ヒカルの碁 マーチでGO1(君を想う)
マーチでGO1

 俺はその日、棋院で待ち合わせをしていた。待ち合わせの相手は驚く無かれ、
 十段棋士 緒方 精次さんだ。

 あれは昨日の事だった。
「進藤、今、帰りか?」
 その言葉に振り返り、俺は思わず回れ右をしたくなった。
「お、緒方さん・・・」
「まあ、そんなに警戒する事もなかろう。取って喰うわけじゃなし。明日、時間あるか?」
 突然、何を言い出すのだろう。時間は空いているけど。
「・・・明日はオフです」
 その言葉に緒方さんが笑った。
「そうか。では明日、ここで待ち合わせだ。俺が飯を奢ってやる。十一時だ」
 それだけ言うと、すたすたと歩いて行ってしまった。後には俺だけ。
『緒方さん・・・俺、返事してないんだけど』
 この兄弟子だって、あのアキラがあるのかと思うと、俺の未来は暗いかもしれない。
 まあ、食事に誘ってもらって断る必要はないんだけど。(断ったら、後が怖いかも)

 そんなこんなで、現在ここにいる。

「緒方さん・・・これ何?」
「見て解らないか?車だ」
「いや、そう言う意味じゃなくて・・・。いつもの車は?」
 緒方さんが今日乗って来た車は、赤い車だが、いつものかっこいいスポーツカーではない。最近、面白CMでお馴染みの車だった。
「調子が悪いものでな。修理に出している。これは、芦原に借りた」
 緒方さんの返事に、俺は納得がいく。だが、これは緒方さんの弟弟子の芦原さんの物なのか?
「これ、芦原さんの車なの?」
「そうだ。あいつはこの丸い形が気に入ったと言っていた。燃費も良いとほざきやがる」
 それは緒方さんへの当てつけなのか?いや、違うだろう。あの人が緒方さんに当てつけなどするわけがない。と、言うより、天然入っている人だからなあ。
「燃費の話はいいよ。俺、免許ないから解らないもん。乗っていい?」
 俺の言葉に緒方さんは、ドアを開けてくれる。
「これって、何で手を使わなくても開くのかな?」
 俺の質問に緒方さんは答えない。どうでも良いからだろう。
「芦原のお買い物車とは残念だ。折角、進藤を乗せるのにな」
 俺は助手席でぎょっとして、思わず緒方さんの顔を拝んでしまった。
「何だ?」
「いや、緒方さん俺をRX−7に乗せたかったの?」
 俺の疑問に緒方さんはため息を吐く。
「そりゃあ、デートだからな」
 何ですと〜?で、でーとーおおおおお!
「俺、男ですけど・・・」
「当たり前だ。そら、シートベルトをしめろ」
 言われて慌ててそれをしめる。車を発進させる時、ちらりと和谷の姿が視界をよぎった。
『あ、和谷!助けて〜俺、緒方さんに誘拐されるかも〜』
 俺の心の声は和谷には届くはずもなかった。とほほ。


「なあ、進藤」
 緒方さんの運転はとても上手だ。冴木さんも上手いんだけど、緒方さんの方が安心出来る。何でかなあ。
「何?緒方さん」
「・・・saiの事はもう聞かない事にする」
 ぎくりと俺が反応するのを、緒方さんはちらりと見たが、直ぐに前に視線を前に戻す。
「塔矢先生から何か聞いたの?」
「いいや、相変わらず肩すかしだ。先生は君とは共犯でしらを切り続けるだろうな。だから、俺ももう聞かない事にした。安心しろ」
 緒方さんはこの前の事を知ってるのかな?

