幻想水滸伝 空の羽根〜13
「いやあ、アップルがいるとは驚きだったなあ」
 シーナの呟きに、フィルは肩を竦める。
「ちょっと嵌められた気にはなるね。で、君とアップルの仲はどうなんだい?」
「きついなあ。アップルはシュウさん一筋って感じの人だから、俺なんて軟派な奴は嫌なんだろ?」
 そうかな?
「しかし、これからどうする?廃嫡裁判は良いんだけど、従兄弟殿が兄を殺したと言うのは何なんだろう?それに、元々の家督はそいつの方が優先されるだろうしな。現当主の年の事もあるし」
 子どもに当主は出来ないだろう?
「そうだな。10才ならまだ解るんだがなあ。まだ、8才じゃあ、どうにもならないし」
「何で、10才だと良いんだ?」
「俺は10才には次期当主として、周りから承認を受けていた。前例を俺が認められる。まあ、俺の周りにはグレミオやクレオ、パーンがいたからな」
 それに、俺の家は軍人だったからな。若くして家督を継ぐ事もあるだろう。
「なるほどねえ」
「しかし・・・」と、フィルは頭を下げる。
「あ?疲れたか?」
「いや・・・俺は何でラズロを連れて来なかったんだろう?ここ、なかなか良い景色だと思わないか?」
 確かにのどか過ぎる程綺麗な景色だ。
「・・・寂しい・・・とか?」
「ああ、寂しい。折角、手を伸ばせば触れそうな位置で寝てたって言うのに、何でこんなむさい男と寝るはめになるんだか」
 しょうがないだろ。相部屋なんだから。
「ふ、これだから。シーナは。一つ屋根の下にアップルもいるんだから、君はそちらに行けば良いだろ?」
 シーナは無言でマクラを投げつけた。
「嫌がらせか!んな事出来るわけないだろ」
「ふ、これだから・・・」
 その間は何だ?!
「まあ、むさくてもしょうがないな。ラズロ、俺はがんばってるよ。お休み〜」
 と、何処から取りだしたのか、小さな肖像画にキスを送ると、フィルは夢の住人になった。
 残されたシーナは、今更一つ屋根の事実に気がついて、眠れなくなるのだった。

 翌日、フィルとシーナ、アップルは件の鉱脈の場所に来ていた。小高い丘の上から指さして、アップルは説明する。
「あの峰の端から、こちらの崖のように見えるあたりと、この方角を三角に切り取ったあたりが、銀鉱脈のある辺りだそうです。質的には良質だと言う事なので、採掘さえ出来れば、資金にはなります」
 ただ、こんな田舎ですから、人手もそれに使える工具も何もありません。
「ふむ、しかし、ここを開拓するのは、この風景を壊してしまわないか?」
 鉱山を開設するとなると、人手その他もろもろで、今のような美しい風景は損なわれるよ。
「・・・そうですね」
「クレアス殿は賛成だったのか?」
 開拓する方に。
「・・・それは・・・何とも」
 銀鉱脈が見つかった時は喜んでいたんですが、色々考えていたようです。
「ふむ。その辺りに兄弟の齟齬があったと見るべきかな?」
 ねえ、そこの方。
 フィルが後ろを振り返ると、青年が立っている。
「クレイス殿・・・」
 アップルの声にフィルはこの人物が誰か解った。
「こんにちわ。私はミルイヒ殿より視察を預かりました者です」
 フィルの言葉に、
「初めまして、トランの英雄殿」
と、クレイスは答えた。
「まあ、そうですが、今はミルイヒ殿の代理ですよ。裁判には公正な資料が必要ですから」
「その通りです」
 では、失礼します。と、歩き去る青年の背にフィルは声をかけた。
「貴方は鉱山開設に賛成なんですね」
「もちろん。この田舎にふって湧いたような財産ですから」

