幻想水滸伝 空の羽根〜21
 ぐいとソリアスの腕が引かれる。
 危険だとフィルの感が告げる。空気がぴりぴりと痛い。
「キリル!」
 明け方の空にフィルの声が響いた。
「囲まれたぞ」
 一人二人・・・三人・・・
「五人だ」
 フィルは棍を構えて、キリルを背後に立たせる。
「攻撃は最大の防御だと俺は思ってる。こちらから仕掛けるぞ」
「行こう」
 その言葉でフィルは地を蹴ると、左手から火炎を吐き出した。
『目的はソリアスか。俺が絡むから殺した方が良いと言う事か?』
 ちっと舌打ちの後に、フィルは棍を捻る。
「通れる物なら通ってみろ。トランの英雄が相手をしてやる。ありがたく思え!」
 フィルが走り回る後ろでは、キリルが陣を張る。
 額に汗が浮かんでいる。
「・・・湖面を渡る風よ・・・我が為に沈黙を守れ、水の守護よ。沈黙の湖」
 薄い霧が辺りを多い、音さえもかき消されて行く。
「フィル、今の内にかたを付けよう」
 キリルが走り出す。と、その手が引かれた。
「アス?」
 ソリアスはキリルから渡されたお守りをキリルの懐にねじ込む。
「・・・ありがとう」
 燕の紋章が跳ねた。

「これで、全部か?」
 沈黙の効果はもう時間切れだ。キリルはソリアスの所に戻る。
「僕の魔力ではもう、これは使えないよ。回復だけだ」
「そうか」
 テッドなら底なしに使えたけど、僕は魔法使いじゃないから。
「ラズロは?」
「確かに彼は魔法も得意だけど、滅多に使わなかったよ。戦闘ではね。彼はどちらかと言うと剣士だよ。海では強い力が一番だから。天候を魔法で操る事なんて出来ないし」
「成る程」
 ふと、フィルは空を見上げて眉を潜める。
「・・・雨・・・?」
「まだ、夜明け前だと言うのに、雨とはな。ここに足止めと言うわけか。天気はあちらさんの味方と言う事だな」
 アス、出来るだけ大きめの木の方に。
 フィルは火だねと荷物を抱えると、大きめの木の下に移動した。キリルは枯れ枝をかき集める。
「狙ってくれと言わんばかりなんだけど、火が無いとどうしようもないからね」
 狙いはソリアスみたいだね。
 キリルはそっとフィルの耳元に囁く。
「らしいな」
 こんな子どもの命を狙うなんて。
 キリルの胸の内に激しい嫌悪が生まれる。それはコルセリアへの愛情と重なる。

 生まれなんて・・・選べないんだよ。
 そう言って、ラズロが寂しそうに笑う。
「運命は嫌いだけど、抗うから生きてるって気分になれる。だから、僕は彼が好きなんだ」
 テッドがね。

 激しくは無いが、雨は空を支配し始めた。
「もうすぐ夜明けだね。この雨は止むだろうか?」
 馬は戦闘前に逃がした。頭の良い馬なので、大丈夫だろう。 もしかしたら、連絡を付けてくれるかもしれない。と、フィルは空を見上げる。
「雨は嫌だな」
 テッドと別れたのも雨の日だった。フィルの感情が揺らいだ瞬間の事だった。
 音が無くなった。
 否、弾くような音が二度響き渡った。
「小姑!」
 キリルの背中から血が滲んでいる。
 キリルの腕の中ではソリアスがぐったりと力を失っている。
「あそこか!」
 フィルはきらりと光る点を見つけると右手の紋章を打ち込んだ。
「・・・裁き」と。

「小姑。大丈夫か!」
 キリルの血の気を失った顔から、返事が返る。
「何とか、アスのお守りのおかげで・・・アスは?どう?良く目が見えないんだ」
 フィルはキリルを支えるとソリアスの身体を持ち上げる。
「!アス!おい、目を開けろ!」
 ちきしょう!と、悪態をつきながらフィルは鞄の中の薬を探す。
「おい、飲んでくれ。アス」
 しかし、ソリアスからは何の反応も無い。
 フィルは薬を口に含み、ソリアスの口に注ぐが、既に飲む事も出来ない。
「キリル!」
「ごめん・・・銃だ・・・貴重な物を持って来たものだな・・・。今、魔法を使うから・・・」
 絶対、死なせないから。アスは。
「よせ、小姑が死ぬぞ!」
「それでもだよ。アスの事を頼む・・・」
 キリルの詠唱が長い。なかなか集中が出来ない証拠だ。
 傷の深さの為だ。
「テッド・・・助けて・・・」

「!」
 ラズロがうたた寝をしていた机から起き上がる。
 目の前に懐かしい顔があった。
「テッド!」
 テッドはラズロに手を伸ばすとラズロの手を取った。
「何?フィルが危ないの?」
 そうだと言うように頷き、ラズロの頬に手を添える。
「テッド、フィルの所に連れて行って」
 瞬間、ラズロの視界にフィルの姿が映った。

