幻想水滸伝 | 碧の行方〜4 |
「で、守備はどうだったの?」 「はい、一緒に寝ました。寝ただけですけど」 フィルはキリルに晴れ晴れとした顔で報告をする。 「ち、甲斐性無いね」 折角の機会だったのに。 「いやあ、まあ、そのねえ」 据え膳喰うのが男だと思うけど・・・ 「けど?」 「どきどき感も味わいたいなあと・・・思うんだ」 ふうん。 「ま、好きにしなさいな。通じちゃった中なんだから」 キリルはあっさりと追求を止めると、フィルの肩を叩いた。 「弟を宜しくね」 「・・・今思ったんだけど、そうなるとキリルは俺のお兄様なのか?」 むにい〜。 フィルのほっぺが引き連れた。 「誰がお兄様?小姑で結構だよ」 君からお兄様なんて言われると鳥肌ものだからね。 『何で怒るんだよ』 キリルの怒った背中を見ながら、フィルは首を傾げる。 「・・・お兄様・・・ってきしょい」 うわあ。僕、アンダルクやセネカにそんな事言ってたんだ。はずい〜。 湖畔に浮かぶ塔。通称、魔術師の塔。 「お久しぶりです。ラズロ」 はんなりと門の紋章のレックナーとは笑う。 「お久しぶりです。レックナートさま」 貴方が僕を呼ぶなんて何故ですか? 夢の中でレックナートに呼ばれた。それはテッドとの旅先での事だった。 「貴方に会ってもらいたい人がいるんです。私の元に来て欲しいのです」 それが、テッドとの別れだった。 「あの人が?」 「うん、だから、今度は魔術師の塔に行くよ」 「・・・そうか・・・」 テッドは名残惜しいとラズロを掻き抱いた。 『思えば、あの時、何となくテッドは気がついていたんだろうな』 魔術師の塔から外を眺めて、ラズロは呟く。 トラン共和国が誕生して、ルックは魔術師の塔に戻って来ていた。 「おかえり。ルック」 「ただ今戻りました。ラズロ」 ルックは丁寧に頭を下げるとラズロの隣を通り過ぎた。 「何か僕に言う事無い?」 「・・・戦争の行く末や紋章の行く末はご存じでしょう?他に何か?」 ルックは怯えたように視線をそらす。 「テッドの事では無いよ。僕は知ってるからね。聞いてるのは君の事だよ」 僕の? ルックは心底不思議だと首を傾げる。 「はあ、僕はこの通り元気ですよ?」 確かにね。 「どうだった?解放戦争に参加してみて」 「僕はただ、レックナートさまに言われたから参加しただけです。石版も預かりましたし」 「うん、そうなんだけど・・・。フィルを見て・・・紋章を持った彼を見て、どう思ったか聞きたいと思って」 ルックは首を振る。 「そう・・・」 「紋章は不幸しか呼ばない」 「それが答え?」 「だって、貴方だって!そんなに痩せてそんなに窶れて!それもこれも紋章のせいじゃないですか!」 ルックがラズロの腕を掴んだ。 「ほら・・・こんなに・・・」 ラズロはルックの頭を抱きしめると引き寄せた。 「今から戻すよ。だから・・・泣かないで」 「・・・」 レックナートがラズロを呼んだのは、ルックに会わせる為だった。 「あの子の心臓には真の紋章が絡みついています。いずれは紋章に食べられる運命でしょう」 「それが僕を呼んだ理由ですか。生きながらにして紋章に喰われていた僕だから、その子の力になれると?」 駄目ですか? 「あの子はハルモニアで人を介さずに生まれた生命です。紋章の器として人工的に作られたのです。ヒクサクの写し身として」 でも、あの子は失敗作です。 「幽閉でもされてたんですか?」 ふんとラズロは息を吐く。胸くそ悪い話だ。 「そうです。彼と時を同じくして生まれたササライは成功例でした」 「・・・成功したんだ・・・」 唖然とラズロは口に出した。紋章を封印するのに成功した? 「確かに、真の紋章を持つ人間の写し身なら、紋章との相性は良いのかもしれないな。シンダルの古書にも某かの方法で封印出来る話があったし」 「私はあの子に選ぶ自由を上げたいのです」 「どんな自由と言うのです?生きながら喰われる者に。僕も身喰いをされた身です。天魁星と107の星が僕を生かせてくれた。でも、あの子は・・・天魁星では無い。一度選ばれた星は変えられない」 「人である事を選ぶ自由です。あの子はハルモニアの傀儡では無い。