 それは4.5日前に遡る。俺は塔矢邸を訪ねていた。
 帰国した塔矢先生に会いに行く為だ。先生は突然の訪問にもかかわらず、俺を出迎えてくれた。
 そこで、俺は先生にもうsaiとは打つ事が出来ない事を告げた。
「もう、いないんです。あいつ」
「・・・そうか。残念だ」
 塔矢先生はそれだけしか言わなかった。亡くなったのかとも、どうしてとも。
「私は約束は守るよ。君とsaiの関係は私の胸に納めておく」
 俺は嬉しかった。
「先生、ありがとう。saiはきっと喜んでる。先生と打てて、あいつ凄く喜んでたもの。先生、ありがとう」
「そうだ。今日は皆が集まって軽く研究会をしているんだ。良かったら、君も覗いていかないか。アキラはまだ戻ってないが」
「ありがとうございます。塔矢ならさっきメールをくれました。後、一時間程で帰って来ますよ」
 俺の言葉に、先生が笑う。
「同じ年の友達は君が初めてだな」と。


「・・・だろ?」
 緒方さんの言葉を聞き損ねた。
「・・・あの、今、何を言ってたの?」
「聞こえなかったか?アキラ君と同じ年だろ?進藤は」
 ああ、その事か。
「うん、同じ年」
「そうか、若いんだな。俺はお前の年にはまだ、プロには受かってなかったな」
 俺は耳を疑った。
「え?じゃあ、緒方さんは幾つで受かったの?」
「十八だ。俺は高校は行ったからな。その間はプロ試験を受けなかった」
 ええ〜?何で〜?
「一度で合格したがな。ま、プロになるのが怖かったんだよ」
「信じらんない。でも、プロになったんだね」
「プロにならないと強いやつと打てないからな」
 ふうーん。
「・・・そうだ、緒方さんは車の整備とかしないの?あのスポーツカー、何かすごい癖の悪い代物だって、漫画にのってたよ」
「ほう、良く知っているな。確かに、手に入れた時は色々いじってたんだがな」
 ここで、ふとため息を緒方さんが漏らした。
「手が汚れるんで、出来なくなった。オイルはなかなか取れない」
 ああ、成程。オイルはなかなか取れないよね。
「碁を打つ時、手が汚れていては、けちが付く。以来、やってない」
 緒方さん、その時負けたんだ。だから、けちが付くなんて言い方なのか。
「そっか。緒方さんとこんな風に話をするのは初めてだね。アキラとはどんな話をするの?」
 俺はアキラとは碁の話しかしない。理由はないが、何となく何時もそうなる。
「アキラ君とは学校の話くらいしかしないな。進藤は彼とどんな話をするんだ?」
「碁の話。結局、俺の中では塔矢と話をするのはそれだよ。まあ、何時か趣味の話でも出来たらいいけど・・・俺、趣味ないなあ」
 俺の言い方に緒方さんは快活に笑う。こんな笑顔は初めてだ。
「趣味か、進藤の趣味は碁が趣味なんだろ?」
 俺は暫く考える。そうなんだろうと思う。
「そうかな?そうだよね。でも、趣味を職業にするのは・・・何だかなあ」
 遊んでいるみたいで嫌かな。
 それがもろに顔に出たらしい。
「趣味だが遊びじゃないぞ。まあ、自分の出来る事で飯を喰えるのはありがたい事だがな。碁打ちは碁しか打てない」
 自分に出来る事で飯を喰うか。選ばれた数名のタイトルホルダーの緒方さんでも、そんな考え方をする事が不思議だった。
「だがな、進藤。実力の世界だからこそ、俺が何をしようと自由なんだ。年上に嫌みを言ってもな」
 ああ、そうか。緒方さんは偉いなあ。
 俺は素直にそう言ってみた。
「偉いか。まあ、偉そうではあるな。お前はまだ未成年だから、何かと言われると思うが、二十歳にもなればうるさ方も何も言わなくなるだろう。それにお前は看板娘だからな。偉いさんがお前に色々言うのも仕方がない」
「看板娘〜?」
 俺が変な声を上げると、緒方さんは愉快そうに声を出した。
「そう、看板娘だ。アキラ君とセットでな。お前らは絵になるからな。宣伝には丁度いい」
 そんな事を思われていたのか?道理で色々と細かい説教を受けるはずだ。
「俺・・・碁を打てるだけでいいのになあ」
「そうも行かないのがプロの世界だ。他の会社でも同じだぞ。まあ、この世界は実力さえあれば、そこそこ大目に見て貰えるがな」
 緒方さんの愉快そうな声が、車の中に響く。
「ねえ、緒方さん。どうして今日、俺を誘ってくれたの?」
「・・・一つはsaiの事に区切りを付ける為だ。もう一つは、アキラ君を抜いた話を進藤としたかったからだな。棋士にもプライベートはある。それがなければまいってしまうぞ。お前は碁さえあればいいみたいだがな、先は長いんだ」
 そっか、緒方さんはちゃんと碁と離れた部分があるんだ。今の俺にはそれはないな。
「碁と恋愛するのもいいが、碁は一生のつき合いだ。焦る事はない」
 その言葉に俺は塔矢の話を聞く。
「塔矢は?あいつは何をしてるの?」
「うん?中国語と韓国語を習っているよ。後、英語とか。アキラ君は語学が好きらしい」
「へえ、凄いなあ。俺には真似出来ないよ」
「真似はいらない。碁以外の事で自分に合う物を見つければいい」
「緒方さんて優しいね」
「ま、惚れた相手だからな。俺はお前の碁に惚れた」
 俺はじんと胸が熱くなる。
 だが、シリアスと言うか、良いムードだったのはここまでだった。

