ヒカルの碁 段ボールの階段8
段ボールの階段8

 緒方 精次の秘密は可愛い奥さんがいる事だ。
 その奥さん、進藤 ヒカル(旧姓)は大変もてる。緒方は知るだけでも、両手と両足で足りない程、心当たりがある。
 今回はそんなもてもてヒカルちゃんの話。

 秋はとかくイベントが多い。棋院も然りだ。
「えっと、3日は指導碁。で、次の日はイベント・・・それからあ・・・」
 俺、働き過ぎかも。ヒカルは密かにため息をついた。
「進藤、何処行くんだ?」
「あ、和谷、伊角さん。何処って、今日は一応休み。スケジュールの確認だけ」
 その答えで、二人はにこやかに笑う。
「じゃあ、デート。いいだろ?」
「いいよ。今日は暇なんだ」


「進藤は緒方先生と仲いいよな。もう、プロポーズとかされたんじゃないか?」
 和谷の言葉に、ヒカルはアイスティーを吹き出しそうになる。
「え?普通だよ。普通」
 背筋の冷たい汗も、気合いでごまかす。俺は勝負師だ。
「あの人絶対、進藤にプロポーズしそうだよ」
 求婚じゃなく、結婚だったけど。
『そう言えば、求婚なんてされたかな?』
 が〜ん!覚えがない。緒方先生、俺にプロポーズしてないじゃん。
 思えば、16の時、誕生日を祝ってやると言って、そのままホテルに泊められてしまった仲だ。
「プロポーズ・・・」
「そ、緒方先生なら花束抱えてさあ。やりそうだな」
「・・・やらないと思う・・・」
 ヒカルの言葉に、二人は不信を抱かなかったらしい。だが、
「なあ、進藤って、もう求婚とかされたんじゃないか?誰かに」
「・・・されてないよ」
 ヒカルの返事に、伊角と和谷は顔を見合わせて、テーブルの下でこぶしを握る。
『まだ、大丈夫だ!』
 事実は、プロポーズより遙か彼方なのだが、ヒカルはショックからか、周りに気が付かない。
『俺って、思えばいっつも突然だよな。佐為が居候したのも突然だし、アキラに追いかけられたのも突然。で、緒方先生にホテルに連れ込まれたのも突然だ。やった後で、責任は取るはないだろう?』
「俺だって、ロマンチックなプロポーズ欲しいよ」
 独り事だったのだが、目の前の二人はしっかりと聞いていた。
『これは、脈ありかも』『だが、抜け駆けOKなのか』
「進藤、誰かにプロポーズされたら、どうする?」
 伊角の言葉に、
「・・・断るよ。だって・・・」
 結婚してますとは言えない。良く考えたら、又、秘密持ちになってしまった。
「俺、本因坊タイトル取るまで、進藤でいたいんだ」
 これは緒方にも言った言葉だ。ヒカルの意地でもある。
 進藤の名前は、佐為の為に捧げたいのだ。
「進藤なら出来るだろうな。でも、タイトル取れたら、結婚してもいいんじゃないか?」
「そうだな。でも、まだ先だよ。先の話」
 苦笑して笑うヒカルに、二人は何だか複雑な顔をする。
『これは、かわされたのか?』
 ヒカル自身はそんな気はないのだが、かわした話で終わってしまった。


「なあ、和谷」
「何、伊角さん」
「抜け駆け禁止同盟に、緒方先生は入ってなかったよな」
「・・・だよな。やばいかも」
「ああ、やばいな。要注意だな」
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