ヒカルの碁 段ボールの階段4
段ボールの階段4

 緒方 精次の秘密。緒方 ヒカルと言う妻がいる事。本人が秘密にしたくない秘密だ。 では何故、秘密なのか?これ全て、愛である。

 本日はお日柄も良く、ここは塔矢邸。
 閑静な住宅には不似合いな、赤い車。しかも、スポーツカーである。
「塔矢先生に会えるのか。本当に久しぶり〜」
 緒方の横ではしゃぐ、ヒカルは今日は何とふりふりのレースのワンピースを着ている。 色はオレンジとクリームイエローの落ち着いた色合いの生地なのだが、ヒカルの普段からはとても想像出来ないしろものだ。
「それは彼女がくれたのか?」
 緒方の質問にヒカルは頷く。
「俺、こんな服持ってないだろうからって」
 確かにヒカルはこんな服を持ってない。これをくれたのは、アキラの婚約者だ。
 アキラはこの婚約者にメロメロに惚れている。婚約者と言っても親が決めた相手ではない。惚れたアキラが、すでにプロポーズをしてしまったからだ。
「だって、彼女みたいに良い女、他の人が放っておかないよ」
 ヒカルもそうだと思うのだが、他の男は賛否両論であった。ちなみに緒方は女はヒカルしか認めない男なので、論外だ。
 閑話休題。

「こんにちわ」
 呼び鈴を鳴らすと、明子夫人が出迎えてくれた。
「こんにちわ。あら、ヒカルちゃん、凄く似合うわよ」
 それに恥ずかしそうにヒカルが笑うと、緒方を見上げた。
「良かったな」
 そっけない言い方だが、内心では、『ヒカルは何時でも可愛いが今日は特別だ!』
 そして、今晩の良からぬ考えに浸った所で、ヒカルに脇をつつかれたのだ。
「緒方先生、どうしたの?入らないの?緊張なんてしてないよね」
 眉間に皺が寄っていた緒方に、ヒカルは事もあろうに優しく声をかけ、緒方をそくしたのだ。エロ親父はこほんと咳をすると、
「行こうか」と、ヒカルに笑いかけた。


「そうか、事情は解った。二人で精進して幸せになりなさい」
 塔矢行洋の言葉を、ヒカルはしみじみ噛みしめて聞いていた。
『やっぱり、塔矢先生は大好きだなあ』
 それを横で見ていた緒方は、ヒカルがうっとりと微笑むのを見て、
『浮気者〜』
 と、心の中で涙していたのだが、そこは大人の事情で、師匠に丁寧な礼を述べた。

「ねえ、緒方先生」
 ヒカルは明子夫人が出してくれたケーキをほおばると、緒方に聞いた。
「本当は、公の方がいいのかなあ?だって、緒方先生、タイトル保持者だし・・・有名人だし」
 それには、当の本人ではなくて、アキラが答えた。
「言わない方が良いと思うよ。緒方さんだって、周りで騒がれて体調を崩したら、大変だし、君も結構有名人だ。対戦に影響が出ては駄目だろ?」
 う〜ん、そっかと。ヒカルは唸るが、アキラの本心は別にあった。
『だって、進藤が緒方さんと結婚したなんて知ったら、みんな、やけ酒煽りかねないよ。それに、緒方さんだって、闇夜を歩けないよ』
 随分と阿呆な理由だが、間違ってない所が悲しい。緒方とヒカルが結婚してるなどと知れば、若手の碁が荒れるのは必然だ。だいたい、アキラもヒカルと恋人と思われる記事を書かれた後、しばらく騒音に悩まされた。(ヒカルはこの時から、緒方の部屋に入り浸りなのだ)
「でもね、花嫁衣装もいいものよ。ね、ヒカルちゃん」
 おっとりと言う明子の言葉に、緒方があっと声をあげる。
「何?緒方先生」
「写真、写真撮りに行こう。な、ヒカル。ドレスの写真」
「あら、そうね。私、知ってる場所があるから、教えるわ。ね、ヒカルちゃん、ドレス写真撮りましょうね」
 明子の言葉に、緒方の心のガッツポーズが決まる。
「・・・緒方先生が喜ぶならいいけど・・・」
「喜ぶぞ!喜ぶ!行こう」


 二人が帰った後だ。
「緒方君と進藤君は似合いだな。私もようやく彼が結婚出来る人が出来て、嬉しいよ」
 夫の切実な呟きに、明子夫人が答える。
「本当にねえ。ヒカルちゃんも物好きなのねえ。とてももてるのに」
 確かに、進藤は物好きです。
 児童法違反は黙っていようと思うアキラだった。
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