ヒカルの碁 マーチでGO14(大人の日)
マーチでGO14

「子供の日だけど、俺には子供とさよならした日だよ」
 ヒカルは緒方の顔を見ながら笑う。
「あいつが消えたのは大人になれって言う事だったのかもしれないね。俺って、何時までたっても子供だったから」
 緒方は煙草を出すと、火を付けた。
「あ、そう言われると俺も恥ずかしいな」
「?何で?」
「お前は憶えてないか?」
 その言葉にヒカルが大きくうなずいた。
「5月4日だね」
「駄目な大人の見本だな。俺も餓鬼だと言う事だ。ま、先生から見れば、俺も餓鬼だろうな」
 5月4日。酔っぱらいのタイトルホルダーと打った日だ。
 しかし、ヒカルはそこで緒方の本音も聞いてしまった。
『ああ、緒方先生も辛いんだな』
「見てろ、一気に駆け上がってやる」
 緒方でもそんな事を思うのだ。ヒカルには随分、以外に思えた。
 その時、ヒカルには佐為がいた。
 一人で戦うと言う事の孤独さが、ヒカルには解ってなかったのだ。
「俺って、緒方先生の孤独を半分しか解って・・・いや、全然解ってなかったよね」
 ヒカルの呟きに、緒方は煙草を消す。
「孤独って言うのは、供に戦う相手がいない事だ。俺には幸い、お前もアキラ君もいる。・・・ま、爺もいるがな・・・」
 きっと、塔矢先生は面白くなくなっていたんだ。
「saiが何者か解らなかったが、塔矢先生に新風を吹き込んだんだ。先生は、それで全てを吹き飛ばしてしまった。なあ、ヒカル。知ってるか?」
「何?」
「初夏に吹く風をな、青嵐って言うんだぜ。激しい風で、夏の季節を呼ぶんだ」
 はっと、ヒカルが緒方を見る。
「ああ、そう、そうだ。あいつは俺の爽やかな風だった!」
「・・・そうか、saiは風だったのか。それじゃあ、消えたのは仕方ないか」
 ヒカルは緒方の顔から、視線をそらした。
「ごめんね。緒方先生。俺、あいつの事何も教えられなくて。ごめんね」
 ヒカルの頭に、暖かい感触が落ちてくる。
 ああ、緒方先生の手だ。
「風なんだろ?誰も捕まえられないさ」
 青嵐なんだから。当然だ。
 その時、二人の間に強い風が吹いた。
「青嵐なの?」
「きっと、そうだぜ」
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