ヒカルの碁 マーチでGO6(キス?キス!チョコ)
マーチでGO6

 バレンタインに義理でも貰えるのは、男としては嬉しい限りだ。それが、十代や二十代前半の若者ならなおさらだ。
 義理と本命とキープ。どれでもチョコは貰えるが、やっぱり本命は欲しいもの。
 と、言うわけで、本日も顔を合わせれば、みなさんはひそひそ話中。

「冴木さん、チョコ貰えるの?」
 和谷の質問に、冴木が頷く。
「そりゃあ、貰えるさ。でも、本命か否か微妙だけどな。ああ、しげこちゃんがくれるって言ってたぞ」
 げげっと和谷がのけぞる。
「しげこちゃんから貰うと、後が怖い・・・何を要求されるかわかんねいもん」
「まったくな」
 冴木は過去の昇段毎のおねだりが、走馬燈のように脳裏に浮かんだ。そして、バレンタインでのお返しも。
「・・・去年、ハートのチョコもらって、お返しは映画とお茶だった」
 和谷は頭を抱える。それって、いくらかかるのか?ひいふうみい・・・。
「お前ら、今年は義理と言うか、ファンから沢山貰えるんじゃないか?」
 ほらと、冴木は雑誌を和谷に渡す。
「ああ、これか」
 そこには十代の棋士の特集が組まれているのだ。和谷の年の合格者が十代ばかりだったので、何処かの雑誌が取材に来たのだ。
「これ、女性誌だったんだな」
「そ、お前カメラ写りがいいから、チョコ沢山貰えるかも」
「それで言うなら、進藤と塔矢もだろ。絶対、この二人の方が目立ってる」
「そうかな?まあ、お前もビジュアル的にはいけてるから、大丈夫だ」
 冴木の言葉に、少しだけ期待の和谷だった。


 その頃、別の門下の兄弟弟子も同じ会話を交わしていた。
「ほら、見てみろよ。アキラのだ〜いUP。これで、バレンタインにはチョコどっさりだぞ」
「・・・甘いのは好きだけど、チョコだらけは嫌だなあ」
 アキラの呟きに、芦原はげんなりと肩を落とす。
「こう言う物も人気とかのメーターなんだから、文句言わない。ほら、進藤君の写真なんて、タレントみたいだよ」
 それを見て、アキラが唸る。
「・・・これじゃあ、何の特集か解らないよ。僕がUPで進藤が何でロングなのかな?」
「そりゃあ、カジュアルな若者なら進藤君だからじゃないか?髪も染めてるし」
 やっぱ、アキラじゃ固すぎるよ。
「・・・僕はタレントじゃないです。進藤も」
 芦原の言葉にアキラは、すっかり臍を曲げてしまったらしい。立ち去る後姿には、髪が逆立ちそうなびりびりとした雰囲気が放電されていた。
 さて、そんな二組以外に、ここにも件の雑誌を覗き込んでいる、二人組がいる。
「え〜!恥ずかしいなあ」
 ヒカルの言葉に、緒方は何故か過去の自分の特集を見せる。
「これが出た時は、俺に山のようにチョコレートが来た」
「へえ、すごいね。俺にも来るかな?」
 その言葉に緒方は拳を握ると、
「絶対来る。進藤のこのビジュアルに惚れる乙女は山のようにいるぞ!そして、惚れる親父も山のようにいる。絶対だ!」
 親父に山程、惚れられても困るだろうが、ヒカル的にはそっちの方がありがたい話だ。
「だと、嬉しいな。俺、今一、受けが悪いから」
 これのせいなんだよね。と、頭に手をやる。
「ああ、その髪か。そりゃあ、目立つからな。でも、アキラ君のあの髪も目立つと言えば目立つ。以前はお姉ちゃんって言われていたからな。顔があれだからな」
 だろうなあ。まあ、今性別を間違えられる事はないだろうけど。
「お前は何でそれしてるんだ?」
「え?ああ、これ?俺の髪、赤いんだよ。だから、いっそ派手に染めたらいいかなって。前髪の方が地毛に近いんだ」
「そうか。初めて知ったな。そういえば、瞳も少し緑がかっていたな」
「え?緒方先生、知ってたんだ」
 そりゃあ、身近にいるからな。ほら、こんな距離だ。
 突然、緒方は顔を近づける。どのくらいの距離かと言えば、後少しでキス出来そうな程だ。
「わあ、びっくり!」
 ヒカルが慌てて後ずさるのを、緒方は愉快そうに笑った。
 そして、二人の周り半径3mは潮が引くように、誰もいなくなった。


