ヒカルの碁 マーチでGO8(海のノスタルジー)
マーチでGO8

 春の海がみたいなあ。
 ヒカルの呟きで、芦原の車でドライブだ。

「芦原さん。いいの?」
 ヒカルの言葉に、緒方が返す。
「こいつは何時も暇人だ」
「酷いなあ。そりゃあ、オレはアキラみたいに忙しくないですよ。良いんだよ、緒方さんが奢ってくれるしね」
 でしょう?と、芦原はちらりと緒方の顔を覗く。視線が合って緒方は渋々と頷いたのだった。


「うわ〜海だ〜」
 ヒカルのはしゃぎように、緒方と芦原は笑う。
 波打ち際まで、走っていっては濡れないように波から下がる。
「犬コロみたいですね」
「ああ、犬コロだな。あんな姿を見てると、お前とアキラ君を思い出す」
 しみじみとした懐古に、芦原が肩を竦める。
「ああ、二人でずぶ濡れになった事ですね」
「そうだ。慌ててホテルに部屋を取ったんだったな」
「そうそう。でも、緒方さん、親父臭いですよ。今の感想」
 そうだな。
「ヒカル!飯にしようか!」
 緒方の声にヒカルは、手を振り上げて戻って来た。その手にはガラス瓶の丸い破片が握られている。
「ほう、ガラスか。珍しいな」
「綺麗でしょ」
 へへっと、ヒカルはそれを緒方に差し出した。

「グラスランプだな」
 近くのホテルで、中華料理の昼食を食べている最中の緒方の言葉だ。
「グラスランプってなに?」
 芦原も知らない言葉なので、顔を合わせたヒカルに首を傾げた。
「これだ」
 緒方は先程の破片をテーブルに載せる。角がこすれて丸くなったガラス片だ。
「お前達は空き缶世代だから知らないだろうが、瓶のジュースの頃は、この破片が山のように海岸にあった。これを拾って、積み上げた中に電球をいれてランプにするんだ。砕けた万華鏡のようなものかな。いや、形のないランプシェードかな」
「へえ、すごいね。綺麗だろうな」
「昔、アキラ君にあげた事がある。芦原と二人でずぶ濡れになった時の事だ。アキラ君が風邪を引いてしまってな。その時の見舞いに作ってみた」
「へえ。どんなものなのかな?アキラ持ってるかな?」
「さあ、もう随分昔だから。解らないな」


 数日後、ヒカルが緒方の部屋を訪ねて来た。
「へへ、良い物貰ったんだ」
 ヒカルはそう言うと、両手で包める程の荷物をテーブルに置く。
 中から出てきたのは、グラスランプだ。
「これどうしたんだ?」
「アキラが俺にくれたんだ。押入に入れていては可哀想だからって。ちゃんと持ってたよ」
 色とりどりのガラスの破片を丁寧に積み上げて、丸い円柱の形に整えてある。隙間だらけなのが、廃品の利用らしくていい。
「グラスランプには形がないんだ。どんな形でもいい。そうか、持ってたのか」
 緒方は、この前ヒカルから受け取ったガラス片をその上にのせる。
「あれ、緒方さん、それ持ってたんだ」
「まあ、何となくだがな。昔を思い出してな。ほら、これをくっ付けてやるよ。お前が貰ったんだからな」
 その日、ヒカルは緒方の部屋でその懐かしい輝きを飽きずに眺めた。
『佐為にも見せたいよ。きっと、星のように綺麗だって言うんだろうな』


 グラスランプ、ご存じですか?大人のノスタルジーの品です。欠片を集めるのに結構な手間がいる代物です。でも、今では作る材料がないかな?結構、重い代物です。ガラス片ですから。
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