幻想水滸伝 空の羽根〜4
「ここ、ラズロさんのお宅?」
 ひょいと顔を覗かせたのは、ひょろっと長い青年だ。
「どなたです?」
 ラズロは首を傾げると、その青年に応対する。
「あなたはラズロさんの恋人?ラズロさんはどちらに?」
 その頃のラズロはグレミオのように、髪を伸ばして後ろで括っていた。グレミオほど長くは無いのだが、トラン風の裾の長い衣装とあいまって性別が解りにくかった。(ようは何時までも女顔だと言う事だ)
「ラズロは僕ですが」
「・・・」
 マジですかあ?
 固まるシーナの後ろからフィルがばこんと頭をどつく。
「いてえじゃねえか。フィル」
「俺の思い人口説く体制に入ってるんじゃねえよ。あ、ラズロ、こんにちわ」
 はい、こんにちわ。
「立ち話も何だし、こちらにどうぞ」
 案内された部屋で、ひそひそとシーナとフィルはささやき会う。
「あんな美人だとは思わなかったなあ」
「口説くなよ。まあ、お前が口説いたとしてもラズロはお前なんか見向きもしないけどな」
 むかあ。
「大層な自身だな。フィル」
「まあな。あの人はテッドの恋人だった。だから、無理だよ」
 あ〜自分で言ってて凹むなあ。これ。
 フィルのため息にシーナは成る程と納得した。
 それは大したライバルだ。望みも薄いと言うものだ。
「お前も振られる寂しさを味わうが良い」
「け、残念でした。俺は脈が無いわけじゃないんだよ」
 ラズロは俺には何でもしてくれるって言ってくれたんだよ!
 ぎりぎりと額を付き合わせ噛みついてる二人に
「どうしたの?」
と、声がかかりようやく、ねこが戻る。
「お茶を持ってきたんだけど、喧嘩?」
「いいえ、何でもないですよお」
「ラズロ、こいつは手が早いから気を付けて」
 へえ、そうなの?
 思った通り、さらーと流すラズロだ。
「で、何か御用ですか?レパントの若様が」
 ばれてるとは思ってなかったシーナだ。
「何で俺の事知ってるんです?」
 何でと言われても・・・
「覗き見?」
 まあ、詳しくは聞かない方が良いよ。
 シーナはこれはジーンと同じ属性の人なのか?と、フィルに相図を送る。フィルはそっぽを向いたままだ。
 まあ、御用を先にどうぞと言われ、シーナはレパントが会いたいと言うむねを告げる。
「フィルに何度言っても会わせてくれないから、俺が直接行って来いって」
「・・・・・」
 まだ、フィルはそっぽを向いたままだ。微かに顔は引きつっているが。
「そうですか。何時なりと伺いますよ」
 お城の英雄の部屋も見てみたいですしね。
 がたんとフィルが立ち上がって、ばんと机に手を付く。
「何でラズロが知ってるの?!」
 あの悪趣味な部屋を!
「え?だって、子どもらが教えてくれるし。週に三度は一般公開の日があるし・・・僕は行った事なかったけど」
 実物が前にいるからね。
「フィル、お前の負けだな」
「お前の慰めはいらん!」
 わあんと男泣きで部屋を出てしまうフィルだ。
「行ってしまった・・・」
 気の毒にな。
「さて、五月蠅い子もいなくなった事ですし、どうぞ心おきなく」
 にこりと笑われ、シーナは思う。
『この人、母さんと一緒の属性だ』
 決して逆らうまいとシーナは心に誓った。


「シーナは帰った?」
 さんざん走り回ってさっぱりした顔で、フィルは帰って来た。運動不足だったからなあ〜と。
「帰ったよ。レモネードがあるから飲む?」
「飲む」
「レパント大総領が会いたいそうだよ。昼食にご招待してくれるって」
 もちろんフィルもね。
「メンドクサイなあ」
 いかにも感情のこもらない声で、フィルは頭を掻く。
「あのおっさん、二言目には俺に座を譲りたいって最後には切り出すんだよ。ラズロどう思う?」
「無駄」
 こちらも簡潔な返事だ。
「シーナ君くらいの方が施政には向いてるね」
「うん。俺もそう思う」
 子どもっぽい喧嘩をしているフィルを見て、ラズロは心が温かくなる。この子の元に集まった星から友人がうまれた事を。
「何時から会いたいって言われてたの?」
 責める言葉では無い。ただ聞いているだけだ。
 それをフィルも解っている。
「殆ど最初からだよ。俺がここに入り浸っている事なんてグレミオ達から筒抜けだから」
 でも、俺は毎日会うだけでも足りなかったから人に分ける気なんて無かったよ。
 ラズロがグレッグミンスターで暮らしだしたのは冬に入る直前だった。
 今は春だ。
 テッドを追って谷に向かった頃はまだ春も早かった。山脈の中では雪が積もって歩くのに苦労した程だ。
 そんな中でも歩けたのは、ラズロが「昔通った」と言う道のおかげだった。
 何故解るのか謎だが、ラズロは間違える事なく、その道をちゃんと案内してくれた。

