ヒカルの碁 段ボールの階段13
段ボールの階段13

「俺はヒカルの調教をするぞ〜!」
 緒方 精次の今月の目標であった。
 事の起こりは、最近のヒカルが暴力的な事にあった。言葉ではなくて、手足が飛び出すのだ。そんなに大した力ではないのだが、急所に決まるとかなり痛い。まあ、最高の急所は外してくれるのだが。


「え?ヒカル君の調教?」
「そう、どうしたらいいかな?最近、手足癖が悪くてなあ」
「それって、セックスの時ですか〜」
 芦原の頭に平手が落ちた。
「芦原〜デリカシーのない事を言うな。俺はいたってまともなセックスをしてるぞ」
 しかし、芦原の疑いの目は変わらない。絶対、ヒカルの方がそれに関しては騙されているはずだ。きっと聞いたら変態とか思う事もしてるはずだ。
 だが、直に言うのは芦原も命が惜しい。
「緒方さん、ヒカル君に妙な事ばかりしてるんでしょ?ヒカル君はそんなに手は早くないですよ」
「妙な事なんぞしてないぞ。この前、下着を捨ててたから俺にくれと言ったら、張り手が飛んで来た。何でだ?いらない物なのに?」
 芦原は重いため息をつく。何で、このエロ親父は・・・。
「十代の女性の下着をくれなんて、変態行為ですよ。貰うならこっそり貰わないと」
「・・・恥ずかしかったのか?」
「そうですねえ」違うと思うけど。一応は。
「まあ、そんな感じで痛いんだ。何か案はないか?」
「ないです」
 きっぱり言い切る芦原に、緒方がそっぽを向く。
「ここの払いはワリカンな」
 ちくしょう〜!親父〜。
「・・・あります。何事もヒカル君に黙って進めればいいだけです。緒方さん、正直過ぎますよ。ヒカル君は普段は何もしないんでしょ?」
「普段か。いやあ、普段は滅茶苦茶可愛いんだ。緒方先生、大好きとか言ってくれるし、ベッドでも色々してくれるしな。本当に色々」
 あれだろ。これだろ。これも。 
 緒方の惚気を唖然と聞く芦原だ。この親父、やっぱり別の意味で調教してるじゃないか!少々の痛い思いなんか、して当たり前だ。
「緒方さん、そんなにいい目を見てるんですから、たまに痛い思いをしてもいいじゃないですか。だって、ヒカル君はみんなのアイドルですよ?」
 まったく、みんなが聞いたら緒方は夜道を歩けないはずだ。
「みんなのアイドルだあ?!俺のヒカルだ。俺のもんだ」
「そりぁそうですよ。奥さんだもん。でもね、緒方さん。今時、離婚なんて当たり前なんですよ」
 どうします?と、芦原は上目使いだ。緒方の顔が一瞬にして、凍る。
「・・・そ、そんな事はないはず・・・だ。あいつは俺にべた惚れだ」
「本当に?最近、暴力的なんでしょ?」
 ざまあみろ。これくらいはしておかないと。
「いや、暴力的と言ってもそれほどでは・・・」
「調教したいんでしょ?痛いから」
「痛いと言うわけでは・・・ただ・・・」
 緒方の声がだんだん弱くなってくる。
『まったく、こんな親父とよく結婚してくれたよ。あ、事後承諾だったっけ』


「で、緒方さん、どうしたの?」
 アキラの問いに芦原は大笑いだ。
「そうそうに帰ったよ。ケーキ買って、花束買って」
「だよね。離婚されたら、大変だ。調教って、進藤がしなくっちゃね。緒方さん、外れてるから」
「良い奥さんだよね、ヒカル君は。それを調教なんて、とんでもないよ。これ以上、親父をのさばらせてはヒカル君が可哀想だよ。妙な事もしてるらしいし」
「妙な事?」
 芦原は一瞬考えこんだが、いいや、ちくってやろうとアキラに、聞いた事を洗いざらい吐いてしまった。

「・・・ヒカル、どうした?」
「しばらく・・・寝室別にしていい?」
「はあ?どうして?」
「家庭内別居だよ。離婚はしないから安心してよ。俺、しばらく一人がいい。塔矢にそうしろと言われた」
「はあ?」
「あまり変態に付き合う必要はないって」
 枕を抱えて去って行く奥さんに、緒方が燃え尽きている。
『殴られた方がまし・・・だった』
ヒカルの碁目次 1214