幻想水滸伝 空の羽根〜2
 トランの早春。
 ラズロはしばしの休暇を皆に告げると、フィルを訪れた。
「10日ほど休みをもらったんだ。一緒に来てくれないか?」
 にこりとお強請りをされて、フィルは二つ返事で引き受けた。
 場所を聞いて、ちょっと驚いたが、改めて頷く。
「良いよ。一緒に行こう」
 トランの春、草原には花が咲き乱れ、鳥が歌う。
 ああ、何て気持ち良い旅日和なんだろう。
 ラズロが行きたいと言ったのは、シークの谷だ。
「実はね、一人でも行った事があるんだ。あそこはね」
 それは凄いとフィルは素直に感心した。
 徒歩であの谷に来ようと思ったら、あの山脈を抜けねばならない。
 竜に乗らないラズロは当然、徒歩であそこに行ったのだろう。
「徒歩でも良いかな?それとも、竜の方が?」
 勿論、竜の方が楽だし、フィルが頼めば竜を出してくれるだろう。
 だが、フィルは徒歩でラズロと歩きたかった。
「歩いて行く方が・・・良いな」
 ラズロといられるから。
「僕もフィルと歩いて見たかった」
 グレミオは二人に遠慮して付いて来るとは言わなかった。変わりにあれこれと旅の用意の世話を焼いてくれた。
「坊ちゃん。帰ってきたら特製シチューを用意してますね」
 いってらっしゃい。

「グレミオさんは一緒に来たかったんじゃない?僕は一緒でも良かったんだけど」
 ラズロはグレッグミンスターの方向を振り返った。
「うん。そうかも。でも、グレミオは・・・僕が帰って来るから待ちたかったんじゃないかな?必ず帰って来るから」
「・・・そっか・・・」
 ラズロは素直にグレミオの愛に感動していたのだが、隣のフィルは内心では、
『いや、こんな美味しい旅行に保護者同伴と言うんじゃなくて良かった』
と、少々黒い事を考えていた。
『旅の間、思いっきり甘えてやろう』
「え?何?」
 そんな事はとんと知らないラズロだ。


