ヒカルの碁 | 段ボールの階段7 |
段ボールの階段7 「緒方先生まで来てくださったとは」 ユンは感激の言葉を上げる。 「いえ、アキラ君は私の弟のようなものですから」 一応の社交辞令だが、半分は事実でもある。ただ、ヒカルが行かなかったら来る事はなかっただけだ。 「今日は私と進藤で対局して、アキラ君が解説してくれます。どうですか?ユンさん」 「ええ?そこまでして下さるんですか。ありがとうございます」 大人に交渉をまかせて、アキラとヒカルは部員とおしゃべりだ。ヒカルはともかく、アキラがこんなにしゃべるとは、誰も思っても見なかったらしい。だが、アキラはけっこうしゃべるのだ。 リップサービスもプロの仕事の内だ。 「そうだね。え?進藤はただの友達だよ。僕には婚約者がいるから」 雲行きの怪しい話題は、これで全てクリアーだ。 中学生時代派手な事をやってのけたアキラは、今でもそれが尾を引いているのだ。 進藤プロとは恋人同士ですか?だ。 「え〜。そうなんですか」 何だか、あからさまに残念そうな声が上がる。 「じゃあ、進藤さんは?どうなんです」 「俺?俺にも実は婚約者がいるんだ。あ、アキラじゃないよ。アキラより年上。指輪?」 指輪の質問に、ヒカルはくすくすと笑う。 「みんな夢があるなあ。俺、指輪はいらないから。でも買ってもらったものはあるよ」 何だろうとみんながわくわくとヒカルを眺める。 「何です?それ」 「さあ、何でしょう」 ヒカルのはぐらかしに、アキラも聞きたいようだ。だが、ヒカルは苦笑すると、 「塔矢は本人に聞いてくれ。秘密だよ」 そこにユンから声がかかる。 「じゃあ、始めますか」 「緒方さん、進藤に何を買って上げたんです」 ここは、ケーキがうまいと評判の店だ。 「何だ?」 「いえ、進藤が貴方に何か買ってもらったって」 「ああ、あれか・・・だがなあ・・・別にごたいそうな物では無いぞ」 緒方はヒカルを眺めながら、苦笑する。ヒカルはアキラの奢りと聞いて、俄然食べるつもりらしい。 「聞いても変に思うだけだぞ。アキラ君は基礎体温って知ってるか?」 「ええ、まあ」 基礎体温とどういう関係があるのか? 「基礎体温を記録しておく体温計があるのを知ってるかい?」 「いいえ」 「だろうなあ。ヒカルが欲しかったのはそれだ」 はあ?何で〜? 緒方はこほんと咳をすると、酷く苦い顔で頷いた。 「ま、使い方はそのまんまだ」 「はあ・・・」 ほら、理解出来ないと緒方はアキラに向かい苦笑する。 「君は何で産まれたと思う?」 ここに至って、ようやくアキラは理解した。 「ああ、そうですね」 なるほどと真剣に頷いている。そうか、夫婦だった。 「子供が出来たら、タイトル妨害の番外戦だって言うんだよ」 その言葉にアキラは飲んでいたアイスコーヒーを吹きそうになった。 「ば、番外戦?!」 「そうだ。ずばり言うとセックスするのはいいが、子供が出来るのは困ると言う事だ」 アキラでなかったら、叫んでいた事だろう。 「そうですね。進藤は優秀株ですから」 さっき吹きそうだったのに、アキラの今は冷静なものだ。 『ヒカルがタイトル取れたら、絶対、真っ先に心ゆくまで、中出ししてやる!』 緒方の決心を余所に、ヒカルは三個目のケーキに取りかかっていた。 |
|
ヒカルの碁目次 | 6→8 |