ヒカルの碁 段ボールの階段番外7
段ボールの階段番外7

 本日の緒方は自宅でクマのようにうろうろとしていた。これが、白スーツのままなのだから、さしずめ白クマだろう。
「まだか?」
 ちらりと時計を眺める。
 時刻はもう、夕方だ。
 明け方、急に苦しみだしたヒカルを病院に送って行った。そのまま、待っていると言う緒方に、
「駄目、仕事あるでしょ?産まれたら、連絡するから。家で待ってて」
と、にべなく、立ち会いを断られた。
「ああ、ヒカル。大丈夫か」
 初めての出産だ。
「ああ、ヒカル!お前に何かあったら・・・俺は生きて行けない。あ、いや、それはまずい。産まれてくる子がいるんだ。しかし、何かあっては・・・」
 あああああ。
「ああ、ヒカル。神様、ヒカルをお守り下さい」
 緒方をタイトルホルダーと崇めている人がみたら、百年の恋も一瞬で冷める風景だ。
 でもまあ、世間の父親と言うのは、こんなものなのかも知れない。
 世の中、女の方が図太く出来ている。

 リッ!
 コンマ一秒で、緒方は受話器を上げる。
「産まれたか!」
「あ、緒方さん?産まれましたよ。来て下さい」
 一瞬の沈黙。
「アキラ君、何でそこにいるんだ?」
「・・・たまたまです」
 奇妙な沈黙が流れる。
「そうか。じゃあ、行くよ」
「あ、タクシーで来て下さいね。浮かれて事故でも起きたら困りますから」
 がちゃりと電話が切れる。
「あ、性別聞くの忘れた・・・」
 どこまでもお間抜けな、緒方である。囲碁ではミスなどおかさない頭のくせに、私生活は穴ぼこだらけらしい。
 だが、何故、アキラが性別を言わなかったのかは、病院に着いてから知った。


「ふたごお〜?!」
 緒方の声が病院の廊下に響き渡る。
「あ、親戚の方ですか?どうぞ」と、案内された先には、双子の赤ん坊がいる。
 頭を突き出して、もぞもぞと動いている。
「元気な赤ちゃんですよ。男の子と女の子。可愛いですわね」
 看護士の声に、は、っと我に返ると、にへらと顔を綻ばせる。
「お〜可愛いでちゅね。パパですよお」
 それに、看護士の顔が引きつった。
「お父様でしたか」
「ええ、緒方です」
「はあ、もう一人の男性がお父さんかと思いましたよ。心配そうに廊下で待っていたんで。そうですか」
 白スーツのまま駆けつけた男性に、不信の目は濃かった。
「あ、緒方さん」
 廊下の向こうから、アキラが声をかける。
「アキラ君」
「おめでとうございます。可愛いですね」
「ありがとう。しかし、双子とは知らなかったな」
 え?
「緒方さん、知らなかったんですか。僕は知ってましたよ。何で黙ってたんだろう?」
「何でかな?」
「僕だけじゃなくて、他の人も知ってたのに」

 が〜ん。
 緒方の頭に100d碁石(あるのか?そんなもの)が落ちた。

「え?何で、黙ってたかって?驚かせたかったから」
 あまりに単純で、あまりな内容に、緒方は目尻を熱くする。
「そんなに感動してくれたんだ。でも、助かったなあ」
「?何が?」
「いっぺんに産まれてくれて。これで、又、妊娠しなくて良いじゃん。いやあ、生でやって双子って・・・」
 じっとヒカルが緒方の顔を覗き込む。
「緒方先生、やりすぎじゃない?」
 それとも、精力ありすぎるのかな?
「・・・」
 何はともあれ、無事産まれてくれて良かったと思う緒方だ。


「あら、可愛い〜」「緒方君には似ても似つかないな」「進藤似ですね」
 ジャンケンで見舞い権利を勝ち取ったのは、三人。桜野、芹沢、伊角だ。
 本当は全員(ヒカルファンクラブの面々)見に行きたいとだだをこねたのだが、アキラに却下されたのだ。
 アキラが先に代表で見に来たのだが、産まれた直後だった為、
「お父様ですか。ほら、可愛い双子さんですよ」
 と、両腕に抱かされた。
「あ、いや、僕は・・・」
「母子とも健康。良かったですね」
 そのままさっさと、新生児室に赤ん坊は入ってしまった。
「ああ、やばいな。緒方さんには内緒だな」
 アキラは一生、墓場までこの秘密を抱えて行こうと決意しのだ。
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