「テッドは昔どんな風だったんですか?」
 日の暮れた森の中、火を囲んだ自分の視線の先の人物に問いかける。
「それはもう話したはずだけど、もっと聞きたいの?」
 ラム酒を入れたお茶のカップがフィルに渡されると、フィルはそれを注意深く受け取った。
「・・・その・・・テッドが・・・」
「うん、フィル。解ってるよ。話しても良いんだけど、人生終わっちゃった感じになっちゃうかもしれないよ」
 悪戯ぽくフィルが笑う。
「は?」
「聞きたいんだろ?僕とテッドの事を」
 うわあ、ずばり言われちゃったと、フィルは顔を赤くする。
 ラズロはそれを見ても穏やかに微笑むだけだ。
「そうだね・・・率直に言うと僕とテッドは恋人の関係だったよね」
 やっぱりそうなんだと、フィルはいささか落胆した。
 解ってると思っていたのだが、本人から聞かされると、ラズロへの傾倒で凹む。
 会って以来、こんなに気分が楽な人は何処にもいないと、ひよこのように後を付いて回った。
「・・・うん、まあ、恋人と言っても・・・最初の頃は傷の舐めあいのようなものだったし・・・」
 お互いに無いものを補う為に手を伸ばし合った。
 僕は抱える物が多すぎて、テッドは見てられなかったらしい。
「大好きだったから、手を伸ばされるとためらいなくその手を取ったよ。何時でも」
 そっか。
 そのテッドを食べたのは他ならぬ自分だ。
「・・・何故・・・貴方は僕を恨まない・・・です?」
 それが不思議だった。
 そんなに愛してるのなら、恨まれて当然だ。
「フィルを?恨む?」
 何を言ってるの。僕がそんなわけ無いよ。
 ふふっと一笑にふされても戸惑いの方がフィルには多い。
 自分は恨まれて・・・いた・・・。
 自分を恨む人は確かにいたのだ。
 だのに、何故?
「うん、だから、人生終わっちゃった感じになるって言っただろ?テッドと僕の話を聞いたら」
 あのね、僕とテッドは150年前の戦争後、実は何度も会ってるんだ。
「南の方、ファレナに行った事もあるよ。二人で」
 キリル君がファレナに行っちゃったから追いかけてみたんだ。テッドとね。
 色んな所に行ったよ。
「23ヶ月か半年一緒にいて、又別れての繰り返し」
「寂しく無かった?」
 テッドと別れて。
「まあね。寂しくなかったと言えば嘘になるけど、会う度に新鮮な気持ちになれたよ。お互い強かになってね」
 それがすごく楽しみだったよ。
「もうこのまま永遠に別れてもお互いに無かったものは埋まったから満足してたんだ。想い出だけでも人よりはるかに多いんだからね」
 思えば、果てのない旅だもの。
「どちらが死んでも生きていかなければいけないんだよ。それに紋章は僕を選んでしまったから・・・僕が死んだら・・・手がつけられないくらいに暴れると思う。死んだ後の事なんて責任取れないけど、これもソウルイーターと同じで、新しい継承者が来なければここから出る事は出来ないし」
 ラズロは紋章を撫でると苦く笑う。
「イメージが囚われてる人を切り捨てると言うのは勘弁して欲しいんだけどね。まあ、それで軛が外れるならしょうがないんだけど」
 僕もこの紋章の中の世界で何人か切ったよ。
「・・・罰の紋章の中?」
「あの世とこの世の境なのかどうなのか。魂を糧にすると言うなら罰も魂喰いも変わらないからね。紋章の贄だ」
 ただ、どうも罰にはその魂を自由にする権利も備わっているらしい。
「紋章が認めた継承者にはね」
 それが許しらしいんだけど、何だか傲慢な感じだよね。
 新しいのが来たから追い出せって紋章がだだ捏ねてるような気にもなるし。
 フィルは力んでいた身体から、一気に力が抜けた。
「何言ってるんです」
「いや、まあ、端的に言うと、家が狭いから出て行けって感じ?」
 ぷぷっと、とうとうフィルは吹き出してしまった。
「フィルも気楽になれるよ・・・先は長い」
 ああ、そうかと、フィルは納得する。
 テッドはこんなラズロを見ていたから・・・あんなに明るく振る舞えたのだ。自分の前で。
「テッドは大好きだった。愛してた。今でも大好きだ。愛してる。だからこそだよ」
 フィルを見てると満たされた気分になる。
 ラズロは鞄から紙の束を取り出すと、フィルに渡した。
「読んで良いよ。好きな時に。それはテッドから僕への手紙。再会した時に渡した物もあるし、宿屋に言付けた物もある。最後の手紙はフィルの事が書いてある」
 その手紙は君にあげるよ。
 フィルは受け取ったが手紙はその場では読まなかった。
「預かっておくよ。帰ってから読むから」
「うん、フィルはテッドがたどり着いた終着点だ。だから、僕が君を恨むなんて事が出来るわけないよ。安らかでなかったかもしれない。その死もテッドが憧れていた終着点には変わりない。だから、僕はフィルが望むなら・・・」
 何だってしたい。
 邪魔でなかったらね。
「テッドを愛してたから?」
 ラズロの比重はテッドの方が遥かに重いんだろうなあと、何だか寂しい。
「そうじゃないよ。確かに僕はテッドを愛してたけど」
 言葉で伝えるのは難しいんだけどね。
「僕はテッドが好きになった君も大好きだから」
「初対面だよ?」
「違うよ。君は知らないだろうけど、僕は門の継承戦争を最初から最後まで知ってる」
 あの時は、魔術師の塔にいたからね。
「はあ?」
 驚いた!
「あの塔に?」
「うん」
「君が星見を貰いに来た時もいたよ。テッドとね」
 うわあ、何だかいたたまれない。
 フィルは大声で叫びたい気分だ。そんな所まで知られてたとは。
「ルックがテッドに焼き餅焼いて意地悪してたね」
 あの子はねえ、照れ屋だから。
「・・・誤解しないでね」
 急にラズロの声が変わる。
「僕が君に何かしてあげたいと思うのは、テッドの変わりなんかじゃないよ。テッドの変わりなんて誰もなれない。・・・そして、フィルの変わりにもね。仮にテッドが紋章を持ってたとしてあの戦争は勝てたかな?あの戦争は確かに紋章を廻る戦いだったけど、それだけじゃない。多くの人々にとって紋章なんて関係無いんだ。明日の糧を得るには」
 ごめんね。
「君の傷をえぐるような事をしてるね」
「僕が聞きたかったから良いんです」
 そう自分が聞きたかったのだ。
 ラズロの思いを。
「ねえ、ラズロ」
「何?」
「・・・僕では、テッドの変わりになれないかもしれないけど・・・僕は貴方が好きだ」
 きょとんとした顔の後にラズロは頷いた。
「僕もフィルが好きだよ」
 はぐらかされたんだろうか?
「テッドと同じ意味でなんだけど」
 ラズロはゆっくりと頷いた。
「ああ、うん。それは解ってるけど。でも、僕はテッドと同じにと言うわけにはいかないよ。それこそ、たぶらかしたとか思われちゃうしい」
 保護者さんたちに。
 がっくりだ。
「僕は二十歳超えてるんだけど?」
「それこそ二十歳超えてるからだよ。僕なんて150うん歳なんだから。爺だよ。こんな爺に惚れるなんてしない方が良いよ」
 ウィンディはもっと婆だったけど?
「・・・あ〜正直に言います。ぶっちゃけ、恋愛は面倒臭いんです。以外とずぼらだから」
 テッドとは楽だったから。もう、熟年夫婦のノリ?ぼけとつっこみ。
「そりゃあ、最初は僕も若かったから凄く燃え上がってたけどね。何せ、そう言う意味で好きになったのは初めてだったから」
 でもね。
「良く考えたら僕もテッドも相手のかなり恥ずかしい面を知ってる仲なんだ。テッドは引きこもり、僕は彼におしめを変えてもらったんだよ。赤ん坊の間」
 やあ、もう、本当にかなり恥ずかしいよ。
「そんな事があったからね。何だか・・・」
 ラズロの瞳からぽろりと涙が流れて、フィルはぎょっとした。
 あわてて、バンダナを取るとラズロの瞳を拭う。
「あ、ごめんね。悲しいわけじゃないんだ。ただ・・・幸せだったなって・・・」
「ごめんなさい」
 又、悲しませてしまったと、フィルはがっかりだ。
「違うよ。嬉しいんだよ。フィルが僕を好きだと言ってくれる事が」
 うん、凄く嬉しい。
「ありがとう。フィル」

 翌日、晴れ上がった空を見ながらフィルは、
「まだ、テッドには及ばない」と、思う。
 でも、何時か追いついてやる。
 新たな闘志に燃えるフィルにラズロは、のんびりとした声をかける。
「さ、行こうか」と。
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