幻想水滸伝 空の羽根〜17
 ミルイヒが取り仕切った廃嫡裁判は、クレイスが家督を継ぐ事に決定した。フィルが用意した資料の為だ。
「で、ソリアスの事はどうなるのかな?」
 円卓の椅子に深く座り、フィルはそこにいる面々に問う。
 席に座っているのは、フィル、キリル、アップル、ミルイヒ、シーナだけだ。
「まさか、あの子がハイランドの血筋だとは思いませんでした」
 アップルはスカーレティシアに来る直前にこの事を教えられた。
「嵌められたらしいね。でも、君を呼んだ地点でクレアスは自分が亡くなった時の事を考えていたのかもしれないな」
 アップルは俯くだけだ。
 彼女は嵌められたとは思いたく無いが、事実上、敷かれた轍に乗った事になる。
「都市同盟の方はまあ、平和だと言えるけど・・・ハイランド復興なんて考える人間がいないとは言えない。あの子は危険だ」
「・・・でも、あんな小さな子を・・・」
 いきなり放り出す事は出来ない。と、アップルは言葉にはならないが、目で訴えた。
「所でミルイヒ」
「はい?」
「クラウス家の所有地の事だが、銀鉱脈だと言っていたが、紋章片や紋章球の可能性があるんじゃないかな?と、思うんだ。クレアスにはその才があったようだ。彼は持病にかかっていた。まあ、死に至る程の病では無いが、山歩きをしてふいに身体を壊してそのまま逝ってしまったらしい。クレイスに教えてやってくれ。紋章片の方なら紋章師の分野だ」
 彼は大々的な銀鉱脈開発には乗り気では無いらしいから。
「え?そうなんですか?」
「クレアスの弟だ。兄の意思は継ぎたいはずだ。紋章師に関しては、レパントが相談に乗ってくれるだろう」
「解りました。しかし、ソリアス殿は?今後の身の振り方を考えないと」
 ああ、そうだな。
「一応、廃嫡裁判の判決を伝え、二人の身の振り方を決めよう。しかし、ソリアスの事はクレイスには重いらしい。特に含む事がなくても、供にはいられないだろう」
 フィルは席を立つと、案内を請う。
「ゆっくり休みたいんだ。あ、小姑と同じ部屋にしてくれない?」
 はあ?小姑?
「僕の名前はキリルだよ。誰が小姑だよ。それを言うなら、僕だって言わせてもらうけど。弟の間男だって」
 う、間男?
「・・・解った。キリルと同じ部屋でお願いする」
 希望は叶い、フィルはキリルと同じ部屋に入った途端、にへらと笑う。
 トランの英雄が、だらしない。
「間男って響き、良いなあ〜」だ。
「変態」
「何とでも。だって、一目惚れだからね」
「ああ、そう言えば、テッドも一目惚れだって言ってたな。でも、紋章のせいで何も言い出せなかったって。ラズロが自分を頼るまでって」
 僕は今だ詳しい事は知らないんだけどね。
「ソウルイーターは近しい者の魂を屠るから。でも、テッドは俺に会った頃はこれを使いこなしていたんだよ。多分、ラズロと二人で紋章の事を調べてまわったからだろうな」
 真の紋章が二つ揃うと某かの力を引き出す事が出来るのかもしれないな。
「何?」
「紋章は・・・相対を為すように出来てる。裏と表、陰と陽、光と闇。キリルが言ったんだよ」
 真の紋章が二つ揃うと対極をなすのかもしれない。
「まあ、僕はそう言ったけど・・・それが正しいとは思って無いよ。僕には真の紋章なんてないし・・・。でも、テッドなら知ってたかもしれないなあとは思う」
 彼が紋章を使いこなしていた当たり、ラズロとの関係に何かあるのかもしれないね。
「その辺は置いて置くとして、どうするんだよ。今後」
 キリルの言葉使いがぞんざいになって来ている辺り、彼もいらいらとしているらしい。
「ソリアスの事、どうするんだ?まだ、あんなに小さいのに」
 フィルはその様子を見て、ふと呟く。
「もしかして、トラウマあるの?子どもの皇族に」
