ヒカルの碁 マーチでGO23(甘党万歳)
マーチでGO23

 塔矢 アキラが以外と甘党だと知ったのは、こんな会話からだった。

「でね、つらつらと考えてたら、いつの間にか、ワンホールが無くなってたんだ」
 イベントの帰りにファンだと言う少女から、ワンホールのチーズケーキをもらった。
 暫く、一人暮らしなので、余るなあと思っていたのだが、家での一人での検討に夢中になっているうちに、箱の中身は無くなってしまったらしい。
「それ、どれくらいの大きさなんだ?」
「ええと、結構大きいよ。店に並んでる一つがワンホールの形になってるやつだから」
 それは結構な大きさだ。
「すごく美味しかったんだよ」
 うっとりと塔矢がその時を思い出して、トリップする。
 涎でも出そうな顔だ。
「・・・塔矢って結構、甘党なのか?」
 どう見ても、甘党には見えない顔なのだが。
「甘いの好きだよ。父も好きだしね」
 何と、塔矢元名人が甘党とは。
「お父さんは、珈琲に砂糖とミルクは必ず入れるし、ケーキ大好きだしね。あ、大福とかも好きなんだ」
 その場にいた一同は顔を見合わせた。
 あの顔からはとてもとても想像出来るものじゃない。
 渋い顔で威厳に溢れたあの塔矢 行洋が・・・甘党?!
「うち、わりと和食等なんだけど、食後には必ず甘い物が出るんだよ。進藤は知らなかったの?緒方さんに聞かなかった?」
 話を振られたヒカルは首をふる。
 緒方は甘党ではない。食べない事もないが、食後に甘い物などついて来ない。
「へえ、緒方さん、うちで食事した時、必ずケーキとかお菓子出したんだけど、知らなかったんだ」
 そりゃあ、一応、客だから特別に出たと思ったのだろう。毎食毎食、甘い物がついてるとは思わないだろう。
「そう言えば、緒方さんは食べなかったよね」
 芦原さんにあげてたよ。確か。
「芦原さんて、甘党なの?」
「うん、甘いの好きだよ。僕の誕生日には毎回手作りケーキくれるんだ」
 芦原は料理が旨いと以前、アキラが言っていたが、ケーキもこなすらしい。
「去年は巨大どらやきくれたんだ」
「巨大?」
「うん、ホットケーキに生クリームとあんこを入れて、段々に重ねてあるんだ。美味しかったよ」
 しれと言った言葉だが、想像するだに恐ろしい代物だ。
「美味しいのか?塔矢」
「おいしいよ。だって、あんぱんに生クリームが入ってるのもあるじゃない。僕、あれが好物なんだよね」
 塔矢 アキラは甘党。
 巨大な認定判子が押された瞬間だった。


 さて、そんなアキラの誕生日は12/14である。
 12月生まれは結構、不幸である。
 クリスマスの影に隠れて、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを
「一つで良いだろ?」と、省略する友人がいたりする。
 自分はきっちりと誕生日とクリスマスを請求するくせに。
 そして、世間では、プレゼントと名が付く物には必ず、緑と赤の包装紙が巻かれている。
 この色しかないわけではないだろうに。

「なあ、塔矢の誕生日会をしない?」
 提案者はヒカルだった。
「おお。塔矢の誕生日会?」「へえ、塔矢の」「うおお」
「何処でだ?」
「俺、緒方先生に部屋を貸してくれるように頼んでる」
 進藤 ヒカルはただ今、緒方 精次の家の下宿人だ。
 両親が出張で家を空けてしまった為、緒方が保護者の名目で引き取ったのだ。
 緒方はヒカルが大のお気に入りだ。
 理由は趣味が合うからだ。・・・そう言う事にしておこう。
 それ以外はないはずだ。

「しかし、ただ祝うだけじゃ面白くないな」
 ふと、門脇が漏した。
「はあ、そうですね。じゃあ、何かイベントでもしますか?」
 伊角の言葉に、一同は顔を見合わせた。
「何が良い?囲碁大会はありふれてるし、麻雀は人数が多すぎる」
「手作りケーキの持ち寄りはどうだい?で、塔矢に一番を選んで貰う」
 成程。
 アキラは甘党だった。
「でも、ケーキなんてどうやって作るんです?」
「ふふん、それは男の甲斐性と言うものだよ。諸君」
 門脇の言葉に、一同は成程と頷いた。
 どうやら、彼女自慢大会らしい。
 彼女にケーキを作ってもらえと言う事だろう。
「よっしゃ!燃えるぞ」「おう!」
 誕生日会が妙な方向に転がってしまった。ヒカルだけが唖然と、燃える輪から取り残された。

