ヒカルの碁 | マーチでGO2(ドラッグドラッグ) |
マーチでGO2 「なあ、和谷。これ何?」 ヒカルが差し出した物に、和谷は目を向いた。 「・・・進藤、それって・・・お前、知らないのか?」 ヒカルが差し出した物は、パッケージこそ可愛いが、中身は男の必需品だ。 「昨日、ドラッグストアーで緒方さんがくれた」 「お、緒方先生が〜?お前に〜?」 「うん、奢ってやるってくれた。俺と塔矢に」 「な、何で?」 「うん?さあ?」 「アキラ君、買い物か?」 ヒカルとアキラは近くのドラッグストアーに来ていた。そこにたまたま(だろう)緒方が現れたのだ。 「ええ、進藤は文房具、僕は靴下を買いに来たんですよ」 まめなアキラは、鞄に何時も新品の靴下を一足入れている。ヒカルは緒方の手にティッシュペーパーと洗剤があるのを見て、くすりと笑った。 「何か緒方先生がそんなの持ってるのって、似合わない。あ、ごめんなさい。以外だなっと思って」 そんなヒカルに緒方は怒りもせずに肩を竦める。 「一人暮らしだとこうした買い物もいるんだ。だが、最近のドラッグストアーは大抵何でも売っているから、買い物に楽だな」 その通りだ。今は昔と違い、ドラッグストアーと言えば、スーパーと変わらない。食料品まで売っている。 緒方は何かを思いついたのか、レジに行く前に何処かに行ってしまった。 「買い忘れかな?」 ヒカルの声にアキラは嫌な予感がした。 緒方が絡むとろくな事がないのだ。別に格別に害があるわけではないのだが。 「進藤、アキラ君。俺からのプレゼントだ受け取れ」 緒方は二人にカラフルな箱を渡す。受け取ったアキラは顔から血の気が引いている。 「アキラ君も自分で買うのは恥ずかしいだろう。何時必要になってもおかしくはない代物だからな」 緒方はそのまま洗剤とティッシュペーパーの箱を抱えたまま、さっさと姿を消してしまった。 「なあ、塔矢、これ何?」 ヒカルの声でアキラは我に返る。 「・・・進藤、これ何か知らないのか?」 「だから、聞いてるんだろ?なあ、これ何?」 たちまちアキラは赤くなった。 「・・・ごめん、僕の口からは言えない」 「じゃあ、和谷にでも聞くかな?おかしの箱みたいだけど、おかしじゃないよな」 ヒカルは店の外と言う事もあってか、既に中身を開けていた。 「こんな絆創膏の箱見た事あるけど、違うよなあ」 首を傾げるヒカルにアキラも脱力だ。 「明日、和谷君に教えてもらった方が良いよ。ああ、冴木さんでも良いんじゃないかな?あの人は大人だから」 それ仕舞いなよ。アキラの声は力がなかった。 「進藤、避妊具って知ってる?」 和谷の声にヒカルは頷く。 「知ってるよ。避妊する道具だろ?」 「本当に知ってるか?それ、コンドームだぜ」 ヒカルはきょとんとした顔をする。 「和谷、からかわないでよ。あれって、ほら、風船みたいに長いじゃないか?これ、平らだぜ」 「・・・進藤、実物を見た事がないのか?」 和谷の言葉にヒカルは首を傾げる。 「う〜ん。ないかな?あるのかな?でも、授業では習った。風船みたいだと思ったけど」 ヒカルの返事に和谷は頭を抱えた。 実の所、和谷は、ヒカルはこの手の話に疎いとは思っていた。プロに合格して社会に出ているとは言っても、ヒカルは何処か浮き世離れしていた。それは、アキラもなのだが、アキラには兄弟子が沢山いるので、この手の話には事欠かないだろう。 『俺には冴木さんもいるしなあ。でも、進藤の周りには誰もいないしなあ』 「なあ、進藤、今日時間空く?俺と冴木さんの所に行かないか?」 急に話が変わったと言う顔をヒカルはするが、嬉しそうに頷く。 「うん、行く。でも、冴木さんいいのかな?」 「俺から連絡してみるよ。お前のそんな姿を見てると不安でならない。又、緒方先生が何をするか解らないからな」 和谷とて緒方が悪い事をしたとは思っていない。人生の先輩として、ほんの少しのお節介を焼いただけだ。 だが、相手が悪い。 『進藤って、ある意味、箱入りだからな』 碁のセンスは抜群なのに、何処か浮き世離れしている。この場合の浮き世離れとは、恋愛とか思春期の身体の変化の事だ。 ヒカルはそう言う情熱を全て、碁だけに注いでいるらしい。 それが悪いとは言わないが、不毛ではないか? 「なあ、進藤。お前、好きな人いるのか?」 和谷の質問に、ヒカルはとびきりの笑顔をこぼす。 「うん、いた。凄く好きで好きで好きだった。