幻想水滸伝 空の羽根〜18
 ラズロは一人の部屋で書き物をしていた。
 時間はもう深夜だ。
「ねえ、テッド。テッドはとても人が好きだったよね」
 ラズロの手元には青い首飾りがある。
「フィルも人がとても好きなんだ。だから、僕はフィルの側にいるよ。彼がソウルイーターに絶望しないように」
 テッドが紋章を制御出来るようになったのは、何時だったかな?
『俺はこの紋章を制御出来るようになりたい』それが、群島諸国とクールークの戦争後にテッドが思った事だった。
 制御出来ないから怯えるのだ。
 それを聞いたラズロは、暫し二人で旅をしようとテッドの手を取った。
「ハルモニアに行ってみよう」と、散々議論して決めた。
 出来るだけ身を隠し、地方神殿をまわる旅路だ。事前に路銀をたっぷりと用意して、贅沢で安全な宿屋に泊まり、神殿を廻る礼拝に見せかけた。
 ハルモニアの神殿のそれぞれには、天地創造の闇、大地と海、盾と剣が祭られている。
 その神殿をゆっくりと一年かけてまわった。
 結果、テッドは紋章を制御出来るようになった。
『真の紋章に大切なのはバランスだ。闇に偏ってもいけないし、光に偏ってもいけない。言葉では簡単だが、見極めは難しいし、自分を許すのは困難を極める』
 テッドはそれだけをラズロに告げると、再び一人で旅だってしまった。
 再び出会った時は、紋章を制御出来るようになっていた。
 テッドがどうやってそれを会得したのか謎だが。
 ラズロはテッドの制御の方法を聞いてみたが、テッドも首を傾げるだけだった。
「ある日、おきたら出来るようになってた」と。
 嘘では無いらしい。
「結局、何処で何をしてたか、全然教えてくれなかったよね。薄情ものめ」
 目を閉じると、拗ねたような表情のテッドが脳裏に浮かび、苦笑する。
「似てるね。君とフィルは」


 さて、グレッグミンスターにシーナが戻って来た。事の詳細を報告する為にだ。シーナは大総統に報告の後、ラズロを訪れた。
「おや、お帰りなさい」
 シーナの顔を見ると、ラズロは授業の手を止めて、手を打つ。
「今日はこれで終わり。出来ない人は宿題で、次の時までにやって来てね。解散!」
 わーと歓声を上げて子ども達は出て行く。
「お待たせ。シーナ」
 ゆっくりして行ってね。
 ラズロの声にシーナは頷くが、「相変わらず綺麗な人だよな」と思っていた。
 ラズロが入れてくれたお茶とお菓子を遠慮無く頂きながら。シーナは廃嫡裁判の結論を話す。
 麗しい眉が寄った。
「ハイランド皇家の血縁?」
「そう。親父にも話してるけど、困った話ではあるよな」
「そう、確かに困った話ではあるよね。その子だって、好きで皇家の産まれなわけじゃないんだから」
「全く。俺も好きで親父の元に産まれたわけじゃない」
 ふふっ。
「でも、お父さんの事好きでしょ?僕は自分の親、好きだよ」
 お父さんとは呼べなかったけど、好きだったよ。
「なあ、ラズロさん」
 ラズロは何?と、目で問いかけた。
「あんた、フィルの事、本当に好きなのか?恋人として」
 ストレートな物言いにラズロは苦笑する。
「あんたの好きは同情じゃないのか?フィルに対する。紋章への憐憫なんじゃないの?」
「・・・そうかもね」
 その言葉でシーナの沸点が上がる。
「同情かよ。フィルに対する」
「悪い?」
 悪いに決まってるだろ。フィルがあんたをどんなに好きか知ってるだろ。
「知ってるよ。だったら、どうだって言うの?僕がフィルを好きな事には変わりないよ。そこに肉体関係が存在しようとなかろうと、恋人なんて定義があろうとなかろうと。紋章があろうが無かろうが。僕らは出会って、好意を持った。これだけじゃ駄目なの?」
 ラズロの言葉は静かだ。
「駄目じゃないけど、フィルはあんたの事が好きなんだよ。盲目的に」
「盲目的じゃ駄目なの?フィルは道を誤る事は無いよ。自分で決めた道は。それにソウルイーターは僕を食べる事が出来ないよ」
「何で解るの?」
「僕も真の紋章の持ち主だからね」
 ラズロは左の手袋を外した。
「これが許しはしないからさ。僕は紋章の化身だ。罰とはフィルのソウルイーターより繋がりが強いんだよ。グレアム=クレイは紋章から逃れる為に腕を切り落とした。結果、側にいた息子にその紋章は移ったけど。今、シーナがここでこの紋章を切り落としても、僕から紋章は離れないよ」
 シーナはひるむが、持ち前の気丈さでラズロを見る。
「・・・本当に?」
「試して見る?」
「止してくれ」
「でも、聞きたかったんでしょ?テッドはね、紋章を完全に制御してたんだ。方法は僕も知らないけど。でも、フィルにはまだ、負い目無く好きだと言える人はいない」
 同情だと憐憫だと言われても良いけど、フィルは僕が側にいたい人なんだ。
 シーナは頭を下げる。
「ごめんなさい」
「君は良い人だよね。フィルには良い友達だ」
 さあ、頭上げてよ。
「お昼ご飯食べて行く?」
「呼ばれて行きます。ラズロさんのご飯は最高ですから」

