幻想水滸伝 空の羽根〜20
 宿屋でゆっくりと眠り、買い出しをし旅だったその日の出来事だった。
 街道沿いの町はまだ先、今夜は野宿だ。
 日が暮れてる前、早々に野宿用の薪を起こす。赤々と燃える炎を囲み、腰を下ろそうとした時だった。
 フィルの凛とした声が響く。
「やるなら、夕食前に願いたいな」
 忙しない食事は嫌でね。
「小姑、アスを頼むよ」
 キリルはアスを抱き寄せると、ダブルブレードを構える。

「どこかで見たような顔だね」
 最初の時に徹底的にのして置いた方が良かったかな?
 そう言い放つフィルの視線の先には、ソリアスの事をお館さまと呼んだ顔がある。
「ハルモニアの手のものかな?御用はアスに?それとも俺?」
 それとも両方?
 フィルが棍を横様に構え、臨戦態勢に入る。キリルもアスを背に庇うと、背後を確認しながら下がる。
「アス、僕から離れないで」

 アスを庇いキリルは安全な場所を探す。こんな時、ラズロならどうするか?
 自分の懐から護符を取り出すと、アスの懐にねじ込んだ。それは先の町で買ったものだ。既に他の護符は渡してあるが、多いに越した事は無いと。
 フィルが相手をしている物達は、魔法使いでは無いらしい。物理攻撃担当だろう。と、言う事は魔法使いが何処かにいるのだ。
 人気の絶えた場所で仕掛けて来るとは、魔法攻撃を使いたいとしか思えない。
「地を守護する精霊よ。その守護をここに。守りの天蓋」
 朗々とした声が響き、キリルがフィルを見る。戦闘の最中にも詠唱を唱えていたらしい。
「?フィル、何時そんな紋章宿したんだ?」
「生憎と土の紋章から引き出した魔法だ。無理があるから長くは持たない。心得ていてくれ」
 フィルの魔力はかなり強い。しかし、土魔法を使う為におそらくは流水の紋章を外したのだろう。となると、魔法使いの攻撃を避ける事は難しい。
 物理攻撃を次々とかわし、フィルは棍を奮う。
「ち、きりが無いな。ソウルイーターを使うか・・・」
 そんな事を呟くのはフィルが疲れて来た証拠だ。
 流石にハルモニアの刺客だと、フィルは物騒に笑う。
「小姑、アスを頼む!」
 その言葉でキリルはアスの顔を胸に押しつける。これから起こる事を絶対に見せない為に。
「我が右手に宿るソウルイーターよ。汝の敵を屠れ」
 ひたひたと静かに黒い闇が刺客の足下に伸び、暗黒が生を食い尽くす。
「汝の敵に暗き矢を打て」
 地を揺るがすような音の後に静寂が戻って来る。
「大丈夫か?フィル」
「ああ、ごめん。加減出来なかったから、この辺りの植物まで喰らってしまったよ」
 焦土のように焼けこげたような地面を見ながら、フィルはため息をつく。
「ま、しょうがないよ。ところで、他の奴らの気配は?」
 フィルには解るか?
「いや、解らない。感は良い方だと思うけど、これ使った後は暫く五感が緩くなる」
「・・・微かにするんだ。でも・・・」
「キリルにも解らないのか」
「守りの天蓋はもう、無理だ。流水を外したから、沈黙の魔法も出来ない」
 フィルの言葉で、やはりとキリルは頷く。
「やっぱりそちらの方を外したのか。烈火は外さないと思ってたけど」
 じゃあ、しょうがないな。
「僕が水を使うか」
「あれ?小姑も何時の間に?」
 流石に僕も何もないと言うのはね。一人旅じゃ無いし。
「アス、どう?大丈夫?」
 その問いにクレアスは震えながらも頷く。
「手荒な事に慣れてない君にこんな仕打ちは大変だけど・・・。君の人生にはこれから先もこう言う事が沢山あるよ。君が生きたいなら多くを学ばないとならない。僕の皇女は、勇ましく賢かった。君なら出来る」
 キリルはクレアスの手を握ると、その手にナイフを握らせた。
「君の命は君が守るんだ。解る?」
 もちろん、僕も君を守る。
「大人が子どもを守るのは当たり前だからね」
 ちょっと苦笑して、キリルはクレアスと視線を合わせた。
「・・・大丈夫です。僕は大丈夫です」
 聡明な子どもだとフィルは思う。きっと、亡くなった父親の躾だろう。彼は人の上に立つように育てられている。
 ソリアスは子どもらしい無邪気さが無いわけでは無い。ちゃんと笑い、しゃべり怒る。
 だが、心の何処かで一線を引いているようだ。
 その姿をフィルはテッドと会う前の自分と重ねる。きっとこんな風だったんだと。
「小姑、取り敢えずはこれを喰おう」
 フィルは荷物の中からパンを出した。
「腹ぺこじゃあ動けないからな」
 食事と休息は基本だからな。

 ガシャン。
「あ〜。フィルのお気に入りのカップが割れちゃった」
 何かあったの?ねえ、テッド。
 ラズロは首飾りを見つめた。
「ソウルイーターを使ったのか・・・」
 ぴりぴりとラズロの左手が引きつる。
「罰、静まれ。ソウルイーターにつられるな」
 ラズロは右手で紋章を押さえた。
「・・・困ったな。キリルがいるから大丈夫とは思うけど・・・こんなに取り乱してるなんて」
 ねえ、テッド。何があったの?

「寝ても良いよ。アス」
 キリルはソリアスの肩に手を回すと抱き込んだ。
「君には辛いだろ。夜は長い。少しでも寝ていた方が良いから」
 ソリアスは起きてると気丈に言ったが、フィルは休むのも体力温存には必要だと言い聞かせた。
 キリルの体温に安心したのか程なくソリアスは眠りにつく。
「しかし、使用人がハルモニアの間者だとはなあ。向こうも良くやるよ」
 豆だねえ。
「端からばれてるわけだね。ソリアスの事は」
「どの辺りからばれたのかは解らないけどな。クレアスが亡くなってからか俺達が来てからか」
 それによっては、本国から来る奴らも変わるだろうし。
「俺が考えるには、廃嫡裁判の時にばれたんだと思うんだ。ほら、二人で賊を追い払っただろ?あの頃はまだ知らなかったんじゃないかと思うんだ。理由には薄いけど、あいつらは如何にも賊ぽかっただろ?あれは囮だろな。さっきの奴らの正体がばれない為の」
まあ、根拠は無い。ただの感。
「感かい?トランの英雄の感なら信じるにあたいするね」
 たき火に手をかざし、フィルはぽつりとため息を吐く。
「ラズロはどうしてるだろう?」
 そっと右手をさする。
「それ使っちゃったからね。本当は今側にいれば良いのはラズロなんだろうけど」
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