幻想水滸伝 空の羽根〜6
「薔薇の騎士」と、言う本はとても分厚い。
 群島の戦争をあつかった冒険活劇だが、何故か200章まであるのだ。
「ねえ、これって本当にあった事なの?」
 自分をぶっ叩いた分厚い本だ。
「え?それ、うん。殆ど実話」
 朝食を食べながらラズロは、フィルが持ち上げている本を
伺う。
「薔薇の騎士はほぼ実話」
 ただ、ラインバッハは船酔い体質だったから、船の中では役に立たなかったけどね。
「フィルにだけ教えてあげるね」
 この200章まである無駄に長い娯楽小説は、実は監修は僕なんだ。
 はあ?フィルは首を傾げる。
「いや、本当。当時、船の中の壁新聞にこの薔薇の騎士を掲載してたんだよね。書いてたのはミッキーって言うラインバッハの従者。ちょっと意地悪な言い方をすると、ミッキーは僕のせいで職を失ったから、僕に対する嫌がらせだったのかもね」
 何で首になったんだ?
「ミドルポートの領主のペット、デイジーちゃんを僕が殺したから」
 成り行きだけどね。 
「何のペット?」
「大陸貝って言うらしいんだけど、大きさは中型の船と同じくらいあるモンスターだよ。襲われたんで殺しちゃったんだ」
 餌で死にたくないからね。
 フィルはそんなものをペットだと言う領主に呆れてしまう。
「うん、でも、最初はそんなに大きくなかったらしいよ。あれは紋章砲の影響なんだ。ミドルポートの特産物は紋章砲だった。紋章砲は、ある日突然降って湧いた交易品なんだ。一人の魔法使いによってね」
 だから、ミドルポートの自治は優遇されてた。
 紋章砲と交換と言うわけだね。
「で、このお話なんだけど、戦後にちょっとした冒険小説で売り出されてね。その頃は本当に薄い本だったんだけど・・・」
 僕らがそれに加筆して悪戯したんだ。
「で、どんどんツッコミを入れて行ってね、遊んでたんでどんどん増えちゃったんだ。最後の方は僕とテッドで加筆してね、オベルの書庫から出てきたって触れ込みで出版したんだよね」
 完全版だって言って。
 フィルは心の中でツッコミを入れる。
 あの分厚い本はお前のせいなのか?!あの痛さはお前のせいなのか!と。
 痛いのはテッドのせいでは無いのだが。
「で、まあ、評判が良かったんで増版してみたり・・・」
 ま、僕とみんなの戦争記録と言う感じ?
 あっけらかんと言うラズロに、フィルは返事が出来ない。
 ああ、『テッドとラズロなんだなあ』と思うしかない。

「薔薇の騎士は一応、ラインバッハの話なんだけど、みんなの話でもあるんだよ。このお話は僕らが大型船で船出した時から始まっているだろ?で、間に僕の過去の話が入る。この頃はラインバッハは仲間じゃなかった。だから、ラインバッハが誰かから聞いた形にして加筆したんだ」
 ええと、ほら、この辺りまでは、ミッキーの話の中には無かったんだ。
 ラズロが指したページには第153章と書かれている。
「・・・そんなに加筆したの?」
「う〜ん、書いてたらそうなったの。だって、最初の頃、僕が流刑になった間の話はケネスとポーラとチープーしか知らないから。それから、オベル王国に拾われてどんどん仲間が増えて、船出して・・・と、言うか追い出されて」
 ラズロが懐かしそうに言葉を繋ぐ。
「うん、生きて残れるなんて考えてなかったからね。僕は走るだけだった。思えば、短い命だって思ってたから踏ん切りが良かったんだと思う。テッドと恋人になってから、ちょっと迷うようになったかな。生きていたいなって」
 うん、生きてるんだけどね。まだ、先の事はどうなるか解らなかったから・・・。
「俺は自分が死ぬとは思わなかったよ。と、言うより俺が死んだら戦争は負けだったからね」
 それにソウルイーターが許してくれないし。
「そうだね。ソウルイーターは君が死ぬ事を許しはしない。ソウルイーターの主は君だから」
 そして罰は僕を選んだ。
 フィルはそっとラズロの手を握る。
「この手は許しを司る手。俺に許しを・・・」
「うん」
 するっと外した手でラズロはフィルの頭を撫でる。
 なでなでなで・・・。
「・・・」
 ムードに流されない人だよな・・・。年の功か。
 こう、もうちょっと色気・・・欲しいよ・・・。
 俺のやり方が悪いのか?それとも、年なのか?
 テッドみたいな年上が好みなのか?若輩は嫌なのか?
 いや、それ違うから・・・年上って、140歳年上ってどんなだよ。
 ありがたい事にツッコミは誰からも入らない。

