ヒカルの碁 段ボールの階段17
段ボールの階段17

 進藤 ヒカルもとい、緒方 ヒカルの誕生日は九月二十日だ。
 賢明なるこのサイトの読者はご存じだろうが、九月二十日は・・・

 緒方 精次の結婚記念日でもある。

 例えそれが無断入籍の上の事であってもだ。
 あれから、一年・・・秘密の夫婦は今だ、秘密のままだ。


「結婚記念日だな」
 カレンダーを見ながら、緒方は呟く。
 結婚・・・記念日なんだ・・・。
 緒方はカレンダーに手を這わせると、20日の文字の上を愛しそうに撫でる。
 去年は確か・・・。
 そう、血相を変えたヒカルが乗り込んできた。
 運転免許証を抱えて。

 一昨年は・・・。
 海の見えるホテルで、ディナーをしたな。
 誕生日プレゼントは、薔薇の花束だった。

 その前は・・・。


「え〜。緒方先生が俺の誕生日をお祝い?まじ?本当?」
 嬉しそうに笑うヒカルをホテルのディナーに誘った。
「何で、ホテル取るの?」
 う、鋭い質問だ。
「俺は酒を飲むからな、車は出せない」
「なるほど・・・」
 帰りはタクシーになるかな?と、ヒカルは首を傾げる。
 いや、タクシーはいらないんだと、俺は思わずの言葉を胸の内にだけ溜めた。

 フロントで、
「可愛い方ですね。奥さまですか?」
 の言葉に、思わず、
「そうです」
 と、返事をしてしまった。いや、本当に好きなんだが。
 しかし、ヒカルはそれを大して気に留めてなかったらしい。
 ホテルの吹き抜けのロビーを
「へえ」「ほお」と、嬉しそうに見回していた。
「奥さま?そう見えるのかな?」
 へえ、俺って大人っぽいんだ。
 それで納得出来るんだから、ヒカルは単純なのだろう。複雑な布石の組み立ては出来るのに、感は鈍いのか・・・それとも、

『やっぱ、俺の事、男と思ってないな』

 良いだろう。今日こそ、俺はお前の男になってやる!
(注意/これは犯罪です)


 ホテルのイタリア料理は、ヒカルの口に良く合ったらしい。
 誕生日だと言う事で、小さなバースデーケーキに蝋燭が三本立てて出されて来た。
「可愛いなあ」
 お前の方が可愛い。
 ホテルと言う事もあって、ヒカルは普段よりお洒落なかっこをしている。
 パンツスーツなのだが、淡い青色が事の他、似合っている。
「緒方先生、ありがとう」
「どういたしまして」

 食後、俺はヒカルを部屋に誘った。もちろん、帰さない為だが・・・。
「進藤、どうだ?俺の取った部屋、夜景が見えるんだ。綺麗だぞ。見ていかないか?」
 俺はヒカルに怪しまれないように、普通のツインを取っていた。だが、部屋の階だけは、かなり上の階を指定したのだ。
 夜景と聞いて、ヒカルの目が輝く。
「良いの?緒方先生。夜景かあ・・・」
 すっかり今日に満足のヒカルは、俺の言葉に簡単に乗ってくれた。


「うわあ、綺麗だねえ」
 窓から見える景色は、それは見事だ。
「進藤、軽い酒だが、飲まないか?」
 俺はさりげなく、ヒカルにグラスを勧めた。本当にごくごく軽い飲み物だ。
「え?良いの?いただきま〜す」
『・・・いただかせていただきます』
 そこからは話は早い。
 軽い酔いで、怠そうなヒカルを休憩しろと言って、ベッドに寝かせた後・・・。

 夜明けの珈琲と言うわけだ。

 あんなに旨い珈琲は今まで、なかった・・・。
 ヒカルの寝顔を横に、俺は幸せを噛みしめた。

「おはよう。進藤」
「・・・俺・・・緒方先生と・・・?」
 そりゃあ、夢には思えないだろう。違和感ありありの身体だろうから。
「俺は、責任を取る。安心してくれ」
「あ、安心って?何?」
「子供が出来たら、ちゃんと認知する」
 避妊しなかったからな。姑息だが、結婚には丁度良い言い訳だ。

「先生〜さいて〜」

 それ以来、ヒカルは避妊に五月蠅いと言うおまけが付いたが、俺との仲は順調だった。


「緒方先生、何をにやにやしてるの?」
 ヒカルが後から、声をかける。
「ああ、結婚記念日だなあと思ってな。今年はどうする?」
「あ、ごめん。俺、仕事だ。仕事先で、アキラや和谷が祝ってくれるって。出張なんだ」
「・・・変わってもらえ」
「駄目だよお。もう、決まってるんだから。俺はプロなんだよ。仕事はしないと」


「今日は結婚記念日なのになあ・・・」
 虚しい一周年を噛みしめる、現二冠。
 詰めの甘い男だ。


 その頃。
「あれ?桑原先生」
「おお、進藤。わしも旅行でな。ほら、誕生日だっただろ?プレゼントじゃ」
「ありがとう。うわあ、凄い綺麗なネックレスだね。琥珀?」
「そうじゃ、おお、良く似合うな」
「うれしい。ありがとう」
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