 俺は次の瞬間、地獄を見た。

「進藤、芦原のお買い物車だが、俺のテクは衰えないぞ」
 次の瞬間、ギュワーンと車が180度回転した。

「どうした進藤」
 レストランの駐車場だが、俺は車から降りれなかった。
「緒方さん・・・俺、腰が抜けた」
 その日、俺は初めて腰が抜けるを体験した。

 後日、塔矢にその話をすると、
「緒方さん、初めて乗せた人には絶対あれをやるんだよ」
と、すると俺はあれだけの為にデートに誘われたのか?!
「気の毒にね。僕が知ってたら教えてあげたのに。芦原さん、タイヤ削られたって泣いてたよ。ガソリン満タンで泣く泣く我慢したらしいけどね。緒方さん人をからかうの好きだから」
「塔矢・・・」
「気に入りには特に念入りなんだよ。ま、いざとなったら逃げてくれば?」
 塔矢の言葉に俺は脱力するしかなかった。(だって、俺、携帯番号教えちゃったから)
 とほほ・・・。   君を思う (マーチでGO1)

 俺はその日、棋院で待ち合わせをしていた。待ち合わせの相手は驚く無かれ、
 十段棋士 緒方 精次さんだ。

 あれは昨日の事だった。
「進藤、今、帰りか?」
 その言葉に振り返り、俺は思わず回れ右をしたくなった。
「お、緒方さん・・・」
「まあ、そんなに警戒する事もなかろう。取って喰うわけじゃなし。明日、時間あるか?」
 突然、何を言い出すのだろう。時間は空いているけど。
「・・・明日はオフです」
 その言葉に緒方さんが笑った。
「そうか。では明日、ここで待ち合わせだ。俺が飯を奢ってやる。十一時だ」
 それだけ言うと、すたすたと歩いて行ってしまった。後には俺だけ。
『緒方さん・・・俺、返事してないんだけど』
 この兄弟子だって、あのアキラがあるのかと思うと、俺の未来は暗いかもしれない。
 まあ、食事に誘ってもらって断る必要はないんだけど。(断ったら、後が怖いかも)

 そんなこんなで、現在ここにいる。

「緒方さん・・・これ何?」
「見て解らないか?車だ」
「いや、そう言う意味じゃなくて・・・。いつもの車は?」
 緒方さんが今日乗って来た車は、赤い車だが、いつものかっこいいスポーツカーではない。最近、面白CMでお馴染みの車だった。
「調子が悪いものでな。修理に出している。これは、芦原に借りた」
 緒方さんの返事に、俺は納得がいく。だが、これは緒方さんの弟弟子の芦原さんの物なのか?
「これ、芦原さんの車なの?」
「そうだ。あいつはこの丸い形が気に入ったと言っていた。燃費も良いとほざきやがる」
 それは緒方さんへの当てつけなのか?いや、違うだろう。あの人が緒方さんに当てつけなどするわけがない。と、言うより、天然入っている人だからなあ。
「燃費の話はいいよ。俺、免許ないから解らないもん。乗っていい?」
 俺の言葉に緒方さんは、ドアを開けてくれる。
「これって、何で手を使わなくても開くのかな?」
 俺の質問に緒方さんは答えない。どうでも良いからだろう。
「芦原のお買い物車とは残念だ。折角、進藤を乗せるのにな」
 俺は助手席でぎょっとして、思わず緒方さんの顔を拝んでしまった。
「何だ?」
「いや、緒方さん俺をRX−7に乗せたかったの?」
 俺の疑問に緒方さんはため息を吐く。
「そりゃあ、デートだからな」
 何ですと〜?で、でーとーおおおおお!
「俺、男ですけど・・・」
「当たり前だ。そら、シートベルトをしめろ」
 言われて慌ててそれをしめる。車を発進させる時、ちらりと和谷の姿が視界をよぎった。
『あ、和谷!助けて〜俺、緒方さんに誘拐されるかも〜』
 俺の心の声は和谷には届くはずもなかった。とほほ。