「テッドのプロポーズは何だったの?」
「いきなり直球だよね」
 にこりとラズロは、見透かすようにフィルを眺める。
「そうだねえ、今になるとどれがプロポーズだったのか・・・解らないよ。ただ、プロポーズしたのは僕の方が先だったかな?」
 えええ?ラズロがあ?
「嘘でしょ?ぜ〜たいテッドの方が先に惚れたはず。だって、テッドって面食いだし」
「本当だよ。ええと、友達にならない?って言ったんだ」
 まずお友達から始めましょうだよ。
 ラズロのくすくす笑いに嵌められた事を知る。
「それって、プロポーズじゃ無いじゃない」
「どうして?僕が仲間じゃなくて友達にって言ったのは、テッドだけなんだ」
 じゃあ、テッドはその時なんて?
「俺にかまうなって。でも、かまうなって言われたらかまいたくなるでしょ?アルドはそうだったし、フレデリカもそうだったよ。まあ、フレデリカは心に傷のある人だったから、アルドよりは距離を置いていたけど」
 過去で自分の村が赤月の貴族達に焼かれてしまったからね。
「ああ、赤月の人狩りの話だね。フレデリカって言うのは、この事件を纏めた人だったね」
「そう、罰の紋章を廻る争いはここから始まるんだ。一人の軍師の悲劇からね」
「グレアム=クレイの事?」
「そう。復讐の為に罰を欲したのはグレアム=クレイも同じだよ。ただ・・・彼は軍師だったから、紋章や魔力に頼らなくても人を転がす事が出来たよ」
 彼の息子は紋章の中に閉じこめられていた。僕が解放したけど。
「ああ、話がずれたね。テッドのプロポーズの話だったよね。そうだねえ、すごく嬉しかったのは、やっぱりあの時だったかな?」
 フィルはごくりと喉を鳴らす。今度こそ聞けそうだと。
「あのね・・・一生のお願いって言われた時」
 ・・・ずるりと転けそうになった。
「そんな事、人に言われたのは始めてだったから、凄く嬉しかった。それに何となく僕の死期も解ってたし。あれは決戦前夜の事だったよ。それ以前も恋人ではあったんだけど、あんなに照れくさそうにしてる彼は初めてだったよ」
「って、俺には一生のお願い連発発射だったんだけど?」
 うん、一生のお願いだったからだよ。
「テッドには解ってたんだと思うから」
 ここが最後の地だって。
「さ、暗い話はこれくらいで。辛気くさいのはどうも趣味に合わないんでね。ところで質問なんだけど」
「何?」
「フィルって好きな子いないの?」
 たはあ、何聞いて来るんですかあ?俺、好き好きオーラ垂れ流してるのに。
「いません。まったく、これっぽっちも。俺はラズロ以外恋人にしたい人はいません」
 やった!言い切った。
 俺、褒めてやりたい。
「ふうん、そうなんだ。物好きだね」
 スルーですか?ラズロさまは。
「若いのに枯れてたら駄目だよ。青春を楽しまないと」
 って、俺は貴方と楽しみたいんですけど?
「ラズロ、はぐらかさないで」
「はぐらかしてないよ。僕は」
 君が好きと言うのは嬉しいけどね。何も僕に付き合って隠居生活する事も無いんだから。
「あ、食器は下げておいてね。洗うのは僕がするから」
 ラズロは自分の食器を下げる。
「・・・迷惑だった?」
 押しかけてきて。
「全然、でも・・・僕って面倒くさがりだから・・・て言うより俗物だから、まともな恋愛なんか出来ないよ」
「大丈夫。これでも天魅星だから、打たれ強いよ」
 胸張る言葉でも無いけど。災難に強いのは事実だ。
 そう言ってやったら、ラズロはとても綺麗に微笑んだ。


 グレミオ達が温泉慰安旅行?から帰って来たと聞いたフィルは久々に実家?に顔を出した。
「・・・ただ今、戻りました」
「お帰り〜パーンと楽しかった〜」
 グレミオはにこりと笑う。
「ええ、とっても。凄く楽しかったです」
 グレミオの瞳が妖しい。
「で、坊ちゃん。このグレミオを簀巻きにして馬車に放り込んだ実力行使のかいはあったんですか?」
 無いだろうと言うグレミオの読みだ。
 痛い所を直撃である。
「う、それは・・・」
 はああ。駄目ですねえ。
「良いですか?坊ちゃん。グレミオはあんな試練に耐えてまで坊ちゃんの恋路を開いたのに、トランの英雄ともあろうお方が、一歩進んで二歩下がるような有様では」
 ああ、嘆かわしい。
『開き直ったな。グレミオ』
「良いですか。今度グレミオにあんな事をするなら、押し倒して泣きで訴えかけるくらいの情熱で迫りなさい」
 って、押し倒してどうすると言うのだろう?
 さりげに強姦を勧める保護者ってどうよ?
「で、全然進歩無しなんですか?」
「・・・」
 ダッシュー!逃げるが勝ちだ。
「ふう、やっぱりねえ」
 フィルは逃げたので見なかったが、グレミオの薄ら笑いは強烈だったと後にパーンは語る。
「まだまだですね」
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