幻想水滸伝 | 空の羽根〜14 |
時は戻って、フィルがグレッグミンスターからいなくなって、暫くするとキリルが顔を出した。 「恋人は出かけちゃったんだって?」 「まあね。呼ばれたとか言うんだよ」 どう思う?キリル。 「でも、異状は感じないんだろ?」 ラズロの態度を見て、キリルは確信する。 紋章とも長い付き合いになると、気に入ったと言うか付き合いの長い紋章の事は紋章を通して解るらしい。 「ないね。少なくとも僕は呼ばれた感覚は無かった。彼だけだ」 「ふむ。じゃあ、どうしよう?お兄さんにお手伝いする事あるかな?」 キリルがおどけて言った言葉に、ラズロは迷う。 「ううん、どうしようかなあ?」 取り敢えずはお茶でもいれるね。 ふくよかな香りのお茶を楽しみながら、ラズロがため息を吐く。 「ところで前々から聞こうと思ってたんだけど」 「ん?」 「何であんな子を恋人に?あ、いや、彼が悪いと言うわけでは無いよ。やっぱり・・・テッド絡み・・・と言うのは失礼な言い方だけど」 気にしないよ。 「テッドの事は否定しないけど、それだけじゃないよ。うん、天魁星の孤独を知っているのは・・・やはり天魁星だ。同情だと言われるかもしれないけど、僕はね、父親さえも殺さなければならなかった彼の孤独を埋めたいよ。勿論、彼にはグレミオさんやクレオさん、パーンさんがいる。でも・・・」 「解るよ。それは」 僕だってラズロがいるからここにいるんだから。 「駄目?」 悪戯ぽく笑うラズロにキリルは微笑みかえす。 「僕は良いんだけど、向こうは小姑と思ってるらしいよ。邪魔って顔に書いてあるくらいだし」 じらすのもほどほどにしないと、往来で襲われかねないよ。 「うん。肝に銘じておくよ」 やっぱり、キリルの力を借りるよ。 「たまには弟の力になってあげたいんだよ。お兄ちゃんもね。借りばかり作ってるからね」 そうかな?助けてもらうばかりだと思うんだけど? 「そんな事ないよ。ラズロが僕にくれたものは一生かかっても返せないくらいだよ。まあ、僕の一生ってどれくらいなのか解らないけどね」 「今日はゆっくりして行けるでしょ?」 「そうだね。久々にラズロの手料理が食べたいし。ここで一泊もしないうちに発つのは、フィルに悪いしね」 「何でここにいるの?」 目の前の小姑に、フィルは愕然とする。 何でカゴを持ってるんだろ?と。 「愛する恋人からの差し入れだよ。遠慮なく受け取って。あ、受け取り伝票にはサインをね」 その言葉に、フィルはカゴをひったくると覗き込んだ。 「あ!!」 「竜を使わせてもらったから、古くはなって無いよ」 中には大きなミートパイが入っている。 「わわあ・・・凄い」 フィルがくるくると回っている隣で、キリルはアップルに挨拶をした。 「キリルです。ラズロの兄・・・のようなものです」 「はじめまして。アップルです」 「フィル君が何やら心配と言う事なんで、僕が変わりに来ました。なんなりとお手伝いさせて下さい」 キリルの丁寧な口調に、アップルは慌てる。 「ありがとうございます」 ねえねえ、これ、食べて良いんだよね。 フィルは隣でせっつくのだが、キリルは無情に、 「まだ、受け取り書いてないだろ?もう、ちょっと待って」 受け取り表は? 僕の懐の中だと、言うや否や、フィルはキリルの服をはぎはじめた。 「どこ〜」 「ああ、うるさいなあ。もう、食べて良いから。受け取り表はこれ、ラズロから」 言い終わらない内に手から手紙が消える。 「それ、読んでまってて。僕はアップルさんと話をするから」 「ふむ、そうですか。で、あなたはその子の味方なんですね。それで良いんですよね。立場的には」 僕は第三者ですから、味方するとなると基準が欲しいので、変な聞き方ですいません。 「ええ、そうです。彼には味方がいませんから」 「僕も8才の子に味方しない人はいないと思います。が、もし彼が血族で無いと解っても味方してあげるんですよね」 アップルは胸をはるともちろんと頷いた。 「・・・感激だなあ」 とは、アップルに言った言葉では無い。 