「なあ、進藤」
 緒方さんの運転はとても上手だ。冴木さんも上手いんだけど、緒方さんの方が安心出来る。何でかなあ。
「何?緒方さん」
「・・・saiの事はもう聞かない事にする」
 ぎくりと俺が反応するのを、緒方さんはちらりと見たが、直ぐに前に視線を前に戻す。
「塔矢先生から何か聞いたの?」
「いいや、相変わらず肩すかしだ。先生は君とは共犯でしらを切り続けるだろうな。だから、俺ももう聞かない事にした。安心しろ」
 緒方さんはこの前の事を知ってるのかな?

 それは4.5日前に遡る。俺は塔矢邸を訪ねていた。
 帰国した塔矢先生に会いに行く為だ。先生は突然の訪問にもかかわらず、俺を出迎えてくれた。
 そこで、俺は先生にもうsaiとは打つ事が出来ない事を告げた。
「もう、いないんです。あいつ」
「・・・そうか。残念だ」
 塔矢先生はそれだけしか言わなかった。亡くなったのかとも、どうしてとも。
「私は約束は守るよ。君とsaiの関係は私の胸に納めておく」
 俺は嬉しかった。
「先生、ありがとう。saiはきっと喜んでる。先生と打てて、あいつ凄く喜んでたもの。先生、ありがとう」
「そうだ。今日は皆が集まって軽く研究会をしているんだ。良かったら、君も覗いていかないか。アキラはまだ戻ってないが」
「ありがとうございます。塔矢ならさっきメールをくれました。後、一時間程で帰って来ますよ」
 俺の言葉に、先生が笑う。
「同じ年の友達は君が初めてだな」と。


