ヒカルの碁 マーチでGO13(白い花赤い花)
マーチでGO13

「緒方先生」
「何だ、進藤。もう、着替えはすませたのか?」
 緒方が脱衣所を覗くと、ヒカルは緒方のTシャツだけを被った姿だ。
「あのね、これ何?着替えに混じってたよ」
 ヒカルが差し出しのは、真っ白い褌だった。
「おう、すまんな。混じって出て来たんだな」
 緒方は平然とそれを受け取る。
「・・・それ、緒方先生の?先生がするの?」
「ああ、俺のだ。塔矢門下は全員持ってるぞ。森下門下もだ」
 え?ヒカルには初聞きな話だ。
 じゃあ、和谷や冴木さんや白川先生も持ってるのか?
「ズボンなくてもいいのか?足は寒くないか?」
 ヒカルは緒方が寝間着代わりに貸してくれたTシャツを、引っ張って頷いた。
「ぜんぜん。今日は暑いから、平気だよ。スースーして気持ちいいよ」
 緒方の3LのTシャツは、流石にヒカルには大き過ぎた。はみ出した足に緒方は苦笑する。
「膝まであるな」
「だって、緒方先生、大きいんだもん。180pなんて詐欺だよお。俺、160pしかないもん。でも、何か人の服を着るってくすっぐったいね」
 ヒカルは上機嫌でソファにぼすんと座った。
「さっきの話だけど」
「ああ、褌か。写真、あるから見るか?」
 緒方が棚から一冊のファイルを取り出す。ヒカルはそれを見て、仰天した。
 端からずらりと塔矢門下が並んでいるのだが・・・何故に褌姿なのだ?
「先生、これなんで?」
「これは、塔矢門下の新年行事だ」
「え?」
「この姿で、水垢離をして、新たな年の勝利を誓う。そして・・・」
 ここで、緒方がにたりと笑った。
 ヒカルの喉がごくりと鳴る。
「前年、成績の悪い者は、ここで処罰される」
「・・・て、どう言う風に?」
「氷入りをバケツ3杯被るんだ」
 ヒカルは初夏だと言うのに、ぞっと寒くなった。
「俺、塔矢門下でなくて良かった」
 研究会を断って良かったと言う事なのだが、
「森下門下も同じ行事があるぞ。そもそも二人が子弟に激を飛ばす為に始めた事だからな」
「ええ?本当?俺、呼ばれた事ないけど。やっぱり、部外者だからかな?」
 ヒカルは少し寂しい気分になる。(真冬の水垢離は初夏では威力を失うようだ。呼ばれなくて良いとは考えないらしい)
「いや、お前は連勝してるからだろ。腕も向上してるしな」
 そもそも、成績が悪いヤツに激を飛ばす為なんだからな。
「ほら、アキラ君はいないだろ?」
 緒方は写真を指さす。
「これは今年の分だがな」
 そう言えば、アキラはいないなあと、ヒカルはそれを眺める。

 ピンポーン。
「おや、アキラ君だ」
 アキラはリビングのソファにいるヒカルの姿を見て、血相を変える。
『し、進藤・・・その姿は』
 やはり緒方さんと・・・。何て、兄弟子だ!
「あ、塔矢もお泊まり?寝間着は持って来た?俺、緒方さんがこれ貸してくれた」
 見て見て、いいでしょ?
 アキラ、思考停止の為に、暫しの間。


「ねえ、塔矢。緒方先生が新年行事の事を教えてくれたんだよ。塔矢門下も大変だねえ。真冬に水を被るなんて。アキラも被った事あるの?」
 ヒカルの質問に、アキラは曖昧に頷く。
「まあ、あると言えば、あるかな?」
「へえ、褌なの?」
 はあ?褌・・・
「僕が褌?・・・緒方さん!又、進藤に妙な事を吹き込んだでしょ?!」
 アキラがくるりと振り向くと、緒方が褌一枚で立っている。
「変もなにもこれが新年行事の制服だろ?」
「・・・・・!!!僕は海パンでしか出てません!!そもそも、緒方さんが褌を持ち込んだんでしょ!!」
「先生は良いって言ったぞ」
 ぎゃんぎゃんと喚く二人にヒカルは唖然としている。
「でも、冷水は被るんだね。塔矢」
「そうだけど・・・10年前、褌を持ち込んだのはこの人だ!!」
「これぞ日本人の心じゃないか?」
 緒方は褌一丁で偉そうに胸を張った。
「それは、あんたの趣味でしょ!!進藤に妙な事を吹き込まないで下さい」
「あ、でも、緒方先生、かっこいいよ。日本男子って言うの?イナセって感じ」
 ヒカルは緒方を見て、うっとりとしている。
『やっぱ、進藤だからな』
 アキラは諦めの溜息ついた。
 ヒカルの色眼鏡は、緒方にだけはデカイのだ。


「和谷。森下門下は何で赤褌なの?」
 げ、何でばれたと和谷は首を竦ませる。
「何で知ってる?!」
「緒方先生が教えてくれたんだ。俺が呼ばれた事ないから」
 呼ばないのは冴木さんと俺の良心からだよ。
「昨日、緒方先生、俺に褌姿見せてくれた。すげえ、かっこいいんだ」
『ああ、やっぱ進藤だった・・・』
「赤褌を持ち込んだのは白川先生。あの二人は幼なじみなんだよ・・・」
「あ、そうなんだ。成程。昨日、塔矢も褌かって聞いたら、海パンだった。格好いいのになあ。俺、来年は行ってもいい?」
「どうぞ。赤フンしたければ、俺のを貸してやるよ」
 うう、どんどん進藤が変人に染まって行く・・・。
「あ、いらない。緒方先生がくれたんだ。楽しみだなあ」
「・・・良かったな」
「うん」
 和谷はもう何も言うまいと心に決めた。
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