ヒカルの碁 段ボールの階段11
段ボールの階段11

 お正月もバレンタインもイベントと言うイベントは、全て仕事に費やした妻に、
 悲しみにくれる夫であった。
 緒方 精次二冠の心の嘆きである。

「春は遠いよな」
 一人自室で悲しげに呟く緒方に、ヒカルの妙に冷めた声が降ってくる。
「春はまだ遠いね。まだまだ、寒いよ」
「お前が言うか?!」
 少々の怒りを込めているのだが、ヒカルの無表情に当たって、口を噤む。
 何か、不味い事をしたかな。
 さっぱり心当りはないが、一応、聞いてみる。
「・・・機嫌、悪いのか?」
「悪い」
 一刀両断だ。
「理由はなんですか〜」
「・・・アキラと喧嘩した」
 何だ、俺が理由じゃないのか?
「緒方先生の事で」
 一瞬にして、血の気が引いた緒方であった。
「・・・伺いましょう」


「緒方先生、塔矢に妙な事したろ?塔矢は親切だって言ってるけど、俺はセクハラと思う」
 緒方にはさっぱり心当たりがない。
「俺には解らないんだがな」
「じゃあ、これ何だ?」
 ヒカルが取り出した物で、緒方はようやく納得する。
「ポルノビデオだが、何か?」
 不味いのだろうか?アキラ君も男だ。禁欲的に見えるが、その気になる事もあるだろう。
「緒方先生のは余計なお世話って言うんだよ」
「だが、ビデオ屋で借りるわけにもいかないだろう?俺だって、五日しないと欲求不満で死にそうなんだぜ。アキラ君は若いんだ」
 ヒカルは苦い顔で考えていたが、これ以上は諦めたようだ。
「ま、そう言う事にしておきましょう。でも、何で同性ビデオなの?」
「萌えるからだ。俺の趣味は巨乳と貧乳だ」
 緒方の鳩尾に鮮やかにケリが入った。
 盛大にうめく緒方に、ヒカルはまさに大魔神のような顔だ。
「緒方先生の趣味を塔矢に押しつけるのか?!」
 悶絶する緒方の為、暫しの休憩。


「で、アキラ君何か言ってたか?ビデオの感想」
「・・・胸の大きい方が俺に似てるって」
 ヒカルの言葉に緒方は満足そうに頷く。
「そうだろう?俺の秘蔵のビデオだからな。お前がいない日の必需品だ」
 ヒカルは緒方を睨むと、もう一度ケリを入れてやろうかと悩む。だが、一応は止めた。
「・・・胸のない方がアキラに似てるのは何でなんだ?」
「たまたまだ。でも、萌えるだろ?」
 ヒカルは緒方の親父加減に呆れていた。自分がいない間、こんな物を見て、抜いていたのかと思うと情けない。
「今後、一切、塔矢へのビデオの貸し出しは禁止」
「解りました。でも、俺はアキラ君が貸して欲しいって言えば、貸すぞ」
「それはいい。塔矢だって事情はあるだろう。でも、本当にあれは嫌がらせで貸したんじゃないよな?」


「お、アキラ君」
 緒方がアキラを見つけて近寄って行く。
「なあ、この間のあれ。何回抜けた?」
 はあ?と惚けるアキラに、
「ほら、例のビデオ」
「ああ、進藤似と僕似の例の物ですね」
 そう、と、緒方はにたにた顔だ。
「抜けるわけないですよ。進藤の怖い顔を思い出して、萎えました。緒方さん痛い目にあったんじゃないですか?」
 アキラの質問に、緒方の渋い顔が全てを物語っていた。
ヒカルの碁目次 1012