「・・・だろ?」
 緒方さんの言葉を聞き損ねた。
「・・・あの、今、何を言ってたの?」
「聞こえなかったか?アキラ君と同じ年だろ?進藤は」
 ああ、その事か。
「うん、同じ年」
「そうか、若いんだな。俺はお前の年にはまだ、プロには受かってなかったな」
 俺は耳を疑った。
「え?じゃあ、緒方さんは幾つで受かったの?」
「十八だ。俺は高校は行ったからな。その間はプロ試験を受けなかった」
 ええ〜?何で〜?
「一度で合格したがな。ま、プロになるのが怖かったんだよ」
「信じらんない。でも、プロになったんだね」
「プロにならないと強いやつと打てないからな」
 ふうーん。
「・・・そうだ、緒方さんは車の整備とかしないの?あのスポーツカー、何かすごい癖の悪い代物だって、漫画にのってたよ」
「ほう、良く知っているな。確かに、手に入れた時は色々いじってたんだがな」
 ここで、ふとため息を緒方さんが漏らした。
「手が汚れるんで、出来なくなった。オイルはなかなか取れない」
 ああ、成程。オイルはなかなか取れないよね。
「碁を打つ時、手が汚れていては、けちが付く。以来、やってない」
 緒方さん、その時負けたんだ。だから、けちが付くなんて言い方なのか。
「そっか。緒方さんとこんな風に話をするのは初めてだね。アキラとはどんな話をするの?」
 俺はアキラとは碁の話しかしない。理由はないが、何となく何時もそうなる。
「アキラ君とは学校の話くらいしかしないな。進藤は彼とどんな話をするんだ?」
「碁の話。結局、俺の中では塔矢と話をするのはそれだよ。まあ、何時か趣味の話でも出来たらいいけど・・・俺、趣味ないなあ」
 俺の言い方に緒方さんは快活に笑う。こんな笑顔は初めてだ。
「趣味か、進藤の趣味は碁が趣味なんだろ?」
 俺は暫く考える。そうなんだろうと思う。
「そうかな?そうだよね。でも、趣味を職業にするのは・・・何だかなあ」
 遊んでいるみたいで嫌かな。
 それがもろに顔に出たらしい。
「趣味だが遊びじゃないぞ。まあ、自分の出来る事で飯を喰えるのはありがたい事だがな。碁打ちは碁しか打てない」
 自分に出来る事で飯を喰うか。選ばれた数名のタイトルホルダーの緒方さんでも、そんな考え方をする事が不思議だった。
「だがな、進藤。実力の世界だからこそ、俺が何をしようと自由なんだ。年上に嫌みを言ってもな」
 ああ、そうか。緒方さんは偉いなあ。
 俺は素直にそう言ってみた。
「偉いか。まあ、偉そうではあるな。お前はまだ未成年だから、何かと言われると思うが、二十歳にもなればうるさ方も何も言わなくなるだろう。それにお前は看板娘だからな。偉いさんがお前に色々言うのも仕方がない」
「看板娘〜?」
 俺が変な声を上げると、緒方さんは愉快そうに声を出した。
「そう、看板娘だ。アキラ君とセットでな。お前らは絵になるからな。宣伝には丁度いい」
 そんな事を思われていたのか?道理で色々と細かい説教を受けるはずだ。
「俺・・・碁を打てるだけでいいのになあ」
「そうも行かないのがプロの世界だ。他の会社でも同じだぞ。まあ、この世界は実力さえあれば、そこそこ大目に見て貰えるがな」
 緒方さんの愉快そうな声が、車の中に響く。
「ねえ、緒方さん。どうして今日、俺を誘ってくれたの?」
「・・・一つはsaiの事に区切りを付ける為だ。もう一つは、アキラ君を抜いた話を進藤としたかったからだな。棋士にもプライベートはある。それがなければまいってしまうぞ。お前は碁さえあればいいみたいだがな、先は長いんだ」
 そっか、緒方さんはちゃんと碁と離れた部分があるんだ。今の俺にはそれはないな。
「碁と恋愛するのもいいが、碁は一生のつき合いだ。焦る事はない」
 その言葉に俺は塔矢の話を聞く。
「塔矢は?あいつは何をしてるの?」
「うん?中国語と韓国語を習っているよ。後、英語とか。アキラ君は語学が好きらしい」
「へえ、凄いなあ。俺には真似出来ないよ」
「真似はいらない。碁以外の事で自分に合う物を見つければいい」
「緒方さんて優しいね」
「ま、惚れた相手だからな。俺はお前の碁に惚れた」
 俺はじんと胸が熱くなる。
 だが、シリアスと言うか、良いムードだったのはここまでだった。

 俺は次の瞬間、地獄を見た。

「進藤、芦原のお買い物車だが、俺のテクは衰えないぞ」
 次の瞬間、ギュワーンと車が180度回転した。

「どうした進藤」
 レストランの駐車場だが、俺は車から降りれなかった。
「緒方さん・・・俺、腰が抜けた」
 その日、俺は初めて腰が抜けるを体験した。

 後日、塔矢にその話をすると、
「緒方さん、初めて乗せた人には絶対あれをやるんだよ」
と、すると俺はあれだけの為にデートに誘われたのか?!
「気の毒にね。僕が知ってたら教えてあげたのに。芦原さん、タイヤ削られたって泣いてたよ。ガソリン満タンで泣く泣く我慢したらしいけどね。緒方さん人をからかうの好きだから」
「塔矢・・・」
「気に入りには特に念入りなんだよ。ま、いざとなったら逃げてくれば?」
 塔矢の言葉に俺は脱力するしかなかった。(だって、俺、携帯番号教えちゃったから)
 とほほ・・・。
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