幻想水滸伝 空の羽根〜12
 船と馬を使い、スカーレティシアの城に入った一行は、暫しの休息を取る事にした。
「何か変わりは無かったか?」
 ミルイヒの部下は細かく説明をしていたが、件の事については、特に進展は無かったらしい。
「一応、銀鉱脈を見てこようと思う。俺とシーナだけで良いだろう?」
と、言うフィルにミルイヒが慌てる。
「私もまいります」
「いや、ミルイヒ将軍はここで待っててくれないか。その変わり、貴方の代理だと言う証が欲しいな」
 尚もしつこく食い下がるミルイヒだったが、身軽に動けると言う説得を受けて頷くしかなかった。
「では私の紋章入りの指輪を証に」
 そう言って、取りだしたのは紋章の真ん中に大ぶりのルビーがあしらっている指輪だ。
「ありがとう」
 くれぐれも気を付けてくださいね。お二人とも。
 何かあったら直ぐに知らせてくださいよ。
「ミルイヒもわりと過保護だね」
 フィルとシーナは顔を会わせると大笑いした。

 さて、それからは二人の道行き。ミルイヒの用意してくれた馬は、なかなかの駿馬だ。
「流石だよな」
「でも、馬ばっかりじゃあ、尻が痛いけど」
 俺、あんまり馬に乗らないんだよね。と、シーナはぼやく。
「俺もだよ。普段は乗らないけど、群島に行くときは馬船馬船と忙しかったなあ」
「あ、群島に行ったんだ」
「観光じゃないけどね。ラズロが用事があったから」
 一ヶ月って強行軍じゃないかなあ?
「え?そんなに短期間で群島までトンボ帰りか?」
「ラズロはその期間で帰れるって言う自信があったみたい。現に一ヶ月で帰って来たよ。流石に僕らみたいな丈夫な人で無いと無理ぽいと思うけど」
 風の紋章で船操ってたからね。
「あの人、風の紋章も使えるんだ」
 シーナが感心した声を出す。
「そうだね。シークの谷に行った時なんか、火の紋章で道の雪を溶かしたりしてたよ。器用だよね」
 へえ、何でも出来るんだなあ。
 フィルはその言葉でうっと詰まる。
「どうした?」
「いや・・・何でも出来るんだよ・・・確かに」
 ピッキングで泥棒を思い出したのだ。
 いや、あれは、泥棒じゃないから、何と言えば良いのかなあ?
 まあ、世の中色々・・・あるから。
「いや、お前も大変だよなあ。あんなに凄い人に惚れるなんて。俺はお前の事、凄いと思ってたけど、さらに凄いよな」
 ラズロさんは。
「まあな。俺も100年くらいしたら、ラズロみたいになれるかな?とか思うよ」
 まあ、その頃にはシーナは生きてないだろうから、えばれないけどねえ。
「言ったなあ。俺が生きてなくても、俺の子孫は山ほどいるぞ!」
「あ、そう。まあ、がんばってね」
と、だらだらとした道中だった。


「なあ、ティル。後ろの奴はお前の知り合いか?」
「いいや、全然」            
「そっか」
「シーナの知り合いでも無いよね」
「ああ、野郎に知り合いはいない」
 二人は馬を止めると
「じゃあ、遠慮なく」
と、今来た道を全速力で戻り始めた。
 付けていたのは、5人。その殆どはフィルの棍の餌食になった。だが、一応、加減はしたのだ。
「で、何で俺等を付けてたんだ?盗賊かあ?」
 シーナの言葉に、一応は首を振るものの誰も何も言わない。
「ああ、そうだ。じゃあ、これを見せればどうかな?」
 フィルは首からぶら下げていたミルイヒの指輪を見せた。
「僕らはミルイヒ殿に頼まれて、銀鉱脈の調査を依頼されているんだ。妖しいものではないよ」
 にこりと笑うフィルの姿に、シーナは内心で苦笑する。
『出たー。フィルの猫かぶりが』
 しかし、この猫かぶり、育ちが良いものだからとても様になっているのだ。流石、天魁星のカリスマ。
「これは・・・本当にミルイヒ殿からなのですか?」
「これ、意外の証拠なら、そうだね・・・シーナ。君、レパントの紋章か何か持ってるだろ?それを見せてあげてくれ」
 へいへい。
 シーナは腰にぶら下げた剣の柄を見せた。
「まあ、信用云々はおいて置くとして、俺達を付けてた理由を聞かせてくれよ」
 別に信用しなくても良いとシーナは暗にほのめかす。押してだけなら引いてみろと言うのは口説きのテクニックでもある。
「お館さまに会っていただけますか?」
「あなた方が必要とあれば」
 フィルは内心、面白くなってきたと思っている。そのお館さまに会って、懐に飛び込むのもオツなものと。
 シーナの方は空くじ引いたなあとぼやいている。