 手作りケーキは・・・。
 彼女のいない人には・・・誰が作ると言うのですかあ?
 ねえ、みなさん。


「と、言うわけなの」
 芦原に相談すると簡単なケーキの作り方を教えてくれた。
 市販のケーキミックスを美味しくする方法だ。
「これで、随分、美味しくなるよ」
 市販のケーキミックスは値段が安いから、材料が少々ね。
 芦原の言葉に、アキラの去年のケーキの話が蘇った。
「ホットケーキ?ああ、あれ」
 あれはね、ホットケーキにそば粉を混ぜて焼いたんだよ。
「へえ、細かいですね」
「ただのホットケーキじゃ面白くないからね」
 ヒカルは芦原のアドバイスを元に、ケーキの作成に取りかかったのだが・・・。

「進藤?この惨状はなんだ?」
 キッチンを覗いた緒方が、首を傾げる。
「あのね、塔矢の誕生日会をやるって話だったでしょ?」
「ああ、そうだったな」
「で、その時に持ち寄りで手作りケーキを持って来る事になったんだ。で、アキラに審査して貰うってね」
「ほう・・・成程。しかし、芦原はともかく、野郎にケーキが焼けるのか?」
「だからね」
 彼女にケーキを焼いて貰うんだよ。
 緒方は愉快そうに、膝を叩く。
「そりゃあ、良いや。クリスマスプレゼントゲットには焼いてくれるだろうよ」
 ああ、成程。そう言うのもありか。
「でも、俺みたいに彼女、いない人はどうよ。自分で焼いて見て、これだよ」
 そこには到底ケーキには見えない残骸がある。
「ふむ、いきなりは難しいな」
 緒方は暫く考えていたが、さらさらとメモを書くとヒカルに渡した。
「前日にこれを揃えておいてくれ。俺がケーキを作ってやろう」
「これで?」
「そう、これでだ」



 当日に集まった面々は、芦原、門脇、和谷、伊角、冴木に倉田だった。
 倉田の場合は、美味しい話をかぎつけて来たと言うだけだったが。
 芦原のケーキはオーソドックスにイチゴと生クリームだ。
「俺、彼女いないから、自分で作りましたよ。手作りなら良いんでしょ?」
 どうどうと胸を張っている姿に、門脇も自分のケーキを指しだしながら、
「俺は妹が作ってくれたんだ。妹は料理の先生なんだ」
 って、身内じゃないか。
 和谷と伊角が急に晴れやかな顔になった。
「しげ子ちゃんが」「桜野さんが」
「じゃあ、冴木さんだけか?彼女が作ってくれたのは」
 冷やかしの声に、冴木は苦笑すると、芦原を指さす。
「芦原さんに教えてもらったんですよ」
 何だ、全員、彼女自慢じゃないんだ。
「良かった〜。彼女のすげえ、ケーキを持って来られたらどうしようかと思った」
 和谷の安堵の声に、アキラはくつくつと笑う。
「僕も安心して食べられるよ」
 嬉しいなあ。
「塔矢!」「アキラ!」
「誕生日、おめでとう」


 さて、緒方が作ったケーキはと言うと。
「甘い物ばかりと言うのは飽きるだろ?」
 ででんと、テーブルに置かれたのは、その他の食事なのだが。
 真ん中に変わった物がある。
「これ、ケーキ?」
「そう。俺からアキラ君に。ヒカルと一緒に作ったんだ」
「へえ、凄いですね」
 ケーキの上に乗っているのは、鮮魚の切り身だ。
 ようするに刺身だ。
「寿司ケーキだ」
 朝から寿司飯を炊いて作ったんだぜ。
 ヒカルが自慢する。
「アキラ君は寿司も好きだったからな」
「ありがとうございます。う〜ん、これが一番ですよ」
 やった!
「ねえねえ、緒方先生!凄いや!やっぱり俺の大好きな緒方先生だよ」

『進藤だけが恋人自慢か・・・』
とは、みんなの胸に一瞬だけよぎった思いだった。
 そう、一瞬だけだったはずだ。多分。
ヒカルの碁目次 22