 さて、バレンタインまでと当日。アキラやヒカル、和谷達には本当に山のようにチョコレートが来た。院生の女子からも貰ったので、手に持ちきれない程だ。
「うわ〜凄い」「本当にね」「・・・やっぱ、塔矢と進藤の方が多い・・・」
 感想は色々だが、ヒカルが何故か声を上げて喜んでいる品が一つある。
「何?」「どうした?」
 ヒカルはそれを大事そうに抱え上げると、得意そうに見せびらかした。
「ほら、緒方先生からのチョコだ!先生から貰ったんだ」
 その場の者が一瞬にして固まる。
「・・・緒方さん?」「緒方先生?」「緒方十段?」
「そーだよ。緒方先生。いいだろ〜」
 ヒカル的にはとても良いことなのだろう。だが、アキラや和谷達には、フリーズするしかない話だ。
「開けてもいいよね。いいよね。くれたんだもん」
 さっそく開け始めたヒカルに、みんなも興味深々で覗き込む。
 すご〜い。
 みんなの感想は同じなのだが、その胸中は違う。
『やっぱ、緒方先生好きだなあ』Byヒカル
『やはり、緒方さんだ。変人だ』Byアキラ
『やはり、近づきたくないNO1だ』By和谷・その他

 普通の板チョコの十倍はありそうな板に、でかでかと書かれた文字は、

    【親父代表、ヒカルラブ】  だった。
 その他にも
    【君の瞳に乾杯】と、書かれている。
 周り人間は悪寒が止められなかった。
「君の瞳に乾杯?ああ、あれか」
 ヒカルの呟きにアキラが恐る恐る質問する。
「あれって、何?」
 その言葉で、ヒカルは突然至近距離までアキラに近寄る。当然、アキラはびびって後に引くのだが、その腕をむんずと捕まえて、
「ほら、見て、俺の目」
「・・・あ、緑」
 その言葉で、ヒカルはアキラの腕を離す。
「そうなんだ。この位近づくと、解るだろ?茶色に緑が混じってる色なんだ」
 ヒカルは上機嫌なのだが、周りはぐるぐると回っていた。
『なあ、あんなに近くだぜ』『さっきの塔矢、進藤と唇くっつきそうだったぜ』
『緒方先生、何でそんな事知ってるんだ?』
『そりゃあ、あの距離で見たからだろ?』
『キス出来る距離で?』『キス出来る距離で』
 まったく気にならないのは、ヒカルただ一人だった。因みにアキラはその場にいなかった。顔面を押さえて、トイレに駆け込んだ為だ。
「不覚・・・」
 真っ赤な顔の鼻には、ハンカチが血に染まっていた。


「緒方先生、チョコありがとう」
 緒方の部屋でヒカルは上機嫌に、今日の収穫を眺める。全て包装されている中、一つだけ封が解かれている。
「緒方先生の分は、待ちきれなくて、みんなの前で開けちゃったよ」
 ごめん。
「別にかまわん」
「で、君の瞳に乾杯の意味聞かれたから、塔矢に教えてやったんだ」
 こんな風に。
 ヒカルは緒方に顔を近づける。唇が触れそうな至近距離だった。
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