幻想水滸伝 空の羽根〜11
 さて、グレッグミンスターにいたキリルだが、挨拶一つで何処かに行ってしまった。
 朝起きたら、いなくなっていた小姑に、フィルは驚いた。
「キリルがいない」
「彼なら今朝旅に出てしまったよ。都市同盟方面に旅だって行ったよ」
 そっか。
 あまりにもあっさりといなくなってしまったので、フィルは何だか力が抜けた。
「どうしたの?」
 ラズロの言葉に、フィルは首を振る。
「何でもない」
 そうか。こうやって、テッドも旅だって行ったのか。


 さてラズロの居候であるフィルだが、街中に住んでる間はやる事が無い。意気込んで同棲(同居人)になったものの、役に立っているわけでは無いのだ。
 最初の頃は掃除でもと思ってやってたのだが、朝の早いラズロは掃除も食事の用意もさっさと済ませてしまう。
 確かに自分にはグレミオがいたから、家事などは殆ど何もしなかったも同然だ。
『これは由々しき問題だよな』
 俗に言う、ヒモ生活とはこう言うものなんだろうか?
 ヒモ=奥さんにたかる生活
「・・・な、テッド・・・ヒモっていいかもお〜」
 ・・・奥さんじゃねえだろ!
 勿論、紋章は何も言わないが。
「しかし、俺に出来る事ってそんなに無いよな。・・・棒術でも教えるか?しかし、希望者がいるとは思えないんだよなあ」
 フィルが棍を握っているだけで、子ども達は逃げ出す程だ。
 実はそれには理由があるのだが、フィル自身は知らなかった。

「え、何か教えたい?フィルが?」
 ラズロに穀潰しみたいで嫌だと言えば、
「別に何もしなくて良いとは思うけど、僕も何もしなくて良いと言えば落ち着かないんだよね。天魁星の性かもね」
 そう言うのは。
「あれだけ働いたのに、まだ、働きたいって言うのは、元々そう言う性格の人が選ばれるのかな?」
 まあ、僕としてはフィルが棍を教えてくれたら嬉しいけどね。
「でも、俺が棍を握ってたら、みんな逃げちゃうんだけど?嫌なんじゃないの?」
「そりゃあ、あんなに殺気満々だったら、怖がると思うよ。フィルは戦争に出たからね。ただの型でも殺気が出ちゃうんだよ」
 そっか・・・。
「でも、子どもはフィルが教えてくれるって言うなら大喜びだと思うよ」
 そんなわけで、フィルは希望者を募ると棍を教える事になった。そんなフィルをどこから聞きつけたのか、シーナが冷やかしにやって来た。

「よし、今日はここまで」
 フィルの声で、子ども達は帰る。
「トランの英雄が道場の先生をしてるってもっぱら評判なんだけど?」
 練習風景を最後まできっちりと眺め、汗を拭くフィルを面白そうにシーナは眺める。
「ごらんの通りさ」
「又、何でそんな事」
「ヒモ生活は嫌だからな」
 と言ってもこの授業でフィルはお金などとってないので、一文にもならないのだ。
「成る程」
 シーナも解ってるので、その辺りのツッコミは無い。
「フィルを見習えって親父が俺に言うんだよ。で、見習いに来たんだ」
 嘘こけ。
「お前はラズロの顔を見に来ただけだろ?まったく、暇人め」
 いや、そうでもない。と、言おうとして、シーナは止めた。
 ラズロがお茶を持ってきてくれたからだ。
「いらっしゃい、シーナ君」
 ゆっくりして行って下さいね。
「ああ、そうだ。フィル、お疲れの所悪いんだけど」
 すっとラズロが双剣を上げる。
「良いかな?」
「OK。何時でも」

 相変わらず凄いなとシーナは素直に感激する。
 二人の打ち合いは、見ていて息も忘れる程だ。
「フィル、終わりにしよう」
 ラズロが双剣を交差させて、棍を受け止めると終了の合図を送った。
「腕が落ちたかな?」
 フィルが棍を振り回しながら首を振る。
「そうでもないよ。シーナ君も相手にしてもらう?」
 遠慮します。と、シーナは深々と頭を下げる。
「遠慮するなよ」
「お前の馬鹿力と体力と一緒にしないでくれ」
 まあまあ、じゃあ小腹も空いたと思うから、何か食べない?
「そちらはいただきます」
 ラズロの言葉に素直に同意するシーナだ。

「シーナ。レパントの顔をちょっと見たくなったから案内してくれないか?」
「あれ、じゃあ、今日は帰って来ない?」
 ラズロの言葉に、フィルは頷くと、シーナの腕を引っ張った。
「じゃあ、行ってくる」
 大通りを歩きながら、
「なあ、今のちょっと夫婦ぽくなかったか?」と、惚気たのはフィルだ。
「お前はそんな事に幸せを感じるのか?」
 呆れるなあ。
「そんなとは何だよ。俺のささやか〜な小さな幸せだぞ」
「お子様」
「浮気性。俺は一筋だもんね」
 ああ、左様ですか。
「で、本題。歩きながらで良いだろ?」
 お前、何しに来た?
「地方貴族の廃嫡裁判が起こりそうだ・・・。お前も貴族だから、そのあたりの事は解っているだろ?」
「まあな。バルバロッサ皇帝の継承戦争もあったくらいだ」
「貴族の中には皇帝の血筋に繋がる者もいるからな。お前だって、皇家の血筋は多少なりとも引いてるだろ?」
「あるか無しかの繋がりだがね」
 確かひいひいばあちゃんのあたりだ。
「親族間とは言えど、利権争いは痛い。トランは共和制だ。あちこちの都市からの代表で成り立っている。まあ、その中の代表には、帝国時代の将軍が多いが・・・もともと帝国の頃もこの形ではあったからな」
「で、シーナ。レパントはどう言ってる?」
「ミルイヒ=オッペンハイマーがこう言うのは得意だろうからと、城の方に呼ばれてるよ。どうもこうも武人ばかり多い共和国だ」
「お前は行政に向いてると俺は思うぞ」
 それはどうも。
「廃嫡裁判はまあ、形だけだろうが、きな臭い事にならなければ良いな」

「おお、これはフィル殿。お呼びだてして申し訳ない」
 ミルイヒはフィルの前で優雅に頭を下げる。
「シーナから道々、話は聞いたよ。ミルイヒ殿の手腕に期待させてもらうよ」
「それは光栄です」
 ミルイヒの言い分によると、前々皇帝の血筋のもののうちで、内輪もめがあるそうだ。
 最初、この話はミルイヒの元に持ち込まれた。理由は彼が外交に尽力していたためだ。
 彼の性格上、それがもっとも適任とレパントは考えていた。趣味はともかく、彼の説得力と判断能力は優れた資質だ。
「で、私の元に持ち込まれたのが、廃嫡裁判です。バルバロッサさまもこれで戦争を起こされた。二人のうち、どちらが家督を継ぐかと言うわけですよ」
 ただその争いが難しいですね。
「それ、何処?」
「ロリマー地方の山脈方面です。近年そこで、鉱石の発掘で大鉱脈が発見されたらしいです」
「金?」
「いえ、銀鉱脈です。もっともかなり深い場所なんで採掘は手つかずなんですよ。そこでです」
 皇家の血を示して、レパントから援助を取り寄せたいのか。
「はい。そんなわけで、身内の中で揉めてると言う事なんです」
 誰を当主に据えるかだな。
「はい。当主になれば当然、採掘の采配は振るえますし、レパント殿との利害関係も生まれますから」
 身内の争いねえ。
 フィルは窓に目をやる。
「平和な時代でもこう言うのは起こりえるんだから、争いなんて無くならないよね」
「このミルイヒが無事納めて見せますので、フィル殿は安心していて下さい」
 ふぃと、フィルが顔を上げる。
「それ、俺も付いていって良い?大丈夫、顔見てくるだけだから。あ、シーナも連れて」
 ミルイヒは考えたが、レパントを見てから頷いた。
「フィル殿が良ければ。ただし・・・」
「ああ、もちろん。俺の事は内緒でね。シーナ共々、こき使ってくれても良いよ」
 うへえと、シーナは嫌そうな顔だ。
「では私の護衛と言う形で、お二方には来ていただきましょう」

 さて、そんなこんなで、フィルは出かける事になった事をグレミオとラズロに告げる。
「そうですか。坊ちゃん、お気をつけて」
「うん、フィル、がんばっていっておいで」
 ところで、
「ねえ、坊ちゃん。服はこちらで用意して良いんですよね?」
 グレミオは心配そうにフィルの服を見る。
「・・・俺はミルイヒが服を用意してくれても着ないぞ。シーナに全部押しつけてやる」
 ああ、その手がありましたね。
「じゃあ、こちらで用意しますね。華美でなくて。変装用ですからね」
「積極的だね。随分」
 ラズロに言われて、フィルも頭を掻く。
「何だか・・・行かなきゃならないような気になったんだ。理由は解らないけど」
 ラズロは何か感じない?
「僕は何も感じないよ。君だけが呼ばれたんじゃないかな?」
 そっか・・・。
「何かあったら、紋章が・・・テッドが力を貸してくれる」
 ラズロはためらったようだが、そう言ってフィルを励ましてくれた。
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