幻想水滸伝 碧の行方〜19
 その日、ラズロとリオウとフィルは遠出だとトラン湖のほとりに来ていた。
「たまには三人と言うのも良いでしょ?」
 ラズロの言葉にリオウは頷く。
 トラン湖を渡る風が気持ち良い。
「なあ、リオウ。決心はついたのか?」
 フィルの言葉にリオウは頷く。
「・・・クラウスは故郷に帰りたいらしい」
 あちらで尽力したいそうだ。
 リオウは顔を上げると、そっかと納得したと頷く。
「そろそろハイランドの方も色々あるみたいだ。クラウスは故郷に帰って国の平和に尽力したいらしいよ」
 俺の情報網ではまだそれ程不穏では無いがな。
「クラウスは軍師だ。先見の明もある」
 きっと彼の思惑は正しい。
「そうだね。僕やフィルが言うのも何なんだけど、群島に比べると都市同盟は狭い。お互いの利害が直ぐに反映しやすい。その為には先の戦争で先陣にいた面々が表に立たないと駄目だろうね」
 ラズロは伏し目がちだ。
 施政を司ってこなかった自分が言うのはおこがましいと肩を上げる。
「でも、ラズロさんは、群島連合の名誉議長なんでしょ?それはラズロさんが旗になってません?」
「まあ、そうだけど。それは最終的な話だよ。にっちもさっちもいかなくなったら、僕の出番だよ。まあ、そんな事になった事は殆ど無いけどね」
「でもあったんだ?」
 フィルの問いに、
「いや、あったと言うかそれは紋章砲絡みの話だけだよ」
「ああ、小姑?」
 そうそう。
「あれだけは理解出来るのは今ではキリルと僕だけだからね。まあ、あれ以外では僕の出番なんか無いんだ」
「フィルさんは?どうするんです?」
「俺?俺は施政はしないよ。リオウと俺はまるっきり反対の立場だな。都市同盟は王が欲しい。王がいた赤月はトランと言う都市同盟になった。これがどれだけ続くか解らないけど、俺を王にと立てる人は・・・あ〜いない事も無いけど・・・ま、俺は嫌だから」
 故国は愛しているよ。
「だから何かあったら手を貸す」
 フィルは静かに断言する。
「トランの古城は俺がこの地に種をまいた証だ。種をまいたら見守るのも勤めだな。まあ、俺の事をあてにされても困るからほどほどにとは思ってるけど」
「そうですか」
「・・・若者はせっかちだね。宿星が生きてる間は何も無いとは思わない?宿星を信じて託してみれば良いよ。星の司は動けないんだから」
 ラズロはさあ食事にしようと、二人をそくす。
「ナナミには迷惑かけちゃうかな?ねえ、フィルさん、ナナミがグレッグミンスターに住むって言ったら・・・」
「うん、俺に出来る事なら何でもするよ」
 僕はナナミはここに住んだ方が良いと思うんです。
「だって、姉さんは僕の苦しむ姿とか見たくないと思うし、王でなくても大総領でも一国を預かるものです。きっとこれまでと違って、ナナミは寂しい思いをすると思うんです」
 ああ、リオウは優しいなとフィルは思う。
「まあ、それはナナミが決めれば良いし。僕だって強制してここに残ってなんて言いません。ナナミは僕の家族ですから」
 でも、あの人には幸せになって欲しいんです。
「ふむ。ここで婿捜しも良いね。アレンもグレンシールも独身だ。シーナはまあ、あれは浮気性だから論外としても、他にも色々いるしな」
と、フィルは指を折り曲げる。
「え、いや、そう言うわけでは・・・」
 リオウが焦りがちにフィルの顔を見た。
「プッ」
と、堪えきれないとフィルが吹き出す。
「ああ、おかしい。いや、はは。ん、でも、まあ、姉に良からぬ男が言い寄ろうなんて嫌な気分だよな。いや、冗談だから」
「ううむ、その手の冗談は姉妹持ちには止めた方が良いよ。僕も姉がいたけどね」
 そう言えば。
「ねえ、ラズロのお姉さんって結婚して女王になったんだよね。誰と結婚したの?」
「ああ、ううんと、僕の宿星と」
 ええ〜?
「と、言ってもオベルの近衛兵隊長だけどね」
「どんな人?」
 エセ病人。
「はあ?」
「いや、自分を病気だと思ってるの。で、何時も医者に薬処方してもらってた。偽薬だけどね。本人、何時死ぬか解らないのに結婚も何も無いとか言ってたんだけど、姉さんたら、だったらさっさと結婚して子ども作っちゃいましょうとか言うの」
 ま、あの人にはそれくらいが丁度良い感じだけど。
「ええと、じゃあ、王女は近衛兵隊長と結婚したんだ。すげ〜ロマンチック〜」
 フィルは良い話だあと頷いている。
 王女と騎士だあ〜。
「トリスタンは結構長生きしたよ。で、生涯、近衛兵隊長だったし」
 ファレナでも女王騎士の長は女王の夫だから、そう言うのもありだよね。
「トリスタンが何故自分は病気だと思ってたのかは謎なんだけどね。聞いた話ではとある人に呪いをかけられたらしいね。その時に丁度体調を崩して大風邪引いたのがきっかけみたい」
 ま、健康に人一倍気を使う人になったから、長生きだったけどね。結果良ければ全て良しの見本みたいな人。
「フレア姉さんは、女傑だからね。群島の女性は強いよ。見た目はそうでもないのに、度胸ありすぎ。それが姉さんだけでなく、宿星はみんなそうなの」
 そう言えば、ジーンさんもビッキーも女傑と言えば女傑だよね。
「・・・そうだね」
「うん・・・そうかも」
 手が進んでないと、ラズロはフィルとリオウに弁当を勧める。
「ほら、食べて食べて」

「僕は元々いないも同然な人だったから、王になれとは言われ無かったね。でも、父さんは群島の海を守って欲しかったらしいから、手は貸す事にしてるけど。閑職である事は確かだよ」
 何もしてないしね。
「の、割にはチープー商会の看板だよね」
「あれは僕の利益を兼ねてるから。いや、僕も貧乏だったんでお金