フィルが涙ぐみながら、ラズロのパイを食している感想だ。 「あ、アップル。お茶、お代わり」 サスケが持ってきた報告書に、フィルは眉を上げる。 「これは出所確かだね」 「はい。確かめております」 ふう。当たって欲しくない事はあたるんだよね。 「で、どうされます?」 公にするか否かと言う事だろう。 「勿論、公にするよ。廃嫡裁判だからね。事実資料としてはしょうがないからね。でも、まあ、彼を前領主が実子として育てたと言うのは変わらない事実だし、2年前から当主だからね」 そうだ、サスケ。お腹空かないか?俺がとっておきのもの上げるから。 「何ですか?」 「俺の恋人の手作り料理。手出して」 サスケは素直に手を出すと、フィルはそこにひとかたまりのクッキーを置いた。 「恋人?」 「そう、ラズロからの差し入れ。俺の小姑が持って来てくれたの」 わけが解らない?と、サスケは首を傾げる。 「まあ、食べて食べて」 はい。 「・・・美味しい」 「でしょ?料理も上手なんだ」 「フィルさま・・・」 「ん?」 「カスミ姉の事・・・あ、すいません。ぶしつけで」 「良いんだよ。初恋は実らないって言うだろ?だから、まあ、そんなものさ。カスミに宜しく。僕にも恋人が出来たって聞いたら、ちょっとは安心するかな?」 サスケもそう思わない? 「サスケは幾つになったんだった?随分背が伸びたね」 年齢を聞いてフィルはため息を吐く。 「そっか。もう、並ぶと俺の方が年下に見えるな」 変わらないと言うのはどう言う事なのか、サスケにはぴんと来ない。でも、自分の背がトランの英雄を追い越したのは解る。時は流れるのだ。 「本音を言うとちょっとだけ安心してるんだ。ほら、今のサスケは俺より背が高いだろ?それだけ時間が流れたんだ。3年ならさほど違いは無いけど、もう、カスミは二十歳を超えたし、君は大人になった。ほらね、違いが歴然だろ?」 さあ、もう行って。引き留めて悪かったね。 「では」 でも、俺達は貴方の事が好きですよ。 「ありがとう」 「黙って立ち聞きとは人悪いんじゃない?」 ねえ、キリル。 「そう?遠慮してあげたんだけど?」 一応ね。 「ラズロが言ってたんだけど、天魁星の孤独は天魁星にしか解らないそうだよ」 「そんなに深刻なものでも無いんだけど。ラズロが言ってくれるなら嬉しいな」 「僕は真の紋章なんて持ってないから、何も言えないけどね。でも、ずっとラズロの友達でいられる事は嬉しいね」 僕はこの世にただ一人しかいないからね。 「ラズロの事、好きなんだ?」 「うん、大好きだよ。まあ、僕、人じゃないから、そう言う欲とか全然無いんだけどね」 え?と、フィルは意外な事を聞かされて戸惑った。 「うん、生殖本能?が無いんだよ。同種族じゃないからかもしれないけど。だから、心配しなくてもラズロとは何もないよ。君やテッドは人だったから、その手の欲もあるだろうけど」 僕の父はこの世界の人だったよ。母は異世界の人だった。僕の身体はどちらかと言うと魂が形を持った物らしいんだ。 「そうなんだ?」 「まあね。だから、綺麗な魂の側にいると安らぐ。それが性交と言うならそうなのかもしれないね」 フィルの側にいても安らげるからね。 「・・・どうも」 「僕の母は死者の声を聞けた。でも、母はこの世界ではしゃべれなかったから、僕を産んだんだと思う。僕をあちらの世界からこちらに返してくれた時、母は僕にその能力もくれたんだ」 「・・・死者の声が聞こえるの?」 ずくりと右手が痛むような気がする。 「聞こえるよ。明確な意思があるものはね。でも、直ぐに四散してしまうものが殆どだし、君の手からは聞こえない。それは死者を守る砦だと僕は想っているんだ」 砦?牢獄だろ? 「牢獄かどうかは、君がその紋章の謎を解けば良いよ。生と死を司る紋章のね」 はあ〜と、フィルはため息を吐く。 「小姑は容赦無いね」 「それも僕の仕事の内と思ってよ」 |
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