幻想水滸伝 空の羽根〜8
 ラズロの日常は忙しい。
 朝は押しかけ同居人のフィルの食事を用意したり、子どもに配るご褒美の菓子を用意したりと。
 で、現在、ラズロには同居人が又一人増えている。
 名前をキリルと言う。年は150歳オーバー。ラズロより1ヶ月ほど年上らしい。
 群島無人島までのんびり旅行だと思っていたフィルだが、強行で船を乗り継いだり、着いた早々、巨大かにを退治してカニ鍋を作ったり、温泉に入った翌日にはもう出発したりと、何だか早回し・・・スタンリオンがパーティにいるような気分に陥る。
 で、気がつくとグレッグミンスター。
 新しい同居人と一緒。
「おはよう。フィル」
 にこやかに笑うキリルに、フィルは一応は丁寧だ。
「戦後にグレッグミンスターに来たのは初めてだよ。賑やかだね」
 紋章砲を追って飛び回っているキリルを誘ったのはもちろんラズロだ。
「今、グレッグミンスターにいるんだけど、ちょっと骨休めしない?」と。
 それに素直に頷くキリル。
「あれ、素直なんだねえ。渋るかと思ったんだけど?」
 意外だと言うラズロだ。
「ラズロが何だか楽しそうに見える。この前会った時は随分と影が薄かったのに」
 たははと苦笑いだ。
「うん、まあねえ。流石に堪えたんだ・・・テッドの事」
 でも、今は楽しいよ。
「新しい恋人候補がいるしね」
「誰?もしかして、フィル?」
「・・・さあね」
 この会話はこっそりと交わされた会話で、フィルの耳には入っていない。
 キリルは好奇心でグレッグミンスターまでやって来たのだ。

「おはようございます。キリル。そうですね、流石にまだ全盛時代では無いですけど。結構、何でも揃いますよ」
「案内してくれる?」
 ふと、ラズロを見ると、ひらひらと手を振っている。
 宜しくと言う相図らしい。
「俺でよければ」
「うん、ありがとう」
 そんなわけでフィルとキリルは二人で観光なぞをしている。
 城の中の英雄の間は、本日はしまっていたが、無理矢理開けさせた。
 本人が案内するのに、開館の日なぞには来れない。恥ずかしさで逃げ出しただろう。
「へえ、良く出来てるよねえ」
 キリルがしきりに感心している。
「あ。そう言えば、ラズロの部屋って無いの?オベルには?ラズロを讃える部屋は?」
 そうだ。ラズロも英雄だったんだ。
 しかし、キリルの返事はあっさりとしたものだった。
「無いよ。いや正確にはあるんだけど、一般の人が入れる場所じゃないから」
「え?何処に?」
「オベル王宮の王の部屋。歴代の王の肖像画がある。ここにラズロの肖像画もあるよ」
 勿論、没年は記されていないよ。で、何故か僕の肖像画もある。
「・・・へえ・・・」
「じゃあ、ラズロはオベルの王には顔を知られてるんだ」
「ああ、そうだよ。ラズロはオベル王が戴冠する時は必ず会いに行くから。まあ、戴冠式に行くわけじゃないんだけどね」
 あの子も飛び回ってるから。
「本当に忙しい人ですよね」
「まあ、小間使いだったからね。三つ子の魂だよ。でも、意外だったよ」
 ?と、フィルは首を傾げる。
「ラズロがここに来た事がね。かなり腰をすえるみたいだから。家まで借りて」
 愛されてるね。
「それ、俺の事ですか?」
「他に誰がいると言うの?」
「・・・テッドとか・・・」
 悔しいけど、テッドには勝てない。
「成る程、でも君はテッドを超えるつもりだろ?で、なきゃあ、ラズロに恋人になりたい宣言なんてしないだろうし」
 はああああ?
