幻想水滸伝 太陽の国から
 ベルナデットは誰かに呼ばれた?と、当たりを見渡す。
 目の前には甘い菓子が置いてある。
「やあ、ベル。おいしそうだね」
「キリル殿」
 キリルの手にもお菓子と茶の乗ったお盆がある。
「座っても良いかな?」
「あ、はい」
「ごめんね。居候で。でも、まあ、僕に出来そうな事なら何でもするよ」
 とんでもないとベルは首を振る。
「キリル殿に頼み事なんて、提督に叱られます」
「はは、そうでもないよ。それに僕はオベルの王族なんて立場じゃないからね。気楽に使ってもらってかまわないよ。軍師殿にもそう言ったしね」
 え??と、ベルは手に持っていたお菓子をぼとりとテーブルに落とす。
「って、何を考えてるんですかあ?!」
「何かおかしい?僕は元々一人で諜報活動してたしお得だからね」
 軍師殿にアピールしてみたんだ。
 にこりとした笑顔に、ベルは何も言う事が出来ない。
「何かはぐらかされた気がするんですけど?」
「気のせいだよ。それより、僕のこれ食べない?おいしいんだって。だからそれを頂戴」
 キリルは机に落ちたお菓子をささっと口に放り込む。
「わわ。ちょ、それはあ・・・」
「おいしいねえ」
「は、はあ」


 キリルは石版の前にいる。
 隣にはゼラセがキリルを見つめるように立っている。
「これが星を刻む石版か」
「・・・」
 レックナートと名乗る不思議な女性が現れたと聞いたキリルは、折りを見て封印の間に足を向けた。
「星の巡りと真の紋章か」
「・・・」
「ねえ、そこの天間星さん。貴方はどう思う?星は集まりそう?」
「貴方に答える義理はありません」
 そりゃあ、そうだよね。
「ここで何をしているのです」
「そりゃあ、王子さまのお手伝いだよ」
 ゼラセの秀麗な眉が上がる。
「良いじゃない。僕は星じゃないし人外だし。お手伝いと言っても微々たるものだよ。星に干渉する程でも無い」
「確かにそうですが」
「僕だって恩を返したいと思うんだよ。駄目かな?」
 ゼラセはため息を吐く。
「この時、ここにいる事が全てを物語っています」
 キリルは微笑む。
「だよね。まあ、僕も過剰な干渉は止めるから。ただ、僕の他の仕事がここには多そうだと思うんだけど」
 そう聞いて、ゼラセは柔らかく微笑みを漏らした。
「貴方が良ければ」
「許しは出来ないからせめて声だけでもね」
 届かない声を拾うよ。
「死者が安らかに眠れるようにね」
 じゃあね。天間星さん。
「ゼラセです」
「じゃあ、ゼラセさん。僕も石版の守り手になるよ」
 その洒落にゼラセも頷く。
「石版守が二人ですか」と。
「戦場はあまり好きじゃないんだけど。永年の借りを少しでも返したいんだ」
 ただ、それだけの我が儘だよ。


 セラス湖に城からの灯りがキラキラと反射して輝いている。
 キリルは屋上の上からそれを眺めていた。
「良い夜ですね。王子」
 キリルが振り返ると王子が立っている。
「僕に用?」
 おいでおいでとキリルが手招きすると王子はキリルに足を勧める。
「・・・あっちがソルファレナの方角」
 ファルーシュはすっと指を上げる。
「そう。あの方向が」
「・・・キリルさん・・・」
 キリルで良いよ。
「じゃあ、キリル。お願いがあるんです」
「僕に出来る事なら何でも」
 キリルは遺跡の縁に座ると、ファルーシュの顔を見上げた。
 ファルーシュは何か言いたそうだが、言いかけては直ぐに口を噤む。
「言えない?」
 お父さんとお母さんの声を聞きたいなんて?
「!!」
 さっと引いたファルーシュにキリルは頷く。
「ごめんね。彼らの声を聞く事は出来ないんだよ」
 紋章が邪魔してね。
「?それは?」
「彼らの魂は紋章の中にあるみたいだ。太陽の紋章の中にね。そんな状態では僕は声を聞く事が出来ない」
 声を聞けるのは・・・選ばれた人だけだ。
「選ばれた人?」
「紋章に近しい人。天魁星」
「ええと、私ですか?」
 そうだよ。
「そんな事無いです。私は母の声も父の声も聞こえない。この黎明の紋章も何も教えてくれないし」
 ふむと、キリルは頷くとファルーシュの頭に手を置く。
 そのままに撫でる。
「友人が言うんだけど、天魁星はその命(めい)の終わりに奇跡を見るそうだよ。それがどんな奇跡なのかは誰にも解らないけどね」
 君はどんな奇跡を望む?
「私がですか?」
「そう、君は?」
「・・・みんなが・・・笑ってる姿がみたいです。誰も苦痛も哀しみも何もない。誰もが心底笑っている姿がみたいです」
 うん。
「適うよ。僕もちょっとお手伝いするよ。大した事は出来ないけどね」
 僕は許しを司る人じゃないけど、
「友人の代理として、君の全てを許すよ。君は君の望む奇跡の為に進めば良い」
「貴方は誰なんです?」
「さあ、僕にも解らないんだ。敢えて言うなら柱かな?この世界とあちらの世界を繋ぐ」
 それは僕だけでは無いみたいだけど。
「さあ、君の護衛の人が心配してるよ。行ってあげなさい」
 ファルーシュはキリルに頭を下げるときびすを返す。

「貴方は行かないの?護衛さん」
「はあ、ばれてるとは思ってましたけど」
 遺跡の影から顔を出したのはカイルだ。
「王子の望み、適うと良いね」
「はあ、そうだったら良いんですけどね。キリル殿でしたよね?」
「何?」
「奇跡って本当に起こるんですか?」
 キリルはふわりと微笑む。
「奇跡はね、ファルーシュが起こすのではなくて、彼の周りの星が起こすんだよ。天魁の星の周りで奇跡の糸を織るのは、星々の役目だ。だから・・・」
「だから?」
「・・・うん、これは言えないなあ。ゼラセに怒られそうだし。僕は星では無いからあまりうかつな事を言えないんだ。期待されても何も動かす事は出来ないし」
「貴方も秘密主義ですかあ」
 幾分拗ねたような声だ。
「まあねえ。あのね、星が読める人でも未来までは解らないんだよ。僕は星も読めないしね。出来るのは死者の声を聞けるだけ。ただ、それだけなんだ」
 本当に役には立たないんだよ。
幻水目次へ