ヒカルの碁 マーチでGO22(突撃、緒方家の晩ご飯)
マーチでGO22

 緒方が部屋のドアをあけると、カレーの匂いがする。
「カレーか」
 珍しくヒカルが料理をしているらしい。
「よう、珍しいな。料理してるなんて」
「おかえりなさい。ごめんなさい。今日、和谷を呼んでるだ」
 ほうと、緒方はネクタイを弛めた。友人を呼ぶ時でも、ヒカルは料理など作った事はないのだ。
「それにしても、料理をするなんて珍しいじゃないか?」
 カレーは失敗する率は低いが、それでも、ヒカルが作る料理にしては凝っている。
「う〜ん、和谷が俺の事、料理出来ないんだろうって言うんだよ。悔しいから。俺だって、カレーくらいは作れるよって」
 成程、自慢しようと思っているのか。
 なら、
 緒方が携帯を取り出す。
「あ〜芦原。俺の家に飯を喰いに来い。アキラ君も誘ってな」
 唖然とヒカルが緒方を見る。
「緒方先生 、ただのカレーだよ?」
「何を言う。お前の料理を自慢しなくて、どうする?」
 緒方がびしりと指を突き立てた。
「俺は妻の手料理は自慢したいタイプだ」



 和谷は内心、何を喰わせられるか気が気ではなかった。
 売り言葉で買い言葉。
 パラサイトな和谷が、
「お前も料理なんてしないだろ?」
 と、ヒカルをからかったのが喧嘩?の始まりだ。
「俺だって、料理くらいするよ。緒方先生の手伝いしたり」
「手伝いだけで、一人では作れないだろ?そんなんじゃ、自慢にはならないぜ」
「出来るよ。一人でも。俺だって、料理くらい作れる」
「へえ、本当か?」
「本当だ。そうだ、今晩、緒方先生の家に来いよ。俺の手料理喰わせてやる。驚くなよ!」
と、言う具合だ。
 和谷はヒカルに料理が出来るとは思っていない。
 あのヒカルだ。ろくな飯が出てこないのは確実だろう。
「俺だって、料理なんか出来ないんだぜ?あいつに出来るはずないさ」


「へえ、カレーなんですか」
 芦原は部屋に入るなり、開口一番ににへらと笑う。
「俺、カレー好きなんですよね。でも、外で食べると何か物足りないんですよね」
 と、カレーの鍋を覗き込む。
「そうそう、これこれ!」
 緒方が何だと言う視線を向ける。
「ほら、野菜ごろごろ。俺、このごろごろが大好きなんです。進藤君、ありがとう」
 確かに、鍋の中は野菜でごろごろだ。それは、たんに、ヒカルが大きめに切ったと言う、不器用さの為なのだが。
「店で食べると、全部溶けてるから、食感がないんだよね。でも、自分で作るのは量が困るしね」
「本当に進藤が作ったのか?」
 アキラは目を丸くしている。
 実はアキラはカレーを作った事がなかった。量がかさばる上に、一人で生活している時は、保存にも困る。だから、カレーはレトルト食品だった。
「すごいな。進藤」
「褒める物じゃないぜ。ただのカレーだぜ?料理実習とかでもしただろ?」
「いや、海王は男子は料理実習はなかったんだ」
「へえ、俺、小学校の頃、作ったぜ。自由研究とか言うやつで」
 でもなあ、味付けのヤツが鍋を焦がしたんだよな。
「余所より苦かったな」
「それでも、凄いよ」
 そのやり取りを緒方はにやにや顔で見ている。
『手料理の自慢は基本だぜ』

 緒方 精次・・・どこまでも、自己陶酔の人である。


 ぴんぽ〜ん!
「あ、和谷だ。和谷」
 え?と首を傾げるアキラと芦原に、緒方が説明する。
「「成程ねえ」」
 カレーは無難な料理だろう。ヒカルはかなり考えたらしい。
「こんちわ。お、カレーなのか?進藤」
「そうだよ。カレー。俺が全部作ったんだ」
 どうだどうだ。恐れ入ったか〜
「へへ〜。参りました。しかし・・・本当に作るとは思わなかったな」
 そう?俺、世話になってるから、手伝いはするんだよ。
「緒方先生、よく、シチュー作ってくれるんだ。野菜も食べれるだろ?って」
 成程、簡単でボリュームのある食事だ。煮込むだけと言うのもお手軽だろう。
「うちはどちらかが食べるからな。必ずなくなる」
 そう言う、緒方はいそいそとテーブルの上に皿を並べている。
「どうだ。和谷君。ヒカルは何時でも嫁に行けると思わないか?」
 次ぎの瞬間、ヒカルを除く、三人の顔が固まった。
『よ、嫁?』『誰の?』『緒方先生の?』
「やだなあ、先生、嫁だって。俺、男だよ。間違えないでよ」
 ヒカルはキッチンから出てくると、鍋をテーブルの上に置いた。
「さあさあ、食べようよ」
「ヒカルの手料理か、俺は幸せだな」
「緒方先生、口が上手いよ。もう」


 ここは、何時の間に新婚家庭になったのですか?
 とは、和谷、アキラ、芦原に共通の思いだった。

「何してるの?みんな、ほら、食べようよ」

 そう言えば、今日の進藤君はエプロン姿だったな。
 芦原は、そのピンクの熊柄のエプロンの出所は何処だろう?と、虚しく思った。
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