今も好き」 あっさりと言い切るヒカルには和谷の方が驚いた。 「・・・過去形なんだな」 「でも、今でも凄く好きだ。一番・・・大切」 ヒカルの笑顔に、負けた和谷はそれ以上何も言わなかった。 「緒方さんも人が悪いよね」 アキラが愚痴を零している相手は、友達の芦原だ。 「でも、進藤君も凄いと思うよ。当然、緒方さんは知ってると思って渡したんだし」 「進藤はこう言う事には浮き世離れしていると思う」 アキラの言葉に芦原は首を傾げる。 「恋愛しないって?」 「違うよ。凄く好きな人はいたらしいんだけど、その人とは親子の・・・親愛みたいな関係だったらしいよ。進藤は今でもその人が好きで、他には目が行かないんだ」 「焼き餅?」 アキラは憮然と首を振る。 「そんなんじゃないよ。ただ、時々、進藤が遠い人のように感じるだけだよ。その人の事を思っている時だろう、進藤は凄く幸せなそして・・・辛い顔をする」 「それって、立派な大人だねえ。僕もそんな風に思う人が欲しいね。進藤君の恋人はどんな人なのかなあ?」 元来脳天気な芦原は、既に、件の人がヒカルの恋人と夢みている。 「一生かかってもその人には会えないよ」 アキラはただの感だが、ヒカルの好きな相手はsaiだと思っている。そして、ヒカルとsaiが二度と会えない事も感じている。 「魂に刻むような恋か」 ん?芦原はアキラを見つめると、苦労するねと笑った。 「なあ、塔矢。冴木さんがコンドームの使い方を教えてくれた」 「そう。良かったね」 アキラはお決まりの返事だけを返した。 「う〜ん、でも、当面必要ないよな。俺、未成年だし、その・・・好きな女性もいないし・・・」 ヒカルの心持ち赤い顔に、アキラは苦笑する。そして、悪戯を仕掛けてみたくなったらしい。 「君、好きな人いるんだろ?だったら、必要かもしれないよ」 「え?いや、そんな人じゃないよ。好きだけど・・・何時でも一緒にいたから・・・こう何て言うか・・・俺の分身?かな」 考えて考えて話すヒカルに、アキラは内心でそらみろと自分に罵りの言葉を吐く。 『魂に刻むような恋』 芦原は詩人だ。 進藤と僕は同じ年で、同じようにプロになった。でも、君は僕を追いかける僅かな間に、人に心を宿してしまったんだ。 僕はsaiには勝てないな。 別に勝てなくてもいい。でも、saiの次と言うにが引っかかるだけだ。 『子供っぽいな』 少し前までは、そんな自分の独占欲も平気だった。ライバルだから当たり前だとも思っていた。でも、最近のアキラは違う。 アキラはヒカルが語る愛しい人を聞いてから、ヒカルには自分と違ってただ一人だけに寄せる特別な部屋が心にある事を知ったのだ。以来、その独占欲は揺らいでしまった。 「そんな人なら、さぞかし綺麗なんだろうな」 嫌みかなとアキラは思ったが、ヒカルは嬉しそうに頷く。 「うん、綺麗なんだ。顔もなんだけど、こう、魂が綺麗?綺麗で綺麗で眩しかった」 ヒカルの惚気を聞きながら、アキラはため息が出る。それをヒカルはアキラが呆れてだと思って、 「ごめん、こんな話、解らないよな。皆そう言うんだ。そんな気持ち解らないって 「解るよ。皆は子供の君にそんなに愛する対象があるのが、うらやましいだけだよ。・・・僕も羨ましい」 「塔矢が?」 「君はきっとその人を一生忘れないし、一生・・・愛しているんだろうな」 アキラの言葉にヒカルは顔を真っ赤にする。 「愛って、そんなんじゃねえよ」 ぶっきらぼうに言った言葉が全てを物語っていた。 「和谷、進藤って、恋人いたのか?」 冴木の声に和谷は首を傾げる。 「・・・でも、俺、会った事ないんだよ。だから、断言出来ないし・・・」 さっきまでいたヒカルを振り返り、二人は首を傾げる。 「何だかなあ、俺たちより大人っぽいのに、これには興味ないみたいだな。若いのに枯れてるよなあ」 冴木はヒカルにさっきまで見せていた物を指さして肩を竦める。 「緒方先生は解ってやったのかなあ。面白いと思うと直ぐに手を出すみたいだから。趣味が悪いよな」 和谷の言葉に冴木も頷く。 「きっと、進藤の恋人の事を知ってたんだよ。俺たち振り回されただけ」 「あ、でも、進藤に正しい知識をって言う目的は達成出来た」 ふん、と和谷が力説する横で、冴木は、 『余計な世話のような気もするけどね』 と、呟くのだった。 |
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