一人の人間・・・であって欲しいのです」 「貴方の言いたい事は解ります。ええ、解るんですけど・・・何時か死ぬと解っている身にはどんな希望もどんな未来も無いんですよ」 でも、僕はここにいます。 「あの子の為に」 その日からラズロは魔術師の塔の居候になった。最初、ルックは胡散臭そうな顔だったが、ラズロを「罰の紋章」の持ち主と聞き、何も言わなくなった。 時々、ルックの何か言いたそうな顔を見ながら、ラズロは塔の中で生活を始めた。 「ラズロさん」 「ラズロで良いよ。でなければ、フレイルでも良い。どちらも僕の本当の名前だ」 「・・・僕に名前を付けたのは誰でしょう?こんな壊れた器に名前なんていらないのに」 そのルックの呟きのような言葉を聞いたラズロは笑う。 「ラズロって何故ついたと思う?」 この名前はラズリルと言う島に僕が流れて来たからだよ。僕はそこでフレイルと言う名前を一度捨てた。 「でも、僕はラズロと言う名前を気に入っている。この名前は僕の友人が呼んだ。僕の恋人が呼んだ。僕の師匠が呼んだ。だから気に入ってる」 君の名もきっとそんな人達が呼んでくれる。 「名前はだたの記号だけど、人が呼べばその人の歴史になる。ねえ、ルック。そうでしょ?」 君の兄である人が君の名前を呼ぶ時も・・・あるのかもしれないよ。 「兄でなんかあるものですか!あの男が!」 「僕らはこんな所でも似てるか」 ラズロはため息をつくと、左手のグローブをとった。 罰の紋章が浮き上がっている手だ。 「僕には姉がいてね。。僕の母が紋章を使って僕らを守った時、離れ離れになってしまったんだ」 おいで、ルック。寒いでしょ? 夜の帳はもう降りている。ラズロは自分のベッドにルックを招いた。 「寒くない?」 「無いです」 話の続きをと、ルックがそくした。 「姉と再び会ったのは、僕がこの紋章を宿して、ラズリルを団長殺しの罪名で追われた後だったんだ。お互いそんな事は知らなかった。知らない兄弟だよ」 多分、姉も父親であったリノ王もわりと早く僕の事に気がついてたんだと思うよ。 「でも何も言わなかった。何も言わない方が良いと思ってたんだろうね。僕の負担にならないようにと」 知らなかったから僕は僕が思うままに振る舞えたよ。 「紋章に生きながら喰われている者に何が言えただろうね?例え、自分の本当に血が繋がった者でも」 「恐かったですか・・・」 「恐かったよ。力を使う度にそこから精気が流れ出して行くんだ。毎日が恐くてしょうがなかった」 でも、同時に嬉しくもあった。 「何が?」 「必要とされる事への嬉しさだよ。僕はそれまで人に必要とされた事がなかった。いやあったんだけど・・・自分の意思でやった事、それを必要とされた事が無かったんだ」 「・・・必要?」 「誰かに必要だと思われる嬉しさが僕の毎日を支えてくれたんだ」 ねえ、ルック。 「君を必要だと言ってくれる人が・・・きっと現れるよ」 「・・・そんな人はいらない」 「聞いて、ルック。もしその人が現れたら君は全力でその人を守ってあげなさい」 「何故?!」 何故僕がそんな事をしないとならないの?! 「・・・君の心を守る為だよ。人は必要とされてるから生きていけるんだよ。さあ、もう寝ようか」 「そう言えば、ラズロはルックとも知り合いなんだよね」 魔術師の塔にいたんだから。 「うん、そうだよ。ああ、ルックとは一緒に寝てたりしたなあ。懐かしい」 がしゃん! フィルの手の皿が割れる。 「な、なんだって!うう、お願いなんて言うんじゃなかった・・・」 既成事実を作れば良かった! 「・・・ええと・・・僕とルックとは何でもないんだけど?」 弟みたいな感じで。 「うう、あの小生意気な男を弟みたいだなんて・・・」 手なずけてるじゃない! 「はいはい。もう・・・。じゃあ、もう、今夜にでも夜ばっておいでよ。僕は一行にかまわないんだけど?」 「それはそれで恥じらいないと萎えると言うか何と言うか・・・」 やっぱ基本は新婚旅行でしょ? その後、フィルが無事だったかどうかは謎だ。 |
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