「そう言えば、グレミオさん、寂しがってない?」
 フィルがここにきてばかりで。
「ん・・・まあ、良いの。パーンがいるから。僕らがいない時はつまらないからどっか行ってたんだけど、グレミオいるから居着いてるしね」
 クレオは友達と温泉に行っちゃって。
「ラズロが来てから何だか安心しちゃったみたい」
 だから、パーンとグレミオ二人だから気を利かせてあげるんだ。
「で、今晩の宿はここなの?」
「そうで〜す」
 何だか随分と砕けた姿を見せてくれるようになったなあと、ご満悦なラズロだ。
「都市同盟もハイランドの方も今は大した紛争も無いし、取り敢えずは骨休めしても良いと思わない?」
「俺は別に・・・」
「そう?この間、都市同盟まで行って直ぐに戻って来たんじゃなかった?」
 ばれてた?と、フィルは肩を竦める。
「竜を使わせてもらったからばれてないと思ってたんだけど?」
「紋章が教えてくれるからばれるよ」
 気配が遠くなったから直ぐに解る。
「・・・迷子にならなくて良いな」
 あ、でも、俺はラズロがいなくなっても解らないかもしれないじゃない?
 ずるいなあ。
「解るよ。ソウルイーターはフィルを主に認めてるからね」
「じゃあ、安心。ラズロがどっか行っても俺は絶対に付いていくからね」
 それこそハルモニアでも。

「貴方がラズロ殿ですか」
 ラズロは昼食と言う事で簡素な服でやって来た。フィルも同じだ。
 黒のローブだけを羽織ったラズロは、近づいてくる男に深々と頭を下げる。
「ラズロです。この度はお招きありがとうございます」
 そんなレパントとラズロとフィルのやりとりをアレンとグレンシードが遠くから眺めて、わくわくとため息を吐く。
「綺麗な人だなあ」
「うん、ジーンさんのように華美じゃないけど、凛とした美しさを感じるよな」
 この二人、未だにラズロが男だと言う事を知らないのだ。側で聞いていたシーナも訂正はしなかった。
 自分だって最初に間違えた口だ。
 訂正はすまい。間違えるが良い!と、シーナは腹黒く内心で笑った。

「レパント、ラズロは双剣の使い手なんだ、誰かと手合わせしてもらえば良いよ」
 そうだなあ。グレンシールなんか良いんじゃない?
 じゃなければアレンとか?
「しかし、今着いたばかりですのに」
 武人であるレパントは興味深々だが、「客人にいきなり手合わせをお願いするのは」と渋る。
「かまいませんよ。あ、剣はどうしようかなあ?双剣ってありますか?」
 どうせ見せるなら双剣が良い。ラズロはフィルを振り返ると、彼は何故かちゃっかりとラズロの剣を差し出した。
「え?何でここにあるの?」
 確か剣は城に来た時に預けてあったはず。
「さっきもらって来た」
「用意が良いね」
 にこりと笑うとラズロは剣を握り、ローブを脱ぐ。
「ええと、何方と手合わせしましょうか?」

「負けた・・・」
 グレンシールはラズロに負けたのが、かなりショックだったようだ。
「ええと、グレンシール殿・・・?」
「女性に負けたのはクレオ以来初めてです。とても良い腕だ」
 ラズロに敬意を払う為にグレンシールはラズロの手を取り、額に押し抱いた。が、何故か困惑な顔だ。
「あの・・・僕、男ですが?」
 い・・・?!
「ほ、本当に?」
「良く間違えられますから気になさらないでください」
 唖然としているグレンシールの肩をフィルが叩く。
「いやあ、色男も台無し?」
 みんなにちくってやろう〜。
 鼻歌さえ歌いそうな程上機嫌のフィルだ。これで、当面のからかいのネタには困らないと。
「あ、安心して良いから。シーナも女性と間違えてたから〜」
 げげ、何言いやがる。
 シーナの顔からたちまち色が消える。ここは、とんずらこいた方が良さそうだと。
 事実、昼食の席にはシーナは来なかった。