 さて、二人が案内された所は、結構な広さの屋敷だった。
「ここは?」
「ここは、クラウス家のお屋敷です」
「廃嫡裁判の?」
「そうです」
 へえほおふうんと、フィルは通された部屋を見渡す。なかなかの手入れではあると思うのだが、古びた感じのする部屋だ。
「ここは別邸だったのですが・・・先日、手入れをしまして・・・」
「成る程。随分古めかしいと思ってました。で、お館さまはどちらに?」
 こちらです。と、案内された先の人物が意外だったので、フィルはちょっと戸惑った。だが、一瞬で切り替えると、挨拶をする。
「初めまして、私はフィルと言い、ミルイヒ将軍よりこの地の視察を言いつかったものです。こちらは、シーナ」
 いきなり本名を名乗るか?と、シーナは思ったが、これはフィルのかまかけだろうと、黙っていた。
 この名を知らないほど、世間に疎いものは少ないが、目の前の人物や家来のものはどうも世間にかなり疎いらしい。
 フィルの名前にもシーナの名前にも反応しない。
 トランの英雄など言えば、通じたかもしれないが、フィルはそんな阿呆な事を言うつもりはなかった。
「こんにちわ。ソリアス=クラウスと言います」
 ぺこりと頭を下げるのは、どうみても8才ほどの子どもである。
「ソリアス殿は、お幾つです?」
「はい、8才になりました」
 こんな子どもを政治の道具にするとは・・・。ティルはラズロの塾で遊ぶ子どもを思い出す。
 彼らは裕福では無いが、天真爛漫な明るさを持っている。
「そうですか。とても出来たご挨拶だったので、感心いたしましたよ」
 ありがとうございますと。ぺこりと小さな頭が下がった。
「では、この方の後見の方にお会いするとしましょう。何方ですか?」
 フィルはソリアスの肩に手を置くと、そっと片手で抱きしめる。
 その時にドアを開けて入って来た女性があった。
「!」
 シーナは開いた口が塞がらない。フィルも苦笑いするしかなかった。
「君だったのか」
「ようこそ、遠い所までおいで下さいました。フィル=マクドール殿」
 アップルは礼儀正しく頭を下げると、くすっと肩を竦めた。

「なんで、こんな所にいるんだい?」
 アップルは二人にお茶をいれてくれると、ちょっとあってと切り出した。
「経過を話せば長いんですが、そこは割愛して、実は私ティントに行ったんですよ。で、そこで、資源調査を頼まれたって人と知り合いになったんです。で、何処に調査に行くのかな?と、思ってたら、ロリマーだって言うじゃないですか。それで付いて行く事にしたんです」
 資源調査の結果はご存じですよね。
「銀鉱脈の事だろ?」
「そうなんです。銀鉱脈はたしかにあるらしいです。でも、その調査を依頼したのは、ソリアスさまでは無いんです」
 だろうなあ。
「8才児にそんな事出来るわけが無い。で、誰なんだ?それ」
 では、クラウスの家系を先に。
「ソリアスさまのお父上は、二年前にお亡くなりになりました。そこで、ソリアスさまが当主になったわけなんですけど、何分、とてもお若いですから、後見の方を置いて、当主となったんですよ」
 その後見の方は何処にいるんだい?
「・・・無くなりました。2ヶ月前に」
 フィルは身を乗り出す。
「へえ・・・それじゃあ、廃嫡を争っているのは誰なんだい?」
「後見を申し出てくれたソリアスさまの従兄弟の弟です。彼は、ソリアスさまのお父様の兄の息子です」
 まあ、この地方はこの通りの田舎で、農園経営が主な収益な所だったんですが、クラウス家の領地の山に昔から些少の銀が取れる場所があったんです。
 で、ソリアスさまの後見だった従兄弟殿が詳しい調査をする事を考えたんですよ。
 最初、はかばかしい成果は無かったのですが・・・。
「ふむ、ティントの技師は優秀だからな。ここにかなりの大きさの鉱脈がある事を見抜いたと言うわけか」
 で、何で、クラウス家はソリアスが継いでるんだい?彼の父は嫡男ではなかったんじゃないのか?
「ソリアスさまのお兄様は、若い時にお亡くなりになったんですよ。それで、ソリアスさまの父上が後継になったのです。
「家督を返せと言う事かな?」
「平たく言えば、そうなります。でも、彼には兄上を殺害した疑念はぬぐえません。如何に正統な継承権があろうとも、兄上を殺害したのであれば、譲れません」
 フィルは成る程と呟いて、椅子に身を沈めた。
「しかし、領民が彼を認めれば、それは難しいのでは無いかな?アップル」
 ・・・。
 アップルは少し迷った後に、口に出した。
「無くなったソラリスさまの従兄弟は、私の知り合いだったんです。クレアスと言うんですけど。クレアスは、マッシュ先生の事を知ってて・・・」
 成る程ね。
「君がここに来たのはそれでか」
「・・・でしゃばりなのは解ってたんですが・・・それでも・・・」
 確かに。
「でも、君は8才の当主を見捨てるなんて出来なかっただろうね」
 そうだろ?
「君は戦争の間、マッシュの事で俺を責めていたけど、俺は知ってた。君は軍師になるだろうって事。ハイランドとの戦争では君は軍師になった。君は信じるものの味方をする人だ」 
アップルは昔を思い出したのか、微かに俯くと視線を下げる。
「はい・・・」
「あ、ところで、シュウさんは知ってるの?この事」
 アップルに関しては、わりと過保護な兄だと聞いているので、無断で手を貸したとしたら、後が恐い。
「一応・・・でも、ここまでこじれてるとは知らないと思います。シュウ兄さんは、もし銀鉱脈があるなら、交易に使えるだろうからとは言ってたんです」
 儲け云々はまだとしてもと。
「ふうん、で、ミルイヒの所に廃嫡裁判を持って行ったわけだね。成る程。俺が来るとは思わなかっただろうね」
 ええ・・・。
「シーナは来ると思ってただろ?レパントの性格上、シーナを寄越さないはずは無い」
「でも、何故、貴方が?」
「さあ、ただの気まぐれだよ」
 さあて、話も聞いた事だし、問題の銀鉱脈の場所に案内してくれるよね。
「そうですね。明日になれば」
 今日はここで、休んでください。部屋を用意します。
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