカルを見つけると優しく笑いかけた。こんな顔はヒカルの大好きな人ととても良く似ている。
「どうしたんですか?緒方先生は今日はいませんよ」
「うん、こっちで学会があってね。ヒカル君に会いに来たんだよ。精次に聞いたら、ここにいると言ってたから。時間ある?」
 ヒカルは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、お茶でも飲みに行こうか。俺は今日は徒歩なんだ。何処か案内してくれないかい?」
 ヒカルが蓮と棋院を出ようとした時、
「進藤君」
 と、呼ぶ声がする。白川だ。
「おお、白川君。元気かい?」
「お久しぶりです。蓮さん」
 白川の挨拶に、ヒカルは少し驚く。
「白川先生、蓮さんと知り合いだったんだ」
 蓮と白川は顔を見合わせると、ぐふふと笑う。
「「まあ、腐れ縁の様な物」です」
 二人の言葉にヒカルは目を丸くする。
「初めて知りました。驚いた」
「蓮さんは碁とは何の関係もないからね。僕も碁以外の知り合いなんですよ」
 成程。


「俺が奢るから、何でも注文してくれ。ヒカル君」
「いえ、俺が奢ります。だって、蓮さんにはお世話になってるし、白川先生にも。だから、俺がおごりますよ」
 ヒカルの言葉に、蓮と白川は顔を見合わせて頷いた。
「じゃあ、奢ってもらおうかな。アイスコーヒー」
「僕はアイスティーのミルク」
 ヒカルが注文したのは、ソーダーフロートだった。

 ヒカルの前で、緑のソーダーがぽこぽこと気泡を吐きだしている。
「精次はヒカル君を苛めてないかい?」
 え?と、ヒカルの手が止る。
「精次は優しくしてくれるかい?」
 ヒカルは照れくさそうに微笑むと、強く頷いた
「そうか、それは良かった。あれは、無愛想だから君を困らせてないかなあと思ってね」
「緒方先生は優しいですよ」
「そうそう。緒方さんにしては、上出来ですよ」
 あまりにも腐れ縁の白川は、緒方 精次に払うお世辞は持ち合わせていないようだ。
 それは緒方も同様だ。
 だからこその共犯なのだ。
「精次に苛められたら、何時でも俺の所においで」
「苛められるなんて事はないですよ」
 言ってから、ヒカルははっと蓮の顔を見上げる。
 そうだ、彼は知っていたのだ。
 かっとヒカルの顔に朱が上る。
 あれは、そう言う意味なのだろう。蓮は自分が虜辱された事を知っているのだから。
「・・・困った事があったら、直ぐにおいで。俺はあいつの親代わりのような者だから」
 ぼりぼりと蓮は頭を掻く。
「俺は精次が可愛いんだ。俺の弟だからな・・・。馬鹿な事もしでかしたが、馬鹿な子ほど可愛いとか言うだろ?」
 蓮は苦笑すると、視線を外にと向ける。
「本当は寂しがりで、優しい奴なんだよ。精次は」
 蓮の表情はほっとしたような、寂しいような複雑な表情だった。
 ヒカルはこの表情に心当たりがあった。
 自分を見つめる時の、緒方の表情だ。深い深い瞳の色だ。
 そして、佐為が見せた表情でもある。
「そうですね。やんちゃな弟には苦労させられてますよね。蓮さん。緒方さんは態度でかいですしね。口も悪いし」
 白川の散々な言葉に、蓮は笑いをこらえきれなかった。
「く、苦しい・・・ああ、あはは」
「蓮さん。そんなにツボでしたか?」
「ああ、そりゃあ、そうだよ。白川君は自分の事は棚上げなんだから。君も見かけによらずだなあ」
「勝負師ですから」
 すかさず切り返す白川は、すましたものだった。


「さようなら。蓮さん、白川先生」
「ごちそうさま、進藤君。本当に困った事があったら、来るんだよ」
 ヒカルは頷くと、二人に背を向け、走り出した。
 颯爽と走る姿は蓮には眩しく映った。


「ヒカル君、蓮さんが緒方さんの本当のお兄さんだと知れば、驚くでしょうね」
「それは内緒だぜ。白川君。俺は精次が言い出さない限り、はとこで通しているんだから。ばらさないでくれよ」
「解ってますよ。きっとその内に、緒方さんが進藤君に話しますよ」
「別に知らなくても良いことだ。俺ももうこだわりは捨てたんだからな。どんな肩書きでもあいつは俺の可愛い弟なんだよ。ところで、あいつの理性は持ちそうかい?」
 蓮の茶化した言い方に、白川は三本指を立てる。
「三ヶ月持てば良い方ですね」
「それは?」
「三ヶ月持てば、この先も我慢が出来ますよ」
「それを精次に言ったのかい?」
「ええ、言いました」
 蓮は呆れた溜息を漏らした。
「とんだはったりだな。勝負師では精次より君の方が一枚上手だね」
「蓮さんからの褒め言葉は何年ぶりですかね」
 嬉しいですよ。
 白川の言葉に、蓮は鼻で笑うと、コンと白川の額を弾いた。
「もう、そんな年でもないだろ?そら、暇なんだろ?飲みに行こうぜ」


 青嵐番外編です。それぞれの話です。実は、蓮は緒方の実のお兄さんです。 
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