幻想水滸伝 碧の行方〜6
「で、竜洞に行こうと思ってるんです」
 ヨシュア殿にも会って、報告したいと。
 現在の団長はミリアだ。彼女が紋章を持っている。
 紋章を外したヨシュアが生きているわけは無いが、ラズロはにこやかにそう話す。
「ヨシュア殿と昔馴染みとは」
 ラズロ殿は顔が広いですね。
 レパントの言葉にラズロは恥ずかしそうに顔を伏せる。
「長く生きてますから。でも、僕は紋章の事を調べていたので、色んな所に行ってみたかっただけです。ヨシュア殿はテッドの知り合いだったんですよ」
 ほう、そうですか。
 会食の場でラズロはかなり饒舌だ。こんなに自分の事を話すのは珍しいだろう。随分と自分を意識してアピールしているようだ。
 それを何だかフィルは嬉しくない。だから、もくもくと食事を続けている。
「シュウ殿、我が家にお寄り下さい。あばら屋ですが、貴方がお寄りになって下さると嬉しいです」
 含まれた言葉に気がついたシュウが頷く。
「グレッグミンスターで子ども相手の私塾をしてるんです。貿易の片手間にですが」
「貴方が?」
 オベルの王族が?と言う顔をする。
「はい。好きなんですよ。こう言うのが」
 どうもシュウはラズロの事を良く知らないらしい。オベル王国の血縁で交易商人と言う認識しか無いようだ。
 フィルはそうふんで、ラズロの懸念を理解した。
 ラズロとて身を隠す者だ。世間に知られては不味い事も多い。まして、彼は王家の者だ。
「私塾とは懐かしい。私の師匠も私塾をしてましたから」
「マッシュには波紋されたけどね」
 しれっとフィルが流す。嫌がらせだ。
「そうですけど、私は今でも師匠は彼だけですよ」
「俺も軍師は彼だけだよ」
 シュウはむっとしたらしいが、ラズロが割って入る。
「僕にもシルバーバーグの軍師がいました。シュウ殿、どうですか?彼女の話もお聞かせしますよ。そう言えば、面影がマッシュ殿に似てたですね」
「それは興味深い。是非」
 シュウはどうもフィルの嫌がらせが、嫉妬心から来ているのだとは理解していないらしい。
 これ以上ラズロをとられてたまるかと言うのは綺麗にスルーされている。
『やっぱり既成事実を作っておくべきだよな』
 テッド、この紋章からお前のテクニックって引き出せないのか?
 沈黙してしまったフィル(脳内ではあほうな考えだが)を見て、レパントが気を利かすように養殖事業の事を話し始めた。フィルは話半分にしか聞いちゃいなかったが。

 さて、ラズロの家にやって来たシュウにキリルとソリアスが揃って出迎えをした。
「キリルは僕の古い友人です」
 その言葉にシュウは顔を青くする。
「この人もまさか・・・」
「いえ、彼は・・・そうですね。ジーンさんと同じ属性の人だと思っていただけたら・・・」
 そうですか・・・。
「詳しくは話せないと言うより理解出来ないと思いますから。彼はとても寿命の長い種族なんですよ」
 嘘か誠かはキリル本人も解らないが、ラズロは取り敢えずはそれで押し通した。
「小姑、今日はシュウに色んな話があるから、俺の家に行ってくれないか?グレミオにはここにいると言ってくれ。シュウと会ってると言えば解るだろうから」
 キリルは頷くとソリアスの手を引く。
「アス、シュウはお隣の国の人でラズロの交易相手なんだ。これから商売のお話をするから、僕らはグレミオさんの所で遊ぼう。パーンが武術を教えてくれるよ」
 どうやらソリアスはパーンに懐いているらしい。以外だが。
「うん、じゃあ、ラズロ行って来ます」
 深々と丁寧に挨拶をしてソリアスは嬉しそうに表に出て行く。マクドール家はソリアスには嬉しいお泊まり先らしい。

「あの子がそうですか?」
 シュウの言葉にラズロが頷く。
「・・・ええ。取り敢えずは僕とキリルが彼の面倒を見ようと思ってます」
「大人になったら?」
「キリルが側にいると言ってます。僕らは所詮、漂泊する者なので」
 何時か何処かに・・・。
「アスの為にはそれが良いと思うんです」
 シュウはため息を吐く。
「それを承諾しろと?」
「ええ。いざとなったら僕がオベルまで連れて逃げます。彼のハルモニアからの追っては一応退けてあるし、向こうはアスの事を死んだと思っているでしょう。オベルはハルモニアでも手が出せない」
 群島諸国を越える為にはトランを越えないといけませんから。
「だから、承諾して下さい」
 ラズロは深々と頭を下げる。
 ぎょっとシュウはその腕を引いた。
「止めて下さい。私は政治家では無いんですよ」
「でも貴方は皆の相談役だ。貴方の胸一存で決まる事も多い」
「たかだか子ども一人です」
 どうやらシュウの懐柔は出来たらしい。
 フィルはそのやり取りを後ろで見ていて、複雑な気分に囚われる。
『ああ、やばい』
 このままでは隣国にまでこの人をとられてしまうんじゃないか?
 自分に関わるとラズロの存在はどんどんトランで公になってしまう。これは・・・。
『ライバルが増える!!』
 テッド、俺はやるぞ。これ以上、とられてなるものか!
『いや、一々、俺に報告はいらない』とは紋章は答えはしないが。

