幻想水滸伝 空の羽根〜3
 グラッグミンスターの自宅に帰って来てから、フィルはラズロから預かったテッドの手紙を読んだ。
 たわいのない近況の手紙。
 最後に綺麗に皺が伸ばされ真新しい封筒に入れられた物を取り出す。中からは折りたたんだ封筒と数枚の紙。
 ラズロがフィルにくれると言っていた手紙だ。
 つづられた中に、親友が出来たと書いてある。
「恋敵だよ。もう今は」
 この手紙は魔術師の塔に届けられていた。いかなる手段を使ったのか不明だが、最後に二人が別れた時、ラズロが次は魔術師の塔に行くと言った為だったらしい。
 レックナートさまが使い走りをしてくれるとは思えないんだけど?
 そうラズロに言ってやると、「交換条件でね」と、苦笑された。
 テッドは自分が追っていた魔女が、レックナートの姉だと知っていたのか?と、ラズロに問うと、
「多分。僕は紋章の謎を探る為に旅をしていたから、テッドと会う度に情報交換をしたよ。で、ある時、符号に気が付いたんだよ。テッドは」
 君に会って符号が結びついたらしい。
「何の?」
「隠された村に来たのが君だと言う事だよ」
 ずっと忘れてたんだけど、君と接しているうちに思い出したらしい。
 だから、自分の寿命が尽きるかもしれない事も承知してたよ。
 この会話はシークの谷での会話だ。
 ラズロは荷物から手紙の束を取り出すとテッドの最後の場所でそれを燃やした。
「それは?」
「僕から出した手紙。魔術師の塔に送って来たんだ・・・」
 もういらないからね。
「・・・それは読ませてくれないの?ラズロ」
 その言葉にラズロは苦笑した。
「だって、本人ここにいるんだから。僕に聞いてくれれば良いじゃない?」
 テッドに嫉妬する自分は馬鹿だと、フィルはがっくりと項垂れた。

 親愛なるラズロ〜の言葉でどの手紙も始まっている。そして、最後には必ず愛していると。
 これ、ラブレターだったのかあ?
 内容はそれほど大した事では無い。と、言うよりそんな事は書けなかったのだろう。
 ラズロに聞けば、紋章の話は、会った時しかしなかったと言う事だ。
「何々?フィルは今まで会ったやつの中でも、一番俺に合う。だって?」
 そりゃあ、どうも。
 ラズロはこんな事を聞かされて僕に嫉妬しなかったのかな?
「そんなわけないか。喜んだに決まってるよな」
 許しを司る人だもの。
 コンコン。
「坊ちゃん」
 ドアを開けてグレミオが顔を出す。手にはココアが乗ったお盆がある。
「ありがとう。そうだ、グレミオも読む?テッドの手紙」
 ええ〜それは、プライバシーの侵害でしょう〜。と、グレミオはいやいやと両手を顔の前で振った。
「でもないらしいよ。ラズロが言うには。この僕の事が書いてある手紙は僕にくれるって」
「じゃあ、読ませてもらいます」
 当事者が良いと言うのだから良いかと、グレミオも好奇心は抑えられない。
「大した事は書いてないけどね・・・いや・・・これ、もしかして・・・」
 フィルはメモの紙を掴むと、殴り書きで文字を書き出して行く。暫く没頭していたが、やっぱりと。
「何ですか?坊ちゃん」
「これ、暗号だよ」
 うん、そうだったのかあ。
「何の暗号なんです?」
「ええと、方角と季節。そっか、これで自分の居場所をラズロに教えてたのか。後・・・紋章かな?比喩で書かれてる」
 朝日が昇る前に旅に出る?
「これは、ウィンディの事かな?夕日が沈む海がレックナートさまの事?潮風がラズロ?」
「へえ、そうなんですか。テッド君は逃亡生活でしたからね」
 グレミオは手紙を眺め、呟く。
 ここに・・・僕の事も。
 隠された村へ行った事?あの時に会ったのが僕だった事?
『僕はテッドの事、何も知らなかったんだな』

