幻想水滸伝 空の羽根〜5
「ううむ、これは由々しき問題だ」
 フィルはテッドの肖像画に話かける。
「テッドもそう思わないか?」
 テッドが聞いたらげっそりと思っただろう話だ。お前は何時からそれ程性格が変わってしまったのか?と。
 だが、フィルは大真面目でテッドに嘆く。
「このままではライバルばかりが増えてしまう」
 やっぱり釘をさしておくか。

 レパントの昼食会以来、ラズロの顔は知れ渡ってしまった。
 グレンシールとの打ち合いに勝ったと言う事も。
「だから、嫌だったんだよ」
 そりゃあラズロはテッドの恋人だったから、何かあるわけないけど。
「・・・何だかなあ」
 俺の影薄くなって無い?ねえ。
 問いかける肖像画から声が返るわけは無い。
「ねえ。テッド!!」
 おおっとこちらだったと、フィルは紋章に話かける。
 迷惑な話だ。
「ううん・・・家出しようかな」
 うん、それが良いや。

「ねえ、それ何?」
 フィルは背中に風呂敷包みを抱えて、ラズロの元にやってきた。
「え?これ?」
 よいこらせと床にそれを置く。
「取り敢えずは身の回りの荷物を持ってきたんだ」
 はあ?
「俺もここに住む事にしたから」
「・・・冗談だよね」
「マジです」
 ラズロは首を傾げる。
「又、何で?そんな事考えたんだい?」
 君には立派な家があるだろ?
「でも、ラズロが住んでない」
 そりゃあそうだ。ここが僕の家だから。
「君が遊びに来るのは歓迎するけど、何でここに住むなんて考えたんだ?」
「いやあ、色々考えた末、ここにいたら、ラズロの身を守れると思って」
 へ?
「俺の身って・・・。別に今の俺は命を狙われているわけでは・・・」
 ひやりと思い、ラズロはフィルを見る。何かあったのかと。
「・・・あった」
「ハルモニアか?!」
 何か干渉があったのか!
 ラズロの背後から暗いオーラが立つ。決して屈しないと。
 だが、次の言葉でラズロは目眩を感じるしか無かった。
「いや、違うけど。全然」
「じゃあ何?」
 ええとお、ラズロ、怒らないって約束してくれたら、正直に答えるけど。
「・・・怒らない」
「ああ、良かった。この間、レパントの所に行っただろ?あれから、再三、ラズロに会いたいって言う奴らの催促が来てるんだ」
 流石にラズロも顔を顰めた。
 騒がしいのはラズロも好きで無い。
「だから誰か来たら 俺が追い返してやるから。安心しろ」
「それで、ここに来たの?」
 ラズロはため息をつく。
「その気持ちは嬉しいけど・・・何もわざわざ・・・ここに住まなくても」
「だって、ラズロに悪い虫がついたらどうするんだよ!」
 どす!
 フィルの頭にクリティカルに制裁が落ちた。ラズロが持っていた本で殴ったのだ。
 その本の名はあまりにも長いと言う冒険物語「薔薇の騎士」
「それが本音か〜!」
 がばりとめげずにフィルも立ち上がる。
「だって、俺、ラズロの事好きだから、すごく心配なんだよ」
 ラズロはもてるし。
 まったくもう。
 ラズロは自分でどついた頭の上に手を置くと痛みが和らぐようにと撫でる。
「そんな心配不要だよ」
「そりゃあ、ラズロはテッド以外の恋人なんて作らないと思うけど。・・・あ、やばい凹む」
 このまま床と友達で良いや。
「邪魔だからほら、立って立って」
 やだ。
「ふう・・・。解ったよ」
「え〜良いの?」
 でも、こき使うからね。覚悟しててよ。
「あ、ところでグレミオさんはどうしたの?」
 どうやって納得させたんだろう?
「あ、クレオが帰って来たから、温泉旅行に送り出したよ」
「よく承知したね。あの人が」
 自分だけ温泉旅行に行くなんて。
「うん、渋ったからぬすっと茶飲ませて、乗り合い馬車に放り込んで来たよ」
 あ、大丈夫だよ。パーンも一緒だから。
 今頃何処走ってるかなあ?あの馬車。
『グレミオさん、育て方間違えちゃったのかな?いや、子離れの為・・・にあえてフィルはこんな事してるんだろうか?』
 ラズロも人の事は言えない立場だ。
『色々間違えちゃった事多いし』
 ねえ、テッド。君の親友は何だか随分逞しくなって来たよ。
『ちょっと暴走気味だけど』

