幻想水滸伝 | 空の羽根〜19 |
「クールーク皇国は、赤月の隣にあった国だよ。160年程前にクーデターが起こって、国が瓦解した」 フィルの問いにテッドは簡潔に答える。 「国が瓦解?何で?」 「そうだなあ・・・大きな国になると利権を争って好き勝手始める輩がいるし。後、血だな。血縁関係を尊ぶあまり、無能な集団に成り下がるとかな。こう言う国で飢饉なんか起これば富を争うのは目に見えてるよな」 ふうん。 フィルは知らなかった。その時、赤月が急速にクールークと同じ道を辿っているとは。 「でも、皇王ががんばれば国は存続出来たかもしれないだろ?何でなんだろう?」 「そうだなあ。でも、どんなに力のある皇王でも一人では何も出来ないのさ。この皇王にもちゃんとした味方はいたんだろう。でも、それでも及ばない事は世の中には沢山あるんだ」 世の中にはどうにもならない事は沢山あるんだよ。 それをどうにかするのが人間だよ。 「どうしたんだ?」 キリルの声にフィルは顔を上げる。 「え?」 「まさか、ラズロがいないから、嫌だなあとか思ってたんじゃないだろ?何かあったのか?」 隣同士のベッドでキリルは悪戯ぽく笑う。 「あ、いや、昔のテッドが言った言葉を思い出してたんだ。今、思い出した」 何? 「あれ、きっと、コルセリア皇女の事だったんだな。俺はその時、皇帝ががんばれば国の瓦解は防げたんじゃないか?と言ったんだ」 で、テッドは? 「世の中にはどうにもならない事が沢山あるって。皇帝一人ががんばってもそれを支える手が無いとどうしようもないって。あ、もちろん、テッドはコルセリア皇女には味方はいただろうって言ってたよ」 「そうだね。彼女がどんなにがんばってもどうしようもない事はある。イスカスとの戦いの後、彼女が剣を持たなかったわけじゃないんだ。彼女に敵対する貴族を切り捨てた事もある。僕はそれを知ってる・・・でも、彼女は皇女としての責任だとそれを逃げなかった」 君のようにね。 「・・・小姑に褒められると何だか照れる・・・でも、俺も何が正しくて間違ってたかは・・・解らないんだ。父を失ったし。失ったものは少なくないし。紋章宿してからは、皇帝の孤独も何となく解るし。テッドの事も・・・」 「迷わないのは独裁者だよ。頂点に立つものは結論を出すまで何時も悩む。そして、結論を出すんだよ」 彼女もラズロも迷ったんだろうなあ。 『天魁星の孤独は天魁星にしか解らないか。この子の孤独、僕も解ってあげたいよ。口には出せないけどね』 「何?」 「何でも無いよ。もう、寝よう」 おやすみ、フィル。 「ねえねえ、ラズロ先生」 なあに? 「フィル先生は何時帰って来るの?」 その言葉から次々に質問が降って来る。 「ねえねえ、僕も棍習いたい。何処行っちゃったの?」 「お仕事ってまだ終わらないの?」 「ねえねえ、ラズロせんせい、おしっこ」 最後の言葉を聞いて、慌ててラズロが手を引く。 「こっちだよ。おいで」 「ええと、フィルはねえ、もうちょっとしたら帰って来るよ」 「もうちょっとってあした?」 「明日は無理かなあ」 「明後日?」 「明後日も、無理かなあ?」 つまんない〜。つまんな〜い。 「棍を習いたい?僕じゃ駄目かな?」 「ラズロ先生、棍教えてくれないじゃない。僕、見ちゃったんだよ。ラズロ先生、凄い剣の使い手でしょ?僕も剣教えて欲しい」 え?と、ラズロが声の方に顔を向けると、にこやかに笑う顔があった。 「剣は駄目」 「え〜何で〜」 ラズロはため息を吐く。 「剣はね・・・危ないからね」 棍なら僕も教える事出来るよ。やりたい? 「「「やりたい」」」 「じゃあ、棍を持って裏庭に整列」 後に、ラズロが棍も扱えると知ったフィルは、 『テッド、俺、本当にヒモなのかも』と、嬉しいと情けないのジレンマで苦しんだらしい。 フィルとキリルはソリアスを連れて、グレッグミンスターの帰路に旅だった。フィルが護衛がいない方が良いと言った為に三人旅だ。 アップルは、 「私はこちらに残ります。残務整理をしてから私もグレッグミンスターに行きます」 と、言い張った為に、シーナを又呼び寄せる事になった。 「ま、こき使ってあげてよ」とのフィルの言葉に、アップルは微笑む。 「グレッグミンスターにシュウさんに来てもらったら?報告も楽だろ?」 とは、口先だけで、本当は事の成り行きを楽しんでいる。 『シュウさんとシーナと顔を合わせたら、どんな顔するのかなあ?』 可愛がっている妹弟子の彼氏候補である。 『あのすかした顔がどんな風になるのか見たいよね』である。 「くしゅん」 風邪か?と、シュウは首を傾げると、ふと視線の先にアップルの肖像画があった。アップルには内緒で描いてもらったものだ。 「お前か?噂の主は」 今頃、どうしているのか。 「まあ、元気だったら良いから、早く帰ってきて欲しいんだがな。・・・しかし、帰って来る時に恋人を連れて来たら・・・私はどうしたら良いのかな?」 あのどら息子は願い下げなんだがなあ。 フィルはソリアスが馬に乗れると言う事で、二頭の馬を用意してもらった。キリルはソリアスと一緒に馬上にある。 「小姑は結構なんでも出来るんだな」 フィルの言葉に、キリルは肩を竦めた。 「まあ、長く生きていれば何でも結構出来るようになるよ。ラズロなんか凄く器用だからね。あ、僕は魔法は苦手だから、その面では力になれないよ」 本当に才能無いんだ。 「燕だったよな。紋章」 「そうだよ。まあ、水魔法くらいは少々なら出来るけど。アスは何を勉強したい?」 アスとはソリアスの事だ。キリルが決めたソリアスの呼び名だ。 「ぼくは・・・」 「グレッグミンスターには魔法を教えてくれる学校もあるよ。僕の弟が私塾をしてるからそこでも勉強出来るけど」 ラズロって言うんだよ。 ソリアスはまだ、フィルにもキリルにもうち解けていない。まあ、いきなりは無理だとフィルも思ってはいる。 キリルは色々と南の大陸の話や昔の赤月、群島の話を退屈しのぎに話して聞かせている。 「アス、今日はあの町で泊まるよ」 キリルが指さした方向には、街道沿いの小さな街があった。 「さて明日からは暫く、不自由な生活だよ。アス、今日はゆっくりと休んで」 美味しいもの食べて、食料や薬の補給をしないと。 「あ、俺、鳥の蒸し焼きと羊の串焼きと、後・・・」 延々と食べたい物を連ねるフィルだ。 「で、フィルがさっき言った物の中で何が食べたい?アス」 「ええと、クルミのパイ・・・あるかな?」 「OK。聞いてみよう。さ、本日の宿を取ろう」 あ、俺、買い出しに行って来る。先に行っててくれ。 フィルはそう言うと馬の首を返した。 |
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