ヒカルの碁 段ボールの階段18
段ボールの階段18

 九月二十日は・・・

「おめでとう。進藤」「よ、おめでとう」
「ありがとう〜。みんな!!」

 九月二十日は・・・

 緒方 精次 結婚記念日一周年である。


「ああ、退屈だ。ヒカルはいないし、仕事はないし・・・?!」
 俺、オフだったんだ。
 はっと、時計を見る。
「三時すぎ・・・」
 がばりと鍵を掴むと、愛車のスカイラインに飛び乗る。

「待っててくれ〜 マイ ハニ〜」

 ヒカルが聞いていたら、耳を塞いだ台詞だった。


 本日の仕事もつつがなくすぎ、進藤 ヒカルは、夕食の席で祝杯を貰っていた。
 今日はヒカルのファンの人も来ていて、色々とプレゼントなども貰っている。
 黄色のテディや花籠に盛られたお菓子、秋色のカーディガンなど。
「ありがとうございます」
 にこりと笑いながら、丁寧に礼を返す。

「おお、凄い量だね。持って帰る時は手伝うよ」
 アキラは、手伝いをしながら、微笑む。
 彼は最近、上機嫌だ。(段ボールの階段16参照)
「ありがとう、アキラ。あ、そうだ、これ一つ、明子さんにどうぞ」
「え?良いの?」
「うん、明子さんに、この前、誕生日のお祝い貰ったんだ。沢山、あるし」
 そして、こっそり。
「緒方先生、甘い物嫌いだし・・・」
「ああ、でも、残念だね。仕事で」
 それにヒカルは首を振る。
「仕事の方が良いの。何か又、ろくでもない事考えてるかもしれないもん」
 去年を振り返って、その前を振り返って、ヒカルはしみじみ思う。
 アニバーサリーに燃える男は、世間では喜ばれるが・・・何事も過ぎたるは及ばざるがごとしだ。
 アキラが1ホールで注文してくれたケーキをみんなで突きながら、ヒカルはご機嫌だった。
 だだし、三口目までだが。

 アキラの携帯が鳴っている。
「あ、ごめん。誰だろ?」
 表示画面を見て、ぎょっとする。
 慌てて、物陰に寄ると、通話を押す。
『アキラ君、ヒカルを呼んでくれないか?』
「はあ、良いですけど。何で、僕の携帯なんです?」
『実は、今、ホテルの前にいるんだ』
「何ですと?」
『だから、ホテルの前』
 アキラはため息をつくと、ヒカルを手招きした。
「へ?俺?」
「進藤、僕の携帯だ。壊すなよ」
 ?何言ってるんだ?
「もしもし〜」
『ヒカル!!』
「げげ・・・。先生・・・」
『今、ホテル前にいる。来てくれ』
 ぶち。                                              
「壊す前に返す」
 ヒカルがアキラに携帯を差し出した。
「行くの?」
 ヒカルは黙って頷いた。

「俺、トイレ行ってくるよ」

「おう、食い過ぎか?」
「和谷のあほ!!」「和谷君、セクハラだ!」「やあねえ、和谷ったら」


「ヒカル!」
 緒方は姿を見つけるなり、慌てて駆け寄る。
「何してるんだか・・・」
 ヒカルは苦笑しながら、緒方に手を伸ばす。
「今日は、結婚記念日だろ?二人でいたかったんだ」
「しょうがない人だなあ。泊まるの?」
「抜かりないぞ」
 緒方はホテルの鍵をかざし、番号を見せる。
「緒方先生、ラッキーだね。俺、一人部屋だ」
 もう、しょうがないな。この人は。
「じゃあ、ケーキ食べに戻るよ。緒方先生も一緒。あ、そうだ、今日ね、桑原の爺ちゃんに琥珀のネックレス貰ったんだ」
 ヒカルは自分の胸元を指さす。
 ドロップ型の中に水泡が入っている琥珀だ。微妙な割れが綺麗な模様を作っている。

「ヒカル、爺は何処だ?」
「あ、もう、別の所行っちゃった。朝、ちょっと寄ってくれたんだ」
「逃げやがった・・・」
「ストーカーが来るからじゃないの?」
 ね、緒方先生。
 ヒカルは腕を緒方に絡めると、すり寄った。
「ありがとう。緒方先生」
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