「そうですか」
 レパントはラズロの私塾の話と群島の話を聞いてしきりに頷いている。
「どうもそこまで手が回らないので」
「解っています」
 戦後の復興がいかに大変かは重々承知している。だから、ラズロはレパントに何も言うつもりはない。
 ただ、自分が何をしているかありのままに伝えただけだ。
 グレッグミンスターには学校が無いわけではないが、ある程度の授業料がいるので、裕福な家庭にしか通わせるのは無理だ。
「学校ともなればかなりの額のお金もいりますし、本当に大した事は教えて無いんですよ」
 読み書きと計算だけです。
「僕は孤児だったのですが、読み書き計算を主人の息子さんに教えてもらいました。騎士団にも入れてもらったので、色んな事が勉強出来ました」
 もしこれをテッドが聞いたら、けっと思っただろう。だが、ラズロは本当にその事には感謝していた。
 ラズロとスノウは二つほど年が違ったのだが、同期で卒業した。領主の圧力があった為だが。
 それでもラズロが人より劣っていると言うわけでは無かった。試験も全て及第点を維持していたのだ。
『ケネスのおかげだけど』
 騎士団でのラズロの勉強は殆どケネスがみてくれたのだ。


「ラズロって士官学校卒業だったんだ」
 城からの帰り道、フィルが以外だと口にする。
「士官学校と言うのはちょっと違うけど。士官学校はガイエン公国の本国にあったよ。ラズリルの騎士団はそこの出張所のような物だったから」
 あ、そう言えば。
「本国の士官学校に行ってた人を知ってたよ。シグルドって言うんだけど、会った時は海賊だった」
 はあ?何それ。
「だから、海賊。最初はミドルポートのお抱え軍の艦長だったんだけどね。まあ、あれも海賊と変わりなかったけど。事故で海賊に拾われてから海賊やってたよ。そこは所謂、義賊な海賊だったから」
「何か・・・すごいね」
「まあね。そんなわけでシグルドはミドルポートの城主の刺客に追われてたりしたけど」
 生き証人だからね。悪事の。
「まあ、その刺客が僕の宿星の一人でもあったから、なるべくして海賊になったと言う事だよね」
「士官学校を出て海賊かあ」
 かっこいい!と、フィルは指を鳴らす。
「俺も海賊が良いな。義賊な海賊〜」
「でも、あの人、わりと間抜けだったよ。テッドと同じくらい」
 最初、二人が何処か似てると思っていたのだが、共通点が見つからないなあと思っていたのだ。だが、完璧なのにたまにポカをするのを見て、気がついた。
 ・・・そっか。こう言う所が似てるんだと。

「あ、そうだ。今日は土産話もあるし、家に来ない?」
「そうですね。たまには顔を出さないと失礼になるし」
『うん。グレミオが元気かどうか謎だからね。食事作ってもらいたいし』
 まかないの為に家に誘うフィルだ。
 案の定、グレミオは顔色悪くフィルを出迎えてくれた。
「寝てて良いよ。食事はラズロが作ってくれるし」
 グレミオさん、具合悪いんですね。じゃあ、軽いものでも用意しよう。
「・・・パーン、何してるの?」
 厨房ではパーンが悪戦苦闘をしていた。
「グレミオに何か食べさせようかと思って・・・」
「ああ、それなら、僕が作りましょう」
 本当、二日酔いって大変だねえ〜と、フィルはパーンの背中を思いっきり叩いた。
 しかめっつらのパーンは無視して、フィルはラズロに食べたい物のリクエストを出していた。

「まったく、良い年なんだから。羽目外し過ぎ」
 フィルはスープの鍋をかき混ぜながら、ぶつくさと零している。焦げないように常時かき混ぜていてくれとラズロに頼まれたからだ。
 澄んだ茶色のオニオンスープは良い香りで食欲を刺激する。
「クレオも俺もいなかったからってはしゃぎすぎだよ」
 ラズロはその隣で竃の中からパンを取りだしている。くるみのパンの香ばしい香りが厨房に流れる。
「ラズロが来てくれなかったら困ったよ」
 くすっとラズロは頬を緩ませた。
「だから、僕を呼んだんでしょ?こうなってると思って」
「・・・見透かされてた?」
「ええ。でも、若いって良いね」
 はたとフィルの手が止まる。
「僕なんて150うん歳だから、良い年過ぎるよね」
 げげ、失言だったと、フィルは凹む。
「あ〜その〜ラズロは十分若いですよ」
「ありがとう」
 さあ、夕食にしようか。パーンとグレミオさんを呼んで。

 フィルは自分に誓った。年の話はするまいと。
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