 その日のうちに道具屋を呼ぶと、フィルはラズロの寝室にもう一台ベッドを入れてしまった。
「かまわないんだけど、部屋が狭くなるよ?」
 たしかに狭い。ベッドとベッドの隙間が人が一人通れるだけしかないのだ。
「客間を使えば良いじゃない。ここにはお客さんなんか来ないし」
 ラズロの家は一階に厨房と教室と居間。二階に寝室と空き部屋が一つと言う構造の家だ。
 庭だけは広くて、天気が良い日は青空教室になっている。
「駄目なの?」
「フィルがしたいなら良いけど・・・」
「大丈夫、俺は紳士だから寝込みを襲うなんて真似はしないから」
「・・・そんな冗談、誰から仕入れたの?」
 え〜いやだなあ。
「本命に冗談なんか言わないよ」
 ふんふんと鼻歌交じりで寝室の掃除に勢を出すフィルだ。

「まだ、恐いのかな?ねえ、テッド」
 ラズロは胸元から出した首飾りに話かける。これはテッドがくれたものだ。
 華美で無い青い石のシンプルな飾り。
『お前に似合いそうだったから』と、砂金と交換で買ったものだ。
「僕はフィルを守るよ。だから、テッドもフィルを守ってね」
 星の巡りは・・・又、彼を傷つけるから。
 それまで暫しの休息を。


「えへへ、何だか楽しいね」
 にへらにへらとフィルはベッドの中で笑う。
「うん、何だか楽しいね。泊まってる時は別の部屋だったし。こう言うのも良いね」
 何か聞きたい事ある?
 ねえ、フィル。
 ラズロの言葉に、フィルは考えた後に口にする。
「ねえ、ラズロ・・・ラズロの本当の名前って何?」
「・・・そうだね。フィルには隠し事する必要ないから。ラズロって言うのはラズリルで拾われたからラズロだよ。僕の生い立ちは以前話した通りだ」
 僕はオベル王家に産まれたけど、母と一緒に海に出た時に海賊に襲われて、母は罰の紋章を使い、紋章の贄に。僕はラズリルで拾われた。で、孤児院にいたんだけど、フィンガーフート家にスノウの遊び相手に引き取られた。そこからは・・・騎士団に入って騎士になったり、巡り廻った罰の紋章を騎士団長から継続して、団長を殺したとか思われて流刑になったり・・・」
 この辺りは話したよね。
「うん、聞いたよ」
「スノウの事も聞きたい?」
「フィンガーフート伯の息子だよね」
 うん。そうだよ。でも、僕と彼はそれだけの関係じゃなかった。
「?」
「そうだね・・・。フィルには聞いて欲しいな。愉快な事じゃないと思うけど・・・。スノウと僕は愛人関係にあったんだよ。と言っても僕はそう言う意味でスノウを愛してはいなかったんだけどね。スノウはそのつもりだったみたいだけど」
 フィルははっと起き上がろうとして止めた。又、傷つけてしまうと。顔を横に向け、ラズロの顔を見る。
 優しい瞳だ。
「僕はスノウが好きだったよ。スノウが考えるようなものじゃなかったけど。・・・スノウは身体を重ねる事で恋人になったり愛を交わせると思っていたらしい。まあ、永らく一緒にいたから・・・勘違いしたんだと思うけど」
 色々あってスノウを仲間にした時、僕は自分の中に他者の存在がいる事に気がついた。
「それって?」
「うん、妊娠ってこういうものなのかもしれないね。僕は男なんで良く解らないけど。とにかく、身体も無いのに別の存在がいるんだよ。悩んでたらテッドが助けてくれた。僕を食い荒らし産まれてくる僕を引き受けてくれるって。それからだよ。僕とテッドが恋人になったのは」
 だから、半分はテッドの子どもじゃないかな?とか思うんだけど、どうだろうね。
 あ、でも、両方とも僕には違いないからあんまり考えちゃ駄目なんだけどね。こんがらがるから。
「まあ、テッドにもらった命と思う事にしてるんだ」
 こう言う話はこんな時でもなければ話せないよね。
「ああ、そうだ。僕の本当の名前だったね。ややこしいから、ラズロ=フレイル=エン=クルデスにしてるんだ。フレイルと言うのが僕の名前だよ」
 フレイル。
 フィルは口に出して繰り返す。
「まあ、僕は罰の紋章もあったから王族の名前を名乗る事はしなかったけどね。でも・・・祭典の時には王族の服・・・着たりもしたけど・・・」
 最後までお父さんとは呼べなかったな。
「どうして?」
「うん・・・僕は・・・家族に縁が無かったから・・・その・・・なんと言うか・・・家族としての枠に入ったら、きっと又、失ってしまいそうだったから」
 上手く言えないんだけど、恐かったんだよ。
「他人と考えた方が失わないとか思ったんだよね。テッドと同じで」
 そっかと、フィルは紋章の手を天井に伸ばす。
「あ、でも、僕は一人じゃ無かったから。テッドもキリル君もいたし」
「キリルって人は年を取らないの?真の紋章も持って無いのに?」
「彼には異界の血が混じっているから、時の流れが違うみたいだよ。この世界とはね。彼は・・・たった一人の種族なんだ」
 それが孤独なのか安らぎなのか、解らないけど。
「孤独だとは思う。でも、自由でもある」
 僕らはこの地上に縛られている存在だからね。
「紋章は僕らを離しはしないから」
 さあ、今日はもう寝ようよ。
「おやすみ、フィル」   

