ヒカルの碁 段ボールの階段番外6
段ボールの階段番外6・・・ 嵐を呼ぶジャングル

 不健康ランド、もとい、健康ランド以来、緒方はどうも温泉と名がつくものが嫌いだ。
 しかし、仕事はまわって来るのでしょうがない。

 行き先は熱海。温泉の有名地だ。

「熱海かあ。なあ、ヒカル。気分悪くないか?」
 どう言うわけか、久々に夫婦でイベントになった。愛しい妻を気遣って、緒方は車(スカイライン)を伊豆にと走らせた。
 現本因坊の 緒方 ヒカルは碁界のアイドルだ。
 本因坊の栄冠を貰ったその日に、デリカシーのない夫は、記念写真をばらまくと言う暴挙に出た。それが元で、師匠に説教されたり恨まれたりと散々辛酸を舐めているのだが、どうも根っから気にしないタイプらしい。
「勝利者の優越」
とか、言っているが、弟弟子のアキラにしてみれば、
「ヒカルの物好きが幸をそうした」らしい。


 さて、進藤 ヒカルには【抜け駆け禁止同盟】なるものがあった。最早、過去形になるのだが、活動は健在で、【緒方 精次に嫌がらせをする同盟】なるものに目的が変わっている。この同盟、何故か女性も含まれている。
 進藤 ヒカルは女性にも多大な人気があったのだ。

 話を戻して。
「珍しいよねえ。俺と先生が同じイベントなんて」
 緒方がコホンと咳をする。
「ヒカル、先生じゃない。パパだ」
 ヒカルに子供が出来て以来、この呼び方を強要している緒方だが、長い秘密生活の習慣はなかなか変えられないらしい。
「パパ・・・」
 うお〜。恥ずかし〜!虫酸が走る〜!
 ヒカルの大げさなわめきにげんなりとする緒方だ。

 イベント、イベント嬉しいな〜。仕上げは上々、細工は隆々。
 みんなそろってご挨拶。
 何だか、妙だが、お弁当の替え歌だ。誰が歌ったかは謎。
 しかし、この歌のように浮かれた人々が、わざわざ休暇を取って潜んでいた。

 休暇は有意義に使いましょう。


 あれ?ヒカルは首を傾げる。
 旅館のロビーの片隅に、顔見知りの団体を見つけたからだ。
「お〜い。冴木さん、白川先生、伊角さん?!あ、門脇さんもお」
「やあ、ヒカルちゃん」
 にこりと笑う白川に、ヒカルの隣にいた緒方は回れ右をしそうになった。
「な、何でお前がここにいるんだ?!」
「やだなあ、緒方さん。休暇ですよ。休暇」
「お前等だけか?」
「さあ?」
 にこりとした笑顔で答える白川の背後に、どす黒いオーラが漂っていたが、緒方は完全無視を決めた。
 今宵は二人部屋なのだ。
『邪魔させてなるものか!!』


 久々に有意義だった(ヒカルがいたから)イベントは終わった。
 部屋に帰れば・・・二人だけと浮かれる緒方に、ヒカルが嬉しそうに言う。
「ねえ、ここ、ジャングル風呂があるんだって。楽しみだね」
 ジャングル風呂・・・風呂・・・不健康ランド・・・。
『やな事、思い出しちまった』
 しかし、口では妻を気遣う。
「ああ、楽しみだな。滑るなよ。ちゃんと手すりを持ってな。はしゃぎすぎるなよ」
「大丈夫だよ。子供じゃないんだから」
 部屋の前の廊下で、熱々ぶりが上がっている二人を遠くから眺める視線が・・・。
 緒方は気がついていたが、これも無視だ。
『へへん。羨ましいか。どうだ!』
 謙虚と言う文字はまったくない緒方だ。


「うわ、綺麗〜」
 ジャングル風呂と聞いていたから、どんな所かと思っていたのだが、中身は温室のようだ。蘭やしだが生い茂る花壇にヤシの木が天上まで伸びている。
 子供だましのようだが、凝った作りだ。
「良いなあ」
 大盤のタオルを身体に巻いたヒカルは、霧が吹き出す通路が気に入ったらしい。
 ぶわっと吹き出す霧は、一瞬視界をうばい、さっと晴れて行く。その瞬間に人工の虹が見えるのだ。
「緒方先生の所にもあるのかな?こんなの」

 その頃の緒方は・・・タオル一丁でジャングル風呂を彷徨って居た。
 風呂に入る前に緒方は多大なミスを犯してしまったのだ。
「俺の鍵返せ!」
 鍵を貴重品入れに入れようと思った瞬間、白川に奪われてしまったのだ。

「何する!お前」
「やだなあ、何もしませんよ。ここでイベントしようと思いましてね」
 白川はジャングル風呂を指さす。
「イベント?」
「そう、イベント。この鍵をあの風呂の中の何処かに隠しますから、みんなで見つけると言うわけです」
 にっこり。
「参加者はあちら。景品は見つけた鍵を使えると言うわけです」
 はい。ヒカルちゃんと相部屋ですね。
「さあ、張り切ってまいりましょう。あ、隠す間、そこの大男押さえていてくださいね」
 白川が言うまでもなく、緒方は複数にがっしりと押さえ付けられている。
 日頃の恨みは着実に堪っているのだ。
「重い!どけ」
「や、です」「同じく」「どくもんですか」
「では、行ってまいりますね」
 がらがらと白川は扉を開けた。

 ゲームタイトルは【嵐を呼ぶジャングル風呂】である。

「駄目だ。見つからない」
 ちくしょう!!
「まだ、先は越されてないはず・・・」
 がんばれ、パパ!!
 などと心で叫んでいる緒方だが、そんなものはヒカルに開けて貰えば良い事を失念している。完全にアホである。
 畜生!!白川・冴木・伊角・門脇、憶えてろ!!
 駄目だ。ない。
「はい、鍵、見つかりました!!ゲーム終了」
 何!!(ムンクの叫び風)
「だ、誰が見つけた・・・」
 白川は、冴木を指さす。続いて、伊角、門脇を。
「同時に見つけました。では、ごきげんよう。緒方さん。お風呂、楽しんでくださいね」


「ああ、ヒカルう」
 愛車のスカイラインの中で、緒方は毛布を引き寄せる。
「呼んだ?」
 ガラスがこつこつと叩かれると、ぬっとヒカルが顔を出す。
「俺もここで寝て良い?」

「ああ、やっぱりですね」
 白川が車の中を覗き込んで呟く。
「ほら、結局、こうなるんですよ」
 後の輩も肩を竦めている。
「おやすみなさい。緒方さん、ヒカルちゃん」
ヒカルの碁目次