ヒカルの碁 段ボールの階段6
段ボールの階段6

 緒方 精次先生の秘密。現在、隣に寝ている妻の事。
 名前はヒカル。現在、女性NO1の実力囲碁棋士。18歳。

 秋のすがすがしい朝だった。が、その沈黙を破る音が廊下からする。
「誰だ?」
 セキュリティを解除して、ここまで上がってくるのは、身内しかいないだろう。
 だが、今日は誰とも約束がないはずだ。
 緒方はしぶしぶベッドから起きあがると、インターホンを確認した?
「アキラ君?」
「あ、おはようございます。まだ、寝てたんですね。すいません」
 いぶかしがりながらも、ドアを開ける。
「何か用か?」
「いえ、進藤に用です。やはり、聞いてませんでしたか。今日は、僕の中学の文化祭で、進藤とゲストで行くんですよ」
「はあ?俺は聞いてないけど・・・又、忘れたのかな」
 ま、上がれと、緒方はアキラを招いた。
「そうじゃないかと思って、失礼ですが、今日は早めに寄らせてもらったんです」
 あ、珈琲いれましょうか?アキラの問いに、緒方が頷いた。
「すまんな。ヒカルを起してくる」
 緒方は寝室に入ると、
「ヒカル、起きろ、朝だ。アキラ君が来てるぞ」
 随分と渋っている声が、キッチンにも聞こえて来る。
 だが、ようやく、起きたらしい。緒方のパジャマの上だけ羽織った姿で、のろのろと廊下に現れる。
「あれ?塔矢・・・」
「まだ、寝ぼけてる?それに、そんな姿で。僕は男だって何時も言ってるだろ?」
 アキラの呆れた言葉に、ヒカルはのたのたとバスルームに直行する。それを追って、緒方が服を持って行った。この地点で、緒方は既に着替えている。
「ヒカル、文化祭だぞ」
「え?あ、そうだった!ごめん、塔矢」
 バスルームの扉を開けて出て来た緒方は、肩を竦める。アキラは緒方に珈琲を渡すと、
「怒らないでくださいね。進藤は最近、忙しくて、忘れてても無理ありませんから」
 仕事じゃない事なんでね。
「囲碁部に呼ばれているんですけど、僕だけじゃ、気つまりだと進藤が乗ってくれたんですよ」
 なるほどね。アキラ君だけでは行きにくいだろうな。と、緒方は頷いた。
『流石、俺のヒカルだ』
と、一人悦に入る。が、その顔は弟弟子にはもろばれだ。
「まあ、中学の文化祭ですから、プロを呼ぶ予算もないですし、ユン先生が手が空いてたら来て欲しいと言うもので」
「ああ、ユンさんか」
 緒方はユンの事を知っている。ユンは韓国棋士との連絡役としてよく棋院に来るのだ。
「俺も行っていいか?幸いに今日はオフだ」
 アキラは緒方がそう言い出す事は解っていたので、まったく動じなかったが、後からやけにデカイ声が否定を唱えた。
「だめ〜!絶対」
 そこには着替えたヒカルが仁王立ちで立っていた。
「何故だ」
「中学の文化祭なんだよ!タイトルホルダーが行ってどうするの」
「アキラ君は俺の弟のようなものだ。な、アキラ君」
 アキラは苦笑で頷いた。確かにそうだ。だが、ヒカルの心配は別にあるのだろう。
「大丈夫だよ。それこそ、文化祭なんだから、緒方さんも滅多な事はしないよ。緒方さんだって結構子供のイベントには出てるんだから。君との中を吹聴したりはしないよ」
 最後にずばりと核心をつく。こんな事はアキラ以外だと、緒方に怒鳴られるだろう。
「約束だよ。先生はあくまで、塔矢の保護者。俺とは関係ないの」
 ヒカルの言葉に、緒方の避難の目が集中する。
「冷たいじゃないか。昨日はあんなに熱かったのに」
「ああ?」
 意味を掴みかねていたヒカルが、ようやく理解をした時には、緒方はすでにヒカルの攻撃の外にいた。朝食を作っているのだ。これでは、手が出せない。
 アキラは平然と、耳を心で塞いでいる。
「で、進藤。今日はどんな事しようか?」
 さっさと話題を変えるあたりは流石、兄弟弟子だ。
「・・・塔矢も緒方先生も嫌いだよ」
「おやあ。でも、僕は好きだよ。君が。緒方さんもね。緒方さん、近くに駐車場あるんで、送って下さい。で、駐車場の近くにおいしいケーキの店があるんですよ」
 アキラの言葉に、ヒカルは不機嫌ながらも呟く。
「奢りだよな」
「もちろん、食べたいだけどうぞ」
 緒方が置いてくれた、おにぎりとみそ汁をほおばりながら、ヒカルはアキラの先ほどの質問に返事を返す。
「ユン先生、指導碁とか希望なのかな?」
「そりゃあ、そうだろうね。僕らはプロだから。まあ、一人で六人くらいなら出来るだろ?」
 アキラの六人と言うのは、人数の問題ではなく、時間の問題だ。そんなに時間をかけるわけには行かない。
「そうだね」
「俺とヒカルが打って、アキラ君が解説はどうだ?」
 緒方の言葉に、アキラは頷く。
「それが一番、時間が早いかな?持ち時間を決めれるし」
 アキラの言葉に、ヒカルも頷く。
「緒方先生と打つのも久ぶりだあ」
 ヒカルの言葉に、アキラがおやぁ?と首を傾げる。
「打ってないの?一緒に住んでるのに」
「だって、緒方先生とは結構すれ違うし、一緒の時は仕事の話は駄目だって言うんだ」
 なるほど。新婚なのを忘れていた。
「そうだ。仕事以外にやる事がたんとあるんだ」
 緒方の頭上に、張り手がとんだ瞬間だ。
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