ヒカルの碁 段ボールの階段番外3
段ボールの階段番外3・・・緒方、師匠に呼ばれる。

「はあ、はい。伺います」
 ヒカルの妊娠で舞い上がっていた緒方が、塔矢師匠に呼ばれた。
「あの時の説教か・・・」
 先々月、ヒカルが本因坊のタイトルを取った時、結婚済み宣言なる物を緒方はかましてしまった。世間に、かなりの話題を提供してしまったのだが、ま、済んだ事は気にしないし、それについて反省もしない緒方だ。
 だが、流石に師匠の目は怖いらしい。
 昔、随分と叱られたのが、緒方のトラウマで焼き付いているのだ。
 早い話が、師匠にだけは頭が上がらないのだ。タイトルを奪取して師匠を超えようと思った思惑は、当の本人にあっさりとかわされてしまった上、自分の妻であるヒカルと行洋は何やら秘密の共犯だ。
「嫌だな」
 子供のような感想の緒方だ。
 
 真っ赤な車は今では、真っ青なスカイラインに変わっている。
「・・・緊張するなあ・・・こんにちわ」
「あら、緒方さん。いらっしゃい」
 塔矢 明子は微笑んで緒方を部屋に通す。
 だが、部屋の雰囲気は明子の笑顔とは裏腹だ。
「こんにちわ。先生」
 緒方が行洋の前に座る。
「ああ、緒方君。すまないね。呼びつけて」
「いいえ」
 気まずい沈黙だと緒方は思う。
「ああ、ヒカル君が妊娠したそうだね。おめでとう。君も父親になるんだな」
「は、はい。ありがとうございます」
 緒方は深々と頭をさげたが、頭を上げる事が出来なくなったのだ。理由は行洋が緒方の頭を押さえているためだ。
「・・・この馬鹿もん!ヒカル君の顔に泥を塗るとは何事だ!神聖なる対局場で阿呆な事をするとは。庭で正座4時間だ!!」
 行洋はそれだけ言うと、さっさと出て行ってしまった。
「あらあら緒方さん、大変ねえ」
 お茶を持って顔を出した明子は、さっと盆を引っ込めた。
 
 緒方が庭で4時間の正座をさせられていた頃。
 アキラは近くのファミレスでヒカルと会っていた。
「これは又、痩せたねえ」
 アキラはヒカルの顔がげっそりとそげている事に吃驚して頬を撫でる。
「ん、一週間食べてなかったから。つわりで。でも、もう大丈夫だよ。これからがんがん食べるから」
「どれくらい減ったの?体重」
 ヒカルは元来あまり体重がない。体調を考慮して調節してある為だが、今、いくらあるのだろう?と、心配になる。
「ん、4s痩せたかな?まあ、もう平気だから。お、パフェが来た」
 目の前に置かれたパフェにヒカルはゆっくりと口をつける。流石に、ぱくぱくとは口には運べないようだ。
「胃が縮んだみたいだね」
「でも、直ぐに伸びるよ。俺の胃だから」
「そうだ。緒方さん、今日、おとうさんに呼ばれてるよ」
 アキラは面白そうにヒカルの顔を覗き込む。
「あはは。最近、浮かれ気味だったから、喝を入れてもらうとありがたいよ。本当にアホなんだから」
「今更だけど、本因坊の決戦の時の小言らしいよ。まあ、緒方さんも解ってるとは思うけどね。おとうさんが何も言わないわけがないから。その日の主役をホテルに軟禁したりもしたしね」
「それが一番のお笑いのネタだからなあ」
 ヒカルの重い溜息に、アキラも答えがない。
 
 ヒカルがタイトルを取った日、涙にくれてやけ酒を煽るみんなの元で、芦原はまたまた爆弾を落としたのだ。恐るべき男である。
「緒方さんねえ、ヒカルちゃんがタイトル取れたら、目一杯中出ししてやるって言ってたんだよ〜ん。ヒカルちゃんも気の毒にね〜」
 アキラはその隣で、盛大に兄弟子の足を踏んづけた。
「痛いよ。アキラ」
「うるさい!このどスケベ親父」
「ひどい!アキラ。あんなに可愛かったアキラが・・・」
「あんたと緒方さんが僕をこんな風にしたんだろ?!今更、何を抜かす」
 アキラはプロになってから、嫌と言う程思い知った。緒方も芦原も自分の前では随分なネコを被っていた事を。
 アキラがプロになった途端、そのネコは剥がれ、【ようこそ プロの世界へ】と、ばかりに破天荒な二人に翻弄される身となったのだ。
「う、可哀想な進藤」
「へへ、でも、ヒカルちゃ〜ん。緒方さん、愛してるんだよ〜ん。今頃〜新婚さん〜」
 周りの空気が一斉に、零下まで下がる。
「もう黙れ!あほはら!」
 アキラは芦原の口にビール瓶を突っ込んだ。
 
「アキラ?どうしたの?」
 トリップしていたアキラに、ヒカルが問いかける。
「ああ、いや。何でもないよ」
 緒方闇討ち計画が進んでいる事は、ヒカルには黙っていようと思うアキラだった。
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