幻想水滸伝 碧の行方〜1
「仲間にならないか?」
 僕はスノウを失いたく無いんだ。
 ラズロの縋るような後ろ姿をテッドは遠くから眺めた。
 その姿から見ても、スノウがラズロにとってとても大切な存在である事は解る。
 だが・・・違和感。
 聞けば、ラズロを故郷から追い出したのは彼だと言う。彼の親が流刑船にラズロを乗せたのだと言うのだ。
「それも僕の運命だったんだよ」
 そんな運命なんて糞喰らえだとはテッドには言えなかった。
 お互いに運命に翻弄される人生だ。
「僕は元々海から来たから、海に戻っただけだった。でも、僕の事を友にと選んでくれる人がいた。それはラズリルから僕が得たものだ」
 多くは望まない。
 でも、今生きてる人を幸せにはしたいんだ。

「流石に初めてが野外じゃあなあ」
 ラズリルの領主の館の庭でテッドが苦笑を零す。
「宿に泊まるか?」
「あ・・・う〜ん。ここに泊まっちゃ駄目かな?リネンも洗えば直ぐに乾くし、食事も街から買ってくれば・・・」
 ラズロの言葉にテッドは頷くと、
「じゃあ、食料を買って来るよ」
 テッドはラズロの頭を撫でると背を向けた。ラズロは使用人部屋だった場所を覗くとあちらこちらの棚を覗いて見た。
「綺麗なリネンもあるよね。ちょっと掃除すれば上等だよ」
 ああ、そうだ。
『昔もこうやって掃除したんだ』
 昔・・・そんなに昔でも無いのに、とても遠いような気がするな。
 埃をはらい窓枠だけの窓を開ける。
 青い空には鳥が舞っている。
「ああ、そうか・・・僕は・・・何時でもここに戻って来る事が出来るんだ」
 あの鳥のように自由に。

 テッドが買って来た荷物をラズロは覗く。
「ハムとチーズとパン、ミートパイにワインにアップルソーダ、魚の卵の燻製。後は、ラム酒ずけの果物のプディング」
 豪勢だろ?
「うん、凄いご馳走だよね」
「掃除も出来てるし、ちょっと早いけど、始めようか」
 晩餐を。
 テッドはワインを取り上げると、飲もうと封を切った。

「今更だけど、何でスノウの事を許したんだ?」
「スノウは間違った事をしてないからだよ。彼は何時でも自分に正直だった。僕は・・・何時でも自分に嘘をついてた。叫びたくても罵りたくても、僕は何時も自分に嘘をついた」
 テッドと同じだよね。
「アホかと言いたいけどな。今更だしな」
 正直には言えない理由もあるからな。薄情と言われても。
「うん、そうだね。ラズリルの人は誇り高いから、スノウが戦うと言えば、きっと一人残らず戦ったはずだよ。彼らはスノウにそれを期待してた。だって、ラズリル海上騎士団だからね」
「だが、戦わなかった。それが良い事か間違いかは誰にも解りようが無いな」
 俺は逃げ続ける人間だし。
「もしお前がいたら、スノウは戦う方を選んだかもしれないな」
 テッドはワインを含むと口の中で転がした。
「うん、多分」
「そして、この街は焼けてたよ。この豪勢な食事とともにね」
 美味しいね、このチーズとハム。
「ああ、美味いよな」
「僕・・・テッドにあんな事を言ったじゃない」
 ああ?
「得た物も多いって」
「ああ、あれか」
「うん。得た物は多いよ。でも、変わりに失った物も沢山。団長を失ったし・・・団長は僕には思い入れの深い人だ」
 憧れてたし。
「今から思えば、あの時は強がっていたと思う。だってどんなにあがいてもこの紋章からは逃れられないんだから。だから開き直ってたんだと思う」
 でも、僕・・・生きていたいよ。
「俺にはお前はこの空を支える柱に見える。たった一人でこの崩れそうな均衡を保っている。だから俺はお前の側にいたい・・・」
 お前の死に先があるならそれを支えてやりたいよ。
「あの船から連れ出してくれたんだからな」
 あの船にいる間は、確かに何も無かった。たゆとう時間に身を任せて彷徨っているだけだった。でも、終焉は来ない。
「テッドは終わらせたいんだ」
「うん、終わりと言うか人を探してるんだ。その人に会えば、俺の旅も終わるんじゃないかと思う」
 その人には150年程前にただ一度だけ会った。
「その一度だけの邂逅なんだけど・・・口では言えないんだけど、何時か会えると思うんだ」
 それがその人なのかその人の子孫なのか、それとも生まれ変わりなのかは解らないけど。
「会えるよ。絶対」
 それまで僕が旅の供になるよ。
「テッドの事を好きだから」