「そ、それ誰から聞いたんです?グレミオ?」
「さあ、誰からだったかなあ?」
 キリルはさらりと笑いでかわしてしまう。
「そう言えば、キリルは群島戦争には?」
「僕は参加してないよ。僕はここ、赤月の産まれだからね。紋章砲を追って父と旅をしてた。その先でラズロに会った。でも、僕は父を亡くした時に大怪我をしてね、暫く伏せっていたんだ。で、その間に群島戦争は終わっていたと言うわけ。だから、テッドも戦争後の彼しか知らないんだ。それも僕が赤月を出て放浪を始めてからだから、かなりたってからだよ」
「そうなんだ」
「ラズロはとても強く潔い人だったと、彼の友人達は言ってた。で、同時にとても悲しい人だとも。罰は許しを司る。彼は慈愛の人だ。・・・君もだろ?」
「さあ、俺は奪うだけの紋章と同じですよ」
 罰と許し。生と死。罰はその身を差しだし、許しの糧とした。ソウルイーターは宿主を生かす為に命を喰らう。
 似て非なる者だ。
「そうかな?僕も紋章砲を追う為に色んな資料を集めた。そも空と海は対で、剣と盾も対。27の紋章は闇と光。全て対になるものだ。そして・・・宿星も同じ」
 この世は対極で成り立っているんだよ。
「破壊と浄化。滅亡と再生。全ての紋章は陰と陽の関係だ。だからこそ、世界を支える柱なんだろうね」
「紋章は27ですよ」
 フィルの言葉にキリルが頷いた。
「そうだね。13×2=26だ。対にはならない。後の一つは・・・。ただ、真の紋章に二面性があるように、その役はどの紋章でも良いはずだと僕は思う」
 にいっとキリルは笑う。
「ぶっちゃけ、僕には真の紋章なんか無いから、どうでも良い事だよ。それを考えるのはラズロの仕事だから」
 例え僕が異世界とここを繋ぐ柱の一つとしてもね。
「え?」
 フィルは呟かれた言葉を聞き逃してしまった。もう一度聞きたいと思っても、キリルは既に背を向けてすたすたと歩いている。
「今、何を?」
「え?僕、何か言ったかな?それより、お腹すいたから何処かで何か食べたいんだけど?ラズロには昼食は勝手に食べて来るって言っちゃってるし」
「はあ、じゃあ、こっちの店にでも」
 はぐらかされた気分だが、考えるにラズロだって、真の紋章の謎の解明なんか殆ど出来てないと言っている。
 聞いても曖昧な答えしか無いのだろう。
 自分だってこうやって真の紋章を持っているが、この紋章の何を知っていると言うのだろう?
『シエラなら何か知ってるんだろうか?まあ、知ってた所で何も教えてくれるわけは無いけど』
 見た目は可憐な少女のくせに、ただでは何もしないし、人は顎で使う者と言う商魂たくましい吸血鬼を思い出して、関わるまいと心に誓うフィルだ。

 その夜、フィルは実家に帰った。
「あれ?坊ちゃん、お帰りなさい。お食事は?」
 済んだと言えば、
「じゃあ、お茶とお菓子でも用意しましょうね」
と、如才無いグレミオだ。
 お茶とお菓子を目の前にして、フィルはため息を吐く。
「どうしたんです?ラズロさんと上手く行って無いんですか?」
 彼がため息を吐くならそれしかあるまいと言うグレミオだ。
「お前、僕が万年発情期みたいに思ってないか?」
「お若いんですから、万年発情期でも良いとグレミオは思いますけどね」
 いや・・・そう言われて頷けるわけ無いだろ。
「残念ながら違う。ラズロとは進展無いけど。小姑もいるし」
 でも、それで落ち込んでると言うわけじゃないぞ。
「お前、僕が・・・レパントの後を継ぐと言ったら賛成するか?」
 グレミオがぱちくりと目を見張った後に、ぶぶっと吹いた。
「そんなわけないでしょ?坊ちゃんが、施政を司るなんて」
 誰かに聞かれたらみんな本気になりますよ。
「そっか、グレミオはそう思うわけだ」
「どうしたんですか?突然」
「ん、大した事じゃない。今日、小姑と紋章の話をしてて・・・千年王国の主と言うのはどんなものかと思っただけだよ」
 僕には千年も王国の維持など出来ないよ。
「・・・ハルモニアですか?」
「まあね。小姑の言い方だと、紋章は一つ余るわけだ」
 対にはならない。
「と、言う事はどちらにも属さないと同時にどちらにも属す紋章があるわけだよ」
 千年王国の主はそれが自分だと思っているんじゃないか?と、言う事だよ。
「はあ、そう言えば半端な数字ですね。27と言うのは」
「小姑はね、その紋章は千年王国の主では無く、誰でも良いんじゃないかと言うんだ。紋章には二面性があるからと。まあ、ソウルイーターは明らかに闇に偏っていると思うんだけど・・・二面性は置いておいても」
 ちらりとフィルはグレミオを見る。
「・・・ラズロさんですか?」
「うん、どうだろうね。罰と許しを司る。あの人は・・・何となく・・・中立って感じがする・・・紋章だ」
 円の紋章より、天秤と言う感じがしないか?
「ただの憶測だけど」
「それで今夜はこちらに?」
「うん、ちょっと会わせる顔がなかったから。不景気な顔してたら、たちまち見抜かれちゃうからね」
 あの人、鋭いから。
「そうですね。しかし、困ったですね。坊ちゃん」
 ん?
「これじゃあ、ラズロさんを口説く事が出来ないですね」
「んん・・・んん・・・まあ、本当に小姑なんだよね。兄弟感覚らしいから」
「それは益々・・・難しいですね」
 折角の家出がぱーになりましたね。と、顔にはでかでかと書いてある。
「グレミオ、僕を誰だと?トランの英雄だよ。ふふ、逆境には強い男だ」
 向こうも群島の英雄ですけどね。と、言う言葉をグレミオは言わなかった。
『その内、報われるとは思うんですけどね。ま、そんな慰めは言わないでおきましょう』
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