ヒカルの碁 段ボールの階段10
段ボールの階段10

 恋人達のイベントは年間沢山あるが、クリスマスは最大イベントだろう。
 でも、浮かない顔の人が一人。
 名前を緒方 精次。囲碁棋士で現在二冠の若手、出世頭。


「緒方さん、進藤にプロポーズしました?」
 昨日の事もあり、アキラはそれとなく聞いてみる。
「はあ?もちろんしたぞ?」
『これは進藤の勘違いか?』
 アキラは首を傾げる。
 アキラは、棋院で偶然あった緒方を強引に喫茶店へと誘い、この間のヒカルの答えを探った。
「そうですか。進藤がこの前、プロポーズされてないと言われたもので、驚いてたんですよ」
 ヒカルが言っただと?
 緒方の顔が難しくなる。
「で、何てプロポーズしたんです?」
 アキラは、これだけは聞いておこうと思った言葉なのだが、緒方の返事は妙だった。
「ホテルで奥さんですかって?聞かれたからな。ああ、そうだって答えたんだ」
「・・・それがプロポーズですか?」
「違うか?」
 心底不思議そうな顔の緒方に、アキラは片手で顔を隠す。
「それじゃあ、全然、なってませんよ」
「なんでだ?俺は奥さんだと言ったぞ。立派な、求婚じゃないか?」
 どうも緒方の感覚はずれているらしい。
 普通はプロポーズと言えば、結婚してくれだの君と歩みたいだの色々とあるはずだ。
 何で、他人に奥さんと紹介したからプロポーズなのか理解に苦しむ。
「あのですね。普通は結婚してくれとか、君といたいんだとか、そう言うのがプロポーズと思うんですけど。世間で言う所の」
 呆れたアキラの言葉だが、緒方は今一理解に苦しむようだ。これでは進藤が勘違いしたのも無理はない。そんな事がプロポーズとは誰も思わないだろう。
『これははっきり言った方がいいな』
 アキラは意を決して口を開いた。
「緒方さん、進藤はプロポーズがないと言ってました。だから、もう少し別の言い方で、求婚し直した方が良いのではないですか?」
「結婚してるんだから、プロポーズも何もないだろう?」
 緒方の言葉はアキラには予測済みだ。
「ええ、今更ですね。でも、もし、緒方さんに子供が出来て、その子がお父さんのプロポーズは何ですか?って聞かれたらどうします?まさか、ホテルの従業員に聞かれたからとは言えないでしょ?」
「・・・確かに。だが、今更何を言えば良いんだか」
 考え込む緒方に、アキラはストレートだ。
「結婚してくれてありがとうですよ。これで、いいはずです。進藤には」
 緒方は難しい顔で考え込んでしまったが、アキラは用は済んだと、出て行ってしまった。
 最後の言葉が、
「あ、支払いよろしく」
 で、あったのはささやかな嫌がらせだった。


 さて、そんな事があったとは、まったく知らない若奥さんは、部屋に帰るなり、
「結婚してくれてありがとう」
と、言われて目を白黒。
「・・・どうしたのかな?もしかして、具合悪い?!」
 などと、妙な心配をされる始末だ。
「でも、嬉しい」と、言われ、ようやくほっとする旦那様だが、
『俺も生活態度を改めた方がいいな』
と、(ちょっぴり)反省するのだった。
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