 ロリマーから帰って来たフィルは、ラズロの家を追い出された。理由は簡単で、クレアスがラズロの家に住んだ為だ。
「だって、言ったでしょ?僕が面倒見るって」
 キリルは再びラズロの家の下宿人になった。
「僕も賑やかな方がアスの為にはなると思うんだ。子ども達と一緒に遊ばせてあげたいし」
「え〜俺は住んじゃ駄目なの?」
 あんなに働いたのに。
「確かに良く働いたんだけど、この家はそんなに広くないし」
「じゃあ、同じベッドで」
 言い終わらない内に、ラズロに口を塞がれる。
「はいはい。ベッドはシングルだから駄目」
「じゃあ、ダブルに・・・」
 部屋が狭くなるから駄目。
「良い大人がそんな細かい事でぐだぐだ言わないの」
 ラズロに言い切られて、フィルは肩を竦める。
「ち、通いかあ」
 ま、いっか〜。
「アスの事、毎日見に来るからな」
「はいはい。お願いします」
 そう言えば、
「シュウさんが総領邸に来るんじゃなかった?」
「ラズロ、シュウを知ってるの?」
 顔が広いラズロだからあり得るが、以外だ。
「交易の事でちょっと知り合いだよ。シュウさんが来る時に合わせてくれない?」
「そりゃあ、良いけど」
 ラズロの頼みだから。
「又公に顔出す事になるから覚悟した方が良いよ」
 ああ、そう言えばとラズロがぽんと手を叩く。
「クワンダ将軍が会いに来てくれたよ」
 はあ?クワンダが?
「うん、フィルがいない時にね。報告がてらにだって」
 ち、油断も隙も無い。
「あ、安心してね。手合わせはしてないから。フィルが焼き餅焼くからって言ったら、目を丸くしてたよ」
 驚いたって。
「はああ、家に帰るかあ」
「たまにはグレミオさんに孝行するのも良いでしょ?」
 それにこの所、働きづめだしね。
「お休みもらってもバチは当たらないよ」
 あ、そうそう。
「何?」
「今度、竜騎士の城に連れて行ってよ」
「良いけど。どうして?」
「竜に会いにだけど?」
 その言葉にフィルはあれ?と、首を傾げる。
「先代のヨシュア殿とは知り合いだよ。あちらはまだ行ってないからね」
 まあ、ヨシュア殿と知り合いだったのはテッドだけど。
「テッドが?」
「遠い昔だよ」


「竜の城?」
 ラズロの言葉に、テッドは頷いた。
「そ、竜騎士団の城。竜騎士団の団長は竜の紋章を持っている。これは異世界から召還した竜の生命を維持する紋章だそうだ。竜と心を通わす事も出来る」
 竜はこれが無いと生きられない。
「異世界から竜が来るの?」
「俺はそう聞いている。竜の紋章はもっとも公にされている紋章だ」
 真の紋章では珍しく、使う用途が明らかだ。
「竜の為の紋章だ」
 ラズロと別れた後に竜騎士団に行ってみた。
 あの山超えは大変だったけどな。
「今の騎士団団長はヨシュアって言うんだ。なかなか良い青年だったよ」
 竜の巣を案内してくれて竜に乗せてくれた。
「テッド、竜に乗ったの?」
 ラズロは興奮してテッドの顔を覗き込む。
「うん、凄く空が近かった。鳥になるってあんな感じを言うんだと思うよ」
 ただ揺れるから酔う人もいるみたいだけど。
「じゃあ、僕は乗っても平気だよね。酔いに強いし。いいなあ、乗ってみたいなあ」
 その言葉を聞いたテッドは悪戯ぽく笑う。
「じゃ、行ってみるか?」
「え?」
「竜洞騎士団へだよ」

「それで、竜洞騎士団に行ったの?」
 フィルの問いにラズロは頷く。
「うん、行った。竜にも乗せてもらったよ」
「へえ、俺も乗せてもらったけど、最初は恐かったよ。魔術師の塔に行った時はもうテッドは乗った事あったんだな」

 深い深い山の中だ。
「テッド、遠いね」
 根を上げたわけでは無いが、海育ちの自分はこんな山の中は初めてだ。
「きついか?」
 確かに足の張りがキツイような気がする。
「ちょっと・・・かな?」
 じゃあ、今日はここで休もう。
 そう言って、テッドは野宿の準備を始めた。
「ほら、もうちょっと側に寄らないと寒いぞ。ここは、群島諸国と違うんだからな」
 テッドは毛布を広げるとラズロを引き寄せる。お互いの温もりが気持ち良い。
「明後日あたりには竜洞に着く。ヨシュアに取り次いでもらおう」
「竜か。本当に竜になんか乗れるの?群島にも竜はいたけど」
 あれが人を乗せてくれるなんて思わなかったなあ。
「それが竜の紋章だ」
「竜の紋章か。それって群島の竜にも使えるのかな?」
 テッドはさあなと肩を竦める。
「異世界から召還した竜だからな。群島の竜とは違うんじゃないかな?」
 それより・・・。
 テッドの手に力が籠もった。
「いいか?」
「・・・うん」

 テッドの言葉の通り、2日後には竜洞に到着した二人だ。
 ヨシュアに伝言を頼むと、驚いた事に本人から迎えに来てくれた。
「久しぶりだ。テッド」
「やあ、元気だった?」


「ふうん、まあ、テッドは長生きだからヨシュアの知り合いでも不思議じゃないけど。徹底して秘密主義だよな。あいつは」
 フィルのぼやきに苦笑する。
「しょうがないよ。僕だって全部知ってるわけじゃないよ。テッドの事は」
 で、ヨシュア自ら迎えに来た後は?
「ええと、色んな話をして、竜に乗せてもらった」
 楽しかったよ。
「だからね。ヨシュア殿に伝えてあげたいんだ。フィルの事、テッドの事、僕の事。あの人は安らかに眠っていると思うから」
 蒼海の瞳が静かに伏せられると、口元に淡い笑みが浮かぶ。
 こんな時、フィルは思う。
 何時か自分も懐かしく笑える時が来るのだろうか?
 今はまだ昔を振り返る事が出来ないが。
「ラズロ〜。お腹空いたよ」
 振り返るとキリルとクレアスが立っている。
「え、もう、夕方?ごめんごめん」
「たまには屋台の食事も良いと思って、二人で買って来たんだよ」
 キリルの手には紙袋が抱えられている。
「あ、フィルも食べる?」
「喰うに決まってるよ。アス、どうだった?ここの屋台」
 クレアスは勢いよく頷くと、
「美味しそうだったよ。賑やかなの」
 そっか。良かった。
「じゃあ、スープでも作って。食べようか」
 ラズロの声に三人はテーブルを片付け始めた。
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