ヒカルの碁 段ボールの階段12
段ボールの階段12

 三月三日は桃の節句、お雛様を飾りましょ。


 進藤 ヒカルにとって、このお雛様は特別な意味がある。
『これ、佐為に似てる』
『そうですか?』
『絶対似てるよ。このお雛様の方』
『え〜?こっちは女人ですよ?』
『でも、似てるよ』


「・・・なんで、お雛様が二人並んでいるんだ?」
 緒方の質問に、ヒカルはご機嫌で答える。
「これ?綺麗でしょ?」
「まあな。で、お内裏様は何処だ?」
「いないよ。これは二つでセットなの。俺が小遣いで特別に作ってもらったんだ。ほら、青い服のお雛様と赤い服のお雛様」
 素敵でしょ?
 妻のよく解らない言動は、出会った頃からだが、結婚してさらに増えた。
「ま、お前が好きならいいがな」
 ヒカルはそれを大切そうに、飾るとうっとりと眺めた。
『佐為。俺、緒方先生と旨く暮らしてるよ。頑張ってるよ』


「と、言うわけなんだ」
「ああ、知ってますよ。進藤の宝物です。碁盤とあのお雛様は」
 緒方の言葉を聞いて、アキラが答える。
「でも、理由は知らないですよ。嘘じゃありません。僕も聞いた事はありませんから」
 親友のアキラにも話してないのなら、自分には話すのだろうか?
「聞いてみてもいいと思いますよ。緒方さんはヒカルの大切な人ですから」
 ね、ケーキでも買って優しく聞いてみればいいですよ。
 アキラのアドバイスで、雛祭り限定ケーキなる物を購入すると、緒方は部屋にと帰った。

 玄関を開けると、既にヒカルは帰って来ていた。部屋からぼそぼそと声が聞こえる。
『誰か来てる?』
 そっと緒方が覗くと、ヒカルはお雛様に向かって話しかけていた。
「お前がいなくなってから、もう随分たつよな。一年に一度しか会えないけど・・・俺は元気だから。緒方先生と去年、結婚したんだよ。碁も頑張ってるよ。タイトルリーグにも残ってるんだよ。凄いだろ?本因坊、リーグに残ってるんだ。お前のタイトルだよ・・・」
 ヒカルの背中が微かに振えているのを見て、緒方は声をかけてしまった。
「泣いてるのか?」
「うわ〜びっくりした。お帰り」
 振り返ったヒカルに涙は見えなかった。
「ケーキを買ってきたんだ」
「え?嬉しい。俺、お茶いれるよ」
「いや、俺がいれる」
 聞いてもいいのかもしれない。ヒカルが泣いてないのなら。

「ヒカル、あのお雛様は何なんだ?」
 緒方の質問に、ヒカルは考え込む。
「嫌ならいいんだ」
「嫌じゃないよ。でも、あまり旨く話せないよ。・・・あれは青い方は知り合いに似てるんだ。もう、いないけど俺の大切な人だ・・・」
「saiか?」
「うん、そうだよ。でも、佐為の事はまだ話せないよ。もっと過去になったら、俺がタイトル取れたら・・・俺がもっと大人になったら、何時か話すよ。緒方先生と塔矢には知って欲しい。佐為はすごい打ち手だったんだ」
 緒方はすっとケーキの皿を差し出した。
「ごめんね。緒方先生」
「はて?何かな?お前に謝られる憶えはないがな」
「うん。ありがとう」


「ヒカル、そろそろお雛様を仕舞わないのか?」
 緒方が部屋を覗くと、ヒカルはいなかった。
「買い物か?あれは・・・」
 緒方の視線の先にはお雛様がある。だが、数日前の物とは違う。お雛様は二人並んでいるのだが、お雛様の隣にちゃんとお内裏様がいるのだ。
「・・・ヒカル?あれは俺なのか?」
 今年はお雛様を、当面仕舞わないでおこうと思う緒方であった。
ヒカルの碁目次 1113