「さて、アップル。どうしよう?」
 これからどうすれば良いかな?
 フィルはアップルの顔を見て、首を傾げる。
「ええと、フィル殿は?どうした方が良いと?」
 俺はミルイヒの代理だからね。今は君が采配をふるう時だよ。で、取り敢えず、俺はミルイヒの所に帰る。
「彼に報告が必要だからね」
 廃嫡裁判がどうなるかは、置いておくとしても、どうだろうね。
「ここに鉱山を開設した方が良いと思うか否か。もし、国の力を借りるとしたら、かなり大規模な物になる。そんな事はここの人は望んでないかもしれない」
 当主殿はどうだろうね?
「かりにも跡継ぎだ。何か考える事があるんじゃないかな?」
「どうでしょう。今は混乱してるみたいですし。クレアルが亡くなったのもショックですし」
 小さな子どもには父親の死と従兄弟の死は酷な事だったろう。
「そう言えば、あの子の母親は?」
 亡くなったのかい?
「いえ、行方しれずなんです。何でも身分違いのと言う事で、彼を産んでから直ぐに何処かに行ってしまったらしく・・・」
 その辺・・・突っ込んで良い所かもしれないよ。アップル。
「カスミの配下を呼んで手伝ってもらおうか」
 俺からは何とも言えないんだけど、あの子、本当にクラウス家の血筋なのかい?
「!そんな」
「何でも疑って見るのが軍師だろ。杞憂で終わればそれでよし」
 何と言われようと裁判には証拠がいるからね。もし、あの青年があの子の血筋を覆すような事があれば、裁判には負ける。
「解りました」
「首を突っ込んだ以上、俺も責任がある。まあ、シーナは酷使ってもかまわないから。せいぜい働いてもらうと良いよ」
 ひでえ。
「ラズロさんに言いつけるぞ」
「ラズロは能力主義だから、何も言わないぞ」
「あ、あのう・・・ラズロさんて、何方ですか?」
 アップルの声にフィルは胸を張る。
「俺の恋人〜」
「未満だけどな」
 シーナの突っ込みに
「いずれ恋人だから良いんだ」
と、フィルにしては珍しい答えをする。
「綺麗で料理上手で、後、双剣の使い手。で、紋章も上手い」
 まさに才色兼備な人。
「元人妻だけど、すげえ、人なんだ」
 シーナの説明に、フィルはうんうんと頷いている。
「そうなんだ・・・元人妻だったんだよなあ。あの人」
 ほろりと零す声が寂しい。
「でも、フリックみたいに報われないわけじゃないぞ。俺の恋は」
 確かに。
「押しかけて行っても文句言われなかったしな。今は一緒に住んでる」
 アップルとしては初耳なので、驚くばかりだ。
「ええと、何だか凄い人ですね」
「うん、凄いんだ。双剣は俺でも勝てないくらい強いし。紋章なんか魔法使いも及ぶまいと言う程なんだ」
 でれでれである。
「アップルも一度会いに来てよ。群島の歴史に詳しいからきっと気にいるはずだよ」
 ふんふんと鼻歌まで歌いそうなフィルに驚いたアップルはこっそりとシーナに耳打ちする。
「何者なの?」
「一言で言うなら、テッドの恋人。で、フィルは後釜狙ってるの。わりと上手く行きそうな恋だけど」
 ま、フィルだしい。
 くしゅん。
「今、誰か何か噂した?」
 グレッグミンスターで、くしゃみをするラズロだ。

 さて、フィルはミルイヒの居城であるスカーレティシアに帰って来た。一応、帰って来た事になっている。
 と、言うのはシーナに押しつけて一人トンズラしたからだ。
 トンズラ先と言うより、最初からスカーレティシアには帰って無かった。
「ま、ばれるかもしれないけど、いても良いだろ?」
 隣ではアップルが嬉しいような悲しいような複雑な顔である。
「シーナに頼んでおいたから、カスミにも連絡を付けてくれるだろう。竜は常にグレッグミンスターに一頭は駐留してるしね」
 さて、アップルの考えはどうなの?
「そうですね。もし、ソリアスさまが血が繋がっていないのでしたら、やりずらいですね。前領主さまは、なかなかの人物だったようですけど」
「可もなく不可もなくだね。ああ、ごめん。そう言うつもりでは無いんだよ」
 微かに顰められた顔に、フィルは謝る。
「いえ、その通りです。そんなわけですから、この辺境の村は発展性を望めなかった。そこに銀山の話題です」
 あの一帯は、クラウス家の持ち物ですから。
「他に親戚はいないの?」
「いません。私が知る限りでは」
 ふうん。
「って言う事は真っ二つに継承権は別れるのか。いっそ、折半の形にすると良いんじゃないのか?」
「それでは国の援助は受けられないですよ」
 ごもっとも。
 さてさて・・・。
「いや、困ったねえ。そう言えば、本宅はどうしたの?ここ、別邸でしょ?」
「廃嫡裁判が終わるまで差し押さえです。でも、あちらの方がこちらの屋敷より狭いので。古くてもこちらの方が広いんですよ」
「あの子はどうしてるの?今」
「村の女性が見てくれてますよ。村の中であからさまに捕まえたりする事は無いでしょうし」
 気苦労多いね。
「それはそうと、ラズロさんのお話を聞かせてくれません?一体、誰なんです?その人」
「え、俺、言わなかった?俺の恋人」
 にしたい人だけどね。今現在の状態は。
「ではなくて」
 フィルはアップルの前で人差し指を立て、口を封じる。
 右手でだ。
「群島の歴史に詳しいって言っただろ?軍師殿」
 アップルはぽかんとしていたが、たちまちのうちに顔を赤くする。
「・・・そんな言葉で解るわけ無いでしょ!」
「そうかな?最大のヒントも入れてたのに?テッドの知り合いだって言ったでしょ?マシューからテッドの事聞いてたでしょ?」
 精進しないとね。君を頼りにする人も沢山いるんだから。
幻水目次へ 12へ14へ