「え?そんな事ないよ」
 ラズロは教室にぞうきんがけをしながら、フィルのため息に返事をする。
「だって、あんな暗号で書く程警戒してたのに。俺には何にも話してくれなかった」
 あれ?今日は俺?
 ラズロの指摘に、駄目?かと肩を竦める。
「テッドが俺って言ってるんだから、俺も俺で良いでしょ」
「もちろん。僕の前でねこ被る事もないよ」
 あ、でも、手は動かしてね。
 フィルの手には箒が握られている。
「う〜ん。フィルに何も話さなかったのは、君に危険が及ぶかもしれないと考えてたからだよ。最後まで言えなかったのはフィルにも辛かったとは思うけどね」
 それにしても、
「親愛なるで始まって、愛してるで終わるってテッドって情熱的だよね」
 ラズロは照れもせずに「まあね」と、雑巾をバケツに放り込んだ。
「・・・でも、それ、暗号の一つだよ」
 え?
「これも、暗号なの?一体何の?」
 ラズロがにこりと笑う。
「知りたい?」
 それとも自前で解く?
「僕はテッドの暗号を自前で解いた事でも十分驚いているんだ。普通の文章に仕立ててあったからね」
 でも、君なら読めるかもとも思ってた。
「・・・どうしようかなあ?自前で解くにはヒントが足りないし・・・」
 ラズロが良ければ教えて。
「うん、良いけど。親愛なるラズロの方は、僕の手紙が届いた事。その下に季節とか花の種類とか書いてなかった?ええと、例えば、群島の白百合が思い出されるとか」
 あ、そう言えば。
「それは手紙が何時届いたかだよ。群島の白百合と言うのはテッドと僕にしか解らない言葉だ。で、愛してるで終わるのは、無事だと言う証拠だよ。愛してるじゃない手紙を君は持ってたと思うよ。君にあげたのがそうだよ」
「もしかして・・・愛してた?で終わってるのが?」
 うん。
「書こうか書くまいか迷ったと思うよ。手紙を見たら僕は直ぐにでも走ってテッドの側に来ただろうから」
 じゃあ、何故来なかったんだろう?魔術師の塔にいたと言っていたんじゃ無かった?
 フィルの疑問の顔にラズロは頷いた。
「そうだよね。でも、その手紙を見たのは、テッドから紋章が無くなってからだからね」
 まさか、交換条件って、それなのか?
「そんな・・・」
「紋章が無くなる、それは死だよ。考えても解るだろ?普通の人間は300年も生きない・・・。紋章が外れた時から死は始まってる。紋章との生活が長ければ紋章の残像のような物が残ってるけどね」
 テッドが生きてたのはその残像のせいだよ。
「飲まず喰わずで一週間ほど僕は塔の部屋に閉じこもったよ」
 追いかけてしまいそうでね。
「立てなくなってから、ようやくほっとした」
 フィルはその意味を考えて悲しくなった。この人は俺の為にテッドを追いかけなかったのだと。
「もし僕が追いかけてたら、全てぶち壊しにしてたからね」
 多分、怒りにまかせて全てをなぎ払っていたと思う。僕にはそれだけの力がある。
「真の紋章が産んだ身体だからね」
 ソウルイーターは魂を食べるけど、僕の紋章は華々しい破壊が付きものなんだよ。
「今なら一瞬でこの街も吹き飛ばすくらいの力はあるよ。そして、全てを砂塵に変える」
 そんな巨大な力を持ちながらも平然としていられるのだと知り、フィルは胸が痛くなった。
 切ない程の優しい痛みだ。
「凶悪さで言えば僕の方が凶悪だ。まあ、この紋章はもれなく宿主の命を削るから、誰も欲しいとは思わないだろうけどね。紋章が気に入らないとソウルイーター以上の食欲で、宿主を破壊する」
 みんなには内緒の秘密だよ。
と、人差し指を口の前に立てられて、たまらずにフィルはその手を引き寄せた。
「・・・愛してます」
「それは、どうも。でも、掃除が終わってないから」
 フィルの手には箒が握られたままだった。
 まぬけだ・・・。俺は。
 流されてくれそうな雰囲気だったのに、箒を持ったままだったなんて・・・。
「授業は明日からだと言ってるんで、今日はゆっくりしていってね。泊まっていっても良いよ」
 脈がありそうな言葉も言葉通りであって、他意は無い。
 いや、ラズロには好意はあるのだ。

「そう言えば、群島の白百合って何時の季節?」
 群島は殆ど夏の生活のはずだけど。
「ええと、ちょっと言いにくいなあ・・・聞かなかった事にしてくれる」
 口が滑ったんだよ。
「?でも、季節って、群島は夏でしょ?殆ど」
「あ、あのね・・・群島の白百合って言うのは・・・あ、やっぱり恥ずかしい」
 うわあ、顔が熱いよ。どうしよう。
 常に平常心のラズロが何だか慌ててるのは非常に珍しい。
「何か想い出があるんだ。テッドとの」
 あ、うん。まあねえ。
 ぱんと頬を両手で叩いた後に、ラズロはぎゅっと目を瞑った。
「あのね・・・なんだ」
「え?聞こえなかった」
「テッドと初めて・・・お茶入れてくるね!!」
 残ったフィルもいたたまれない。
 そっかあ、群島の白百合って・・・。
 フィルは紋章に話かけた。
『すけべ』と。
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