幻想水滸伝 碧の行方〜7
「で、又、肩すかし?」
 翌朝のキリルのため息に、フィルは頷く。
「まあ・・・何と言うか・・・世の中、清い仲でも良いなあと思う時もあるんだよ」
 キリルは大げさに両手を振り上げるとフィルの頭に拳骨を落とした。
 痛いと盛大に喚くフィルをキリルは無視する。
「それは男としてどうなのかと思うんだけど?いや、僕はそう言う欲ないから何とも言えないんだけど。あの子、わりと節操ないからふらふら〜と行っちゃうかもしれないよ」
 え?と、フィルは唖然となった。
 ラズロが?
「え、だって、あの人、テッドの恋人だったんでしょ?ふらふら〜なんて無いんじゃ無いの?」
 甘いね。
「確かにテッドとは別の意味で深い繋がりだったけど、あのテッドの恋人だった人だよ」
 確かに。
 テッドが聞いていたら、「そこで納得するな」とか「淫乱呼ばわりするな」とか突っ込みが入っただろうが。
「俺の地位、危ういかな?」
「そりゃあ、崖崩れ寸前な程」
「・・・考えるよ」
 フィルの後ろ姿を見ながら、キリルはうんうんとご満悦だ。
「あれだけ脅しておけば、上手く行きそうじゃない?」
 ねえ、ラズロ。
 気配を消して立ち聞きをしていたラズロは、盛大に吹き出すとキリルの頭に拳骨を落とす。
「人を淫売呼ばわりしないでくれる」
「おや、テッド以外に誰もいなかったとは言わせないけど?」
 それはまあ成り行きで。否定はしないけど。
「あ、でも、男はテッドだけなんだけど?その辺り、省いてたでしょ?キリル」
「まあ、良いでしょ。大体、二十歳そこそこの男が恋焦がれる人を前にして何もしないなんてねえ。僕みたいに不能じゃないんだし」
「いや、キリルは不能とは違うだろ。フィルは・・・それだけ・・・心の傷が深いんだよ」
 ラズロはキリルから視線を外すと、深い探るような目を地面に落とす。
「だろうね。どんなに焚きつけても寸前で躊躇するんだから」
 まあ、それも青春〜と思えば良い物なのかもね。
「まあ、適当にしておいて上げてよ。テッドに免じてね」
 テッドに免じて。
「それ言われちゃお終いって意味じゃない。きついなラズロ」
「何の、人を淫売呼ばわりしたくせに」
 さあて、僕はそろそろ退散するよお〜。じゃあねえ、ラズロ〜。
「はああ、まさに小姑だよね」

 フィルが家に帰ると、シーナが居座って食事をしていた。
「あ、坊ちゃん、お帰りなさい。朝食は?キリルさんたら朝食はラズロさんと食べるって帰っちゃったんで余ってるんですよ」
「・・・あ、朝ご飯」
 食べ損ねた・・・ラズロの朝ご飯・・・。
 グレミオはそっとカップに茶を注ぐと、フィルに手渡した。
「・・・ありがとう・・・」
「いいえ。坊ちゃん」
 く・・・何と要領の悪い。トランの英雄ともあろうものが。
とは、口には出してないグレミオだ。
「ささ、そんな所に立って無いでお食事して下さい。シーナ君もお待ちですよ」
「何でシーナが?」
 さあ?

「よ、朝帰りかあ。色男」
 シーナはご機嫌でフィルを指さす。
「だったら良かったんだけどねえ」
 ありゃあ不発かあ。可哀想になあ。
「ま、ラズロさんだからなあ」
 って何だよ。それ。シーナ。
「いや、あの人、天使みたいじゃん。って言うか戦う女神って感じ〜だしい。でも、何でか話してるところっと行っちゃうんだよね。はぐらかされてるわけじゃないのに」
 ま、年の功かな?
「はぐらかされてるわけじゃないんだけどね」
 うん、まあ、俺も解るよ。その気持ち。
「だってあの人、母さん属性だもんな」
 それはそうと、俺はシュウを送って都市同盟に行くつもりなんだけど、フィルも来るか?
「え?俺も?」
「このままここにいたって退屈なだけだろ?だったら、何処にいても同じだろ?な、俺も寂しくないし」
 ちょっとそれもう決まってるんじゃないんかあ?
「強引すぎるぞ」
「トランの英雄に言われたくはないね。お前こそ人使い荒すぎる」
 ふと、フィルは思い出す。
「あ、都市同盟。そうだ、ラズロが竜洞に行きたいって言ってたんだ」
 ああん?竜洞?
「何、あの人、フッチやミリアさんと知り合いなの?」
「いや、テッドがヨシュアと知り合いだったらしいから、今の団員は誰も知らないと思うけど。随分前の話だったみたいだから」
 ヨシュアに会いたいらしいよ。
「ふうん、俺は賛成だぜ」
「何を?」
「ラズロさんと一緒に都市同盟に行く事がだよ」
 あんな美人と道行きなんてラッキーじゃない?
「シーナ、節操無いな」
 でも、ラズロと又旅も悪く無いよな。
「聞いてみるよ」