「フィル!どうしたの!」
 声の先にあるラズロの顔を見て、フィルは目を見開いた。
「ラズロ?!」
「キリル・・・?と、この子は・・・ソリアス?ああ、何て事」
 フィルはラズロに手を伸ばすが、触れる事が適わない。
 ラズロは実態では無いのだ。
「テッドが連れて来てくれた。フィル、手を出して」
 フィルの震える手をラズロが掴む。
 今度は何故か掴む事が出来た。どうやらラズロからは掴む事が出来るらしい。
「僕の魔法を媒介して、フィルなら出来る。テッドが手伝ってくれる」
 信じて。
 ラズロは何時になく長い詠唱を唱えた。
 フィルの手が熱い。
 ソウルイーターが熱を伝えて来る。
「・・・永遠なる許しを我が同胞に与えたまえ。我、罰と許しを司る者と生と死を司る主の名において」
 夜明け前の空の下にまばゆい光が生まれる。
 ああ、夜明けだとフィルは思った。

 ラズロとフィルの手の下の二人に安らかな顔が戻ってくる。
「眠ってるよ」
 そう言って、ラズロはフィルの頬に触れるとそっと頬に口づけを送る。
「ラズロ、これは何だったんだ?」
 まだ、余韻の残る淡い光を手で掬い上げる。
 羽根の形の光が舞う。
「これは僕の紋章の力の一つで、永遠なる許し。回復も司る魔法だよ」
「すごい」
 フィルの素直な感嘆にラズロは苦笑する。
「でも、この半分はソウルイーターの力だよ。解らなかった?ソウルイーターから癒しの力を引き出したのは僕だ。生と死を司る紋章、テッドが手を貸してくれたんだ」
 テッドを呼んだんでしょ?
「あ・・・うん。呼んだ」
「彼はそこから君を助けてくれる。テッドが僕を呼びに来てくれた。君が呼んだからね」
 ああ、もう、帰らないと。
「早く帰って来て欲しいんだって。子ども達が待ってる。僕も待ってるよ」
 ラズロはキリルとソリアスに視線を戻すと、そっと囁くように身を屈めた。
「キリル、ありがとう。ソリアス、会うのを楽しみにしてるよ」
 ふわりとした笑いと供にラズロの姿はかき消える。
「ラズロ・・・」
 テッドありがとう。
 フィルは紋章にそっと頬をあてた。

「テッド、ありがとう」
 テッドは静かに首を振る。
「・・・もう少しだけ・・・こうしていたいんだけど・・・」
 ラズロはテッドの手を握りしめる。
 それに苦笑を零すと、テッドはラズロに口づけた。
 泣きたいとラズロは思う。胸が痛い。
 でも、涙は出なかった。
 目を開けた時にはテッドは消えていた。
「・・・さあ、朝の仕度でも始めるか」
 日はすっかりと登り切り、窓から暖かな日差しを送って来る。
「まだ帰って来ないだろうけど、美味しい材料を揃えておこう」
 フィルの為に。キリルの為に、ソリアスの為に。

 昼頃にミルイヒの使いが血相を変えてフィルを探しにやって来た。何故かパーンもいる。
 聞けば、馬が街道を戻って来るのに、帰郷をしようと思っていたパーン達とぶつかったと言う事だ。
 一頭はパーンの方にもう一方は、ミルイヒの軍駐屯地に走ってくれたらしい。
「そっか、お礼言っておかないと」
 フィルは安心したと満面の笑顔を零した。
「ハルモニアからの追っては一掃出来た。俺が介入した事でアスを処分しようと思ったらしい」
 しくじった。
「ラズロがいなかったら・・・二人とも死んでたよ」
 パーンに今朝の出来事をぽつりぽつりとフィルが語る。
「そうですか。テッド君が。やっぱりテッド君は坊ちゃんの親友ですね」
 ハルモニアのガンナーは仕留め損なったかもしれないな。でも、ソリアスは死んだと思ってるだろうから、結果は良かったのかもしれない。
「結果良ければ全て良しとしましょうよ。坊ちゃん」
パーンの言葉にフィルは頷く。
「そうだね」と。

「帰って来たね」
 ようやく、グレッグミンスターだ。
「・・・あれ?ラズロだ」
 馬上のフィルの視線の先には、ラズロが笑っている。
「迎えに来たよ。馬車の中はキリルとソリアス?」
「うん」
 フィルは馬を下りるとラズロに駆け寄り抱きしめた。
「ただいま」
「おかえり。フィル」
 僕も馬に乗せてよ。グレミオさんに会いに行こう。


「坊ちゃん!」
 グレミオが屋敷から飛び出して来る。
「お帰りなさい!」
「ただいま」
「ようやく片づいたよ」
 グレミオはゆるりと笑う。
「それは良うございました。さあ、入ってくつろいでください」
 ゆっくりと休んで食事をして、話はそれから伺いますよ。
「ね、ラズロさん」
「ええ、腕によりをかけて、美味しい物を作りましょう。グレミオさん」
 さあ、中へ。
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