 途端に、ギロンとキリルの目が鋭くなる。当たりらしい。
「ラズロから聞いてないのか・・・」
 ふっとキリルはため息を吐いた。

「クールーク皇国って知ってるだろ?赤月の隣にあった国だよ。その最後の皇女が僕の知り合いだ。国があちらもこちらもばらばらのパズルの中で、彼女は国を瓦解させる事を選んだ。人が飢えない為にね」
 ラズロが群島で起こした戦いは、クールークの南進植民地を避けるだけの戦いだったんだ。
「南は商人の国で、島国だから海を渡る間の拠点に良かった。それがクールークが疲弊する中で選んだ選択だよ。もっともその選択事態は一部の貴族によって強引に行われた事だけどね」
 フィルは頭の巡りが早い。
「ちょ・・・それって、ラズロは・・・」
「君の頭の回りが早くて素敵だね。でも、ラズロの事はどうか勘弁してくれ。だって、僕も彼を利用した口だから」
 キリルは静かに頭を下げる。視線はフィルの紋章に向けられている。
「ラズロは紋章を持っていた故に巻き込まれたんだよ。いや、ラズロ風に言うと、移ろっていた罰の紋章は自分を探していたんだろうと言ってた。真の持ち主を」
 許しの人らしいよね。彼は人の祈りと懺悔を聞く。
「これはテッドから聞いた話だよ。ラズロは僕には何も話してくれなかった。テッドが言うには、彼は残り少ない自分の一生に全てをかけようとして生きたんだって。最後くらい自分の意思で生きようと思ったんだろうね。彼の人生の殆どは自分の意思のままならないものだったから」
 実はラズロに最初に会った時、僕は彼のそんな事情を微塵も知らなかったんだ。
「後に聞いたんだけど、最初から知ってたらキリルは来なかっただろ?と、言われたよ。リノ王もそれを考えて僕に何も言わなかったらしい」
 ちょっと話がずれたから戻して良い?
 キリルの言葉にフィルは頷く。
「コルセリア、クールークの最後の皇女の名前だよ。僕は彼女が僕を捜していると知っていて、最後まで顔を見せなかった。彼女には頼りになる叔母や叔父や老師シメオンがいたけど、国を瓦解させるのは大変な事だったと思うよ。彼女は地方の街々を廻って、そこを統治するに相応しい者を選んで・・・僕は・・・その後ろ姿だけを眺めていたよ」
 キリルの心は過去に飛んでいる。その表情も夢を見るようだ。
「死ぬ間際に彼女の枕元に立ったよ。彼女の心はちょっと拗ねて、私、がんばった?って聞いてくれた。皇女である彼女は僕の答えを聞いて安らかに亡くなったよ」
 ふうと、キリルはため息を零す。久々の重い余韻に身体に力が入ってしまった。
「成る程。小姑のトラウマは解った・・・あ、でも、一つ言わせてくれ」
「何?」
「ロリコン」
「・・・ちょっと、人の感動的な話に何ちゃちゃ入れてるんだよ。この間男!いや、違う。ストーカー!」
 やってられないよ。
「小姑はそれくらい元気な方が良い」
「ああ、そうですか〜!・・・でも、真面目な話、どうするの?あの子」
「一番やっかいな事はハルモニアに知られる事だな。あの国は多くの工作員を放ってる。ハイランドの新しい皇王なんかに押されたら又、戦争が起こる」
 平和になったばかりだと言うのに。
「都市同盟とハイランドの戦争。あれから3年だ。俺の戦争からは6年そこそこ。トランだってまだ、痛手が多い」
「でも、あの子には何も関係が無いじゃない?理不尽だ」
 フィルもこんな事は言いたくないのだ。
「でも、世の中は理不尽で満ちているんだ。キリルも解ってるだろ?」
 ラズロが巻き込まれた戦争は?キリルが追っている紋章砲弾は?
「そうだね。でも、幸せにしてやりたいと思うのはエゴかな?」
「そんなわけ無いだろ。偽善と言われようとしないよりましだ」
「だよね」
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