 さてその夜。
「シュウの懐柔には成功したと言えるな。あれは情はあるが自国を第一に考える男だから」
 利益でどちらにも転ぶ。
「うん?まあ、そうなればトンズラすれば良いだけだし。逃げ切る自信はあるし」
 ラズロは呑気なものだ。
「シュウの信頼を得る事は大切だからね。彼には利益をチラつかせた方が懐柔しやすい。一線は退いた人だけど、クラウスがもっとも信頼を置いているのは彼だ」
「だな。座を譲ったとは言え、彼の影響力は大きい。あのマッシュの弟子だよ。そうでなければおかしいさ」
 フィルは自分の軍師を思い出し、苦い顔になる。
「戦争以外に軍師は必要ないよ」
 必要なのは統治者だよ。
「じゃあ、貴方は?」
 フィルはラズロを覗き込む。
「僕は、旅人だよ」
「又、旅に出てしまうの?」
「その時は君も一緒でしょ?僕の天魁星」
 フィルはラズロの手を取ると、口づけた。
「嬉しい言葉だ。だが、俺は心配だ。貴方が俺に関わると貴方はここでどんどん公な存在になってしまう」
「心配?いざとなると逃げ出すよ」
 逃げ足だけは自慢出来るんだ。
「ねえ、ラズロ」
「何?」
「今日、もし俺がラズロが欲しいって言ったらどうする?」
 何だそんな事?と、ラズロは笑う。
「別にどうもしないよ。僕だって欲が無いわけじゃないし。テッドに義理立てしてるわけでも無いよ」
「うん、でも、この前テッドに会っただろ?ラズロはやっぱりテッドが好きなわけで・・・俺としてはテッドは親友だし・・・。俺がラズロの事抱いても良いのかなあ?と思うんだ」
 ラズロはフィルの内心での告白を若いと思って聞いた。
 フィルは確かにある意味では大人であるが、一般的な青年が得たであろう思春期と言う物の大部分を押し殺して来たのだ。
 真の紋章を継承し、テロリストとして追われ、反旗を翻し帝都を開放した。
 そこには前に進むしか選択肢は無かった。
 彼が失いたく無かったものは、怒濤の波に飲まれ、彼の手をすり抜けてしまった。
「ねえ、フィル。君はまだ若いんだよ。激情のままに振る舞っても許される年なんだけど?大体、若い時にしか我が儘は許されないんだよ。フリックを思い出してみなよ」
 うん、彼は僕と会った頃も何だか青臭くこなれて無かったよ。今はまあ、かなりくせ者だと思うけど。
「ああ、そう言えば・・・オデッサの後釜を認めないとか言われたなあ。正直、腹がたったんだけど、俺が無力なのもまあ、解ってたから」
 ふふと、ラズロが笑う。
「ほら、そこで物わかり良くなっちゃうんだから。普通は大げんかだけど」
 そうだよねえ。
「でも、あの時はまあ、帝国に反旗を翻すなんて出来るんだろうか?とは思ってた。オデッサは出来ると信じてたのか?フリックは信じてたのか?マッシュは出来ると信じていたのか?俺はみんなを犬死にさせないでいられるのか?」
「うん、解るよ。まあ、僕の場合は、君より恵まれていたよ。そう言う点では」
 オベルの国王が乗ってたからね。一緒に。
「いざとなったら国王が全てを引き受けてくれただろうから・・・。確かに僕は天魁星だったけど、それは流刑された身で何処にも居所がないから公平だと言うのが根本にはあった。何処から来たのかも解らない存在だったしね」
 まあ、親は解っちゃったけどね。
「いざの覚悟はこの紋章だけで良かったからね」
「でも、その紋章を使ったら死ぬ事になる・・・だったよね」
 うん、そうだね。
「まあ、流刑にされた頃は死ぬのは嫌だなあと思ってた。僕を信じてくれた人を国に帰したかったからね。どうやって無罪を証明して戻ろうか考えたよ。その内、戦争が始まってうやむやになってしまって、騎士団も占領されて、何処にも戻れなくなってしまった。だから僕は船長になってラズリルを解放したんだ・・・でもね」
 フィルは首を傾げる。
 ラズロの目が遠い。
「でも?」
「うん・・・ラズリルを解放してもそこは僕が帰る所じゃなかったんだ。何て言ったら良いのかな?ああ、そうだ。昔には戻れないが正解だね」
 僕は群島をクールークから開放する船の船長で、星の司だ。ラズリルだけを故郷とするわけにはいかなかったんだよ。
「つまりは何処かに肩入れ出来ないと言う事?」
「平たく言えば。君がトランの英雄と呼ばれるように、僕は群島諸国連合の英雄だ。今でもそこの名誉顧問なんて肩書きもあるくらいだ。まあ、僕は海が好きだから群島の海なら何処でも故郷だと思っているけど」
 何か話がそれちゃったね。
「ベッドに行く?」
「うん、でも、今日はラズロの話だけで良いよ。何か気がそがれちゃって。あの頃の心情を吐露しちゃったから」
 誰にも言った事は無いんだ。
「僕は帝国に勝てると信じて無かった。負けないとは思ったけど、勝てるとは思わなかった」
 矛盾してるな。この話は。
「いや、矛盾はしてないよ。天魁星は・・・何時もぎりぎりの所に立っているからね。そして、たった一人で廻る星々を支えないといけない。ああ、もちろん、みんな支えてくれる仲間なんだけど・・・」
 天魁星は孤独な星だ。
「これは言っちゃあいけない言葉なんだと思うんだけど、フィルだからね。まあ、孤独と言うならこの世に孤独な人なんかいないと思うんだけど」
 君も僕も・・・テッドもね。
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