 ミルイヒは廃嫡裁判の結果を告げた。
 閉鎖されていたクラウス家の大広間には、町の主立った代表が集い、その中でミルイヒは、クレイスが家督を継ぐ事を告げた。
 理由は、ソリアスがまだ子どもである事で今後の領地管理をクレイスが行わねば成り立たない事。
 管理出来るものがいなければ、トラン政府からの技術援助等が受けられない事などだ。
 ミルイヒはソリアスの血筋については口を噤んだ。それは、一地方領主の権利問題ではすまされない問題だ。
「私の名前にかけて、これは公正に出した結論です」
 領民の方々にもそのようにお知らせ下さい。
 優雅な施政でミルイヒは、解散を促した。

「さて、クレイス殿。貴殿の領地だが、紋章片や紋章球が埋まっている可能性があるのではないかと、フィルさまが言っておられた。その方面の技術者を用意しようと思うのですが」
 如何かな?
「ありがとうございます」
「で、ソリアス殿の事はどうなされるのです?」
 クレイスは唇を噛むと、項垂れる。
「私にとっても従兄弟には変わりないのです。でも、こののどかな町に、争いは起こしたくない」
 正直私には手に余るのです。
「私は兄のように気の利いた人間では無い。ソリアスが、ハイランドの血筋だと知って、身が凍りました。何故、兄が自分が死んだら廃嫡裁判を起こせと言ったのか・・・。もちろん、私は従兄弟を養育する事事態はかまわないのです。でも、あの子がもし・・・火種にでもなったら、庇う事は出来ません。私にはそれだけの知恵も武術も無い」
 偽り無い本音だろう。と、フィルは思う。
「僕は邪魔ですか?」
 それまで黙っていたソリアスが声を出す。
「ソリアス、私は・・・君の事が好きだ。だが、私では君を守る事も出来ないし、領地と君とを秤にかけると領地をとる。私はクレアス兄さんのように上手く立ち回る事も出来ない。クレアス兄さんがいたから、君を今まで守る事が出来たんだ。でも、今はもう無理だ」
 クレイスの言葉をソリアスは黙って聞いた。
「・・・そうですか・・・僕はここにはいられないんですね」
 今にも泣きそうな声に、一同は言葉に詰まる。隣で聞いていたアップルはその肩に手を回した。
「グレッグミンスターに来るかい?」
 その沈黙を破ったのは、フィルだ。
「君の血が災いを呼ぶなら、この身に流れる血も同じだ。僕にも皇帝だった人の血は流れてる」
 その場にいたものが、はっと顔を上げる。
 赤月帝国を滅ぼしたトランの英雄。その身に流れる血。改めて彼の辛さを確認した。
「まあ、そんなに深く考え無くても、グレッグミンスターに留学するとでも思えば良いんじゃない?」
 そうのんびりと言ったのはキリルだ。
 この場では一番、縁遠い彼は、のんびりと後ろの方でお茶を啜っている。
「お膝もとには立派な学校もあるしね」
「おお、そうですね」
 ミルイヒは感激した声を出して同意する。
「クレイス殿は立派な領主だ。その領主が困っているならレパント大総領も手を貸さないわけにはいかないよ」
 ね、フィル。
「君は詰めが甘いよね。トランの英雄のくせに」
「おい、小姑・・・表に出ろ」
「やる気?」
「やってやろうじゃないか。切り刻んでやるからな」
「棍で切り刻めるとは初めて聞いたけど、お相手ならして上げるよ」
 キリルは席を立つと裏庭に出た。フィルもそれに続いた。

 ガシンと棍がぶつかる。それを受けるのはキリルの大きな刃のついた武器だ。
「結構強いな」
「そりゃあ、150年仕込みだからね」
 ガキン
「心配しなくて良いよ。あの子は僕が引き受けてあげる」
「え?」
 ガシ
「罪滅ぼしだよ。僕はコルセリアを見捨てた」
「そんな事ないだろ?」
 バシ
「そうだよ。僕は何もしてあげなかった」
「ち、小姑の感傷」
 バン!
 フィルの武器が弾かれる。取り落としこそしなかったが、握りが甘くなった。
「これまでにしよう。感傷だと言われるのは解るよ。でも、まあ、年とるとそう言うのも必要なんだよ」
 僕はコルセリアを愛していたんだ。
「側にいられる時は側にいたい」
 フィルは丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」
 いや、小姑もそう言う感傷あるんだ。
「だよねえ。らしくないけど。ま、トラウマあるしい」
 出来る事はしたいんだ。
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