 その頃のグレミオ。
「ここは何処だ?」
 ぬすっと茶からようやく目が覚めたグレミオが辺りを見渡す。
「馬車の中?パーン何で私はここにいるんです?」
 パーンは迷う。自分が敬愛する息子のような人物に薬を盛られて馬車に放り込まれたとは・・・言えない。
「・・・温泉休暇をくれた・・・フィルさまが」
「温泉休暇?・・・そうか・・・」
 くそう不覚だ。
「パーン、私は歩いてでも帰る!馬車を止めてくれ」
 ああ、気の毒だなあと思いつつもパーンは「無理だ」と告げる。
「何故?私はパーンとのんびりと温泉に行くつもりはないんです」
「・・・フィルさまから・・・この乗り合い馬車の護衛を言いつかっている・・・」
「パーンだけで十分でしょ?それは」
 ああ、可哀想になあ。でも、しょうがないか。
 坊ちゃんだって、ラズロさんといたいんだし。
「あのな、グレミオ。そこの品の交易を頼まれてるんだ。フィルさまから。それはお前の仕事だろ?」
「・・・・・・」
 ああ、坊ちゃん・・・。
 グレミオの肩が震えてるので、まさか泣いているのか?と、パーンが顔を覗く。
「ふふふ・・・坊ちゃん・・・大人になったんですね・・・でも、このお礼はさせていただきますよ・・・」
 聞かなかった事にしたかった。
 この先、グレミオとの楽しい旅行は出来ないだろうとパーンは悟った。
「あ。あのな。グレミオ。折角二人だけなんだから・・・そのもうちょっと前向きに考えないか?」
「ええ、二人だけですね。そうですね。で、パーンはずっと起きてたんですね」
 お茶飲んで無いんですね。
「俺は護衛だから・・・」
「ええ、そうですね。護衛ですからね・・・」
 俺は何もしてないじゃないか?!
 フィルさま・・・恨みますよ。
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