「え?都市同盟に?」
 ラズロは暫し思案する。
「行っておいでよ。留守は僕がいるから。私塾も僕がやっておくよ。居候なんだからそれくらいはね」
 ラズロの後ろから声をかけたのは、キリルだ。
「フィル、遠慮無く連れて行って。留守番は僕がちゃんとしてるよ」
「小姑が?留守番してくれるんだ」
「そ、ついでに養殖真珠の案を煮詰めておいで。君はこの私塾以外でも色々と忙しいんだろ?」
 ラズロは気まずそうに顔をフィルから反らす。
 フィルが怪訝な顔をした為だ。
「ねえ、ラズロは何してるの?養殖真珠の事と言い、あれはラズロ個人の事なんじゃないの?」
「ええとね。まあ、経済的なアイデアを出して欲しいって・・・ちょっとお茶を飲んだ時に頼まれてね・・・。雇用と利益とを考えてあの案を出してみたんだ。実用にはちょっと遠いけどって」
 本当に実用出来るかどうかは解らないんだよ。
「あ、フィル、それは嘘だからね」
と、にまにまとキリルが笑う。
「え?嘘?」
「うん、淡水養殖真珠の栽培は実用出来てるんだ。君、サンプルを見ただろ?あれは、この子が実験した分だよ」
 と、言う事は実用段階?
「そう」
「って、キリル!ここでも成功するとは限って無いんだよ。リスクも大きいのに」
 そんな大洞吹かないでよ。
「・・・俺には内緒で・・・」
 フィルの言葉に、ラズロは慌てる。フィルの首ががくりと落ちて座り込んでいるのだ。
「あ、ごめんね。内緒だったのはほら、その、あの・・・頼まれてたの断れ無くて・・・ごめんね」
 ラズロはフィルの頭に手を置くと撫でた。
「ごめんね。勝手な事して」
「本当に勝手です。俺のいない間に・・・」
「うん、ごめんなさい」
「じゃ、責任取ってください」
 責任?
 突然がばりとフィルは起き上がるとラズロの手を取った。
「仲直り旅行に行きましょう!」
「・・・それで良いなら・・・」


 都市同盟までの道は山越えを選んだ。戦後、この道にも街道が引かれ、かなり安全な旅が出来るようになった。
 フィルはシュウを振り返り、手振りできつくないか?と問う。
「大丈夫だ。それほど柔では無い」
「ここで一番のご老体だからね」
 シーナの言葉にラズロが吹き出す。
「それは僕だと思うんですけど?」
 確かに。
「ラズロさんは永遠の天使ですから」
 天使は年とらないでしょ?
「口が上手いですね」
 終始にこやかなラズロにシュウは複雑な顔を向ける。
「その・・・ラズロさんは何故、同行されたんです?」
「あ、その・・・」
 どう言おうかと考えたラズロにすかさずフィルの言葉が入る。
「仲直り旅行だよ」
「仲直り?」
「そ、俺達喧嘩してたの。だから、仲直り」
 喧嘩?
「そ。痴話喧嘩って喧嘩」
 ごほんとシュウは咳払いをすると、ひそひそとラズロに顔を寄せる。
「本当ですか?」
「まあ、痴話喧嘩と言うのもあながち外れでは。ええと、フィルが知らない間に経済事情に口だししたので・・・」
 それは横暴じゃないですか?例の件ででしょ?
 シュウはもしラズロが不当な扱いを受けていたらフィルと言えど抗議に出るつもりだ。
「いえ、拗ねてるだけなんで。甘やかしてあげれば機嫌良くなりますよ」
 はあ?
「僕がフィルを甘やかしてあげれば良いだけです」
「って、大の大人ですよ。外見はともかく」
 ラズロはにこりと笑う。
「あれは子どもですよ。だからうんと甘やかしてあげないと。徒に青春を潰してしまった子どもです」
 一足早くさっさと歩いて行ってしまう背中を見ながら、ラズロは「しっ」と、指をあてて、笑う。
「何も言わないでくださいね。貴方の胸一つに納めて」
 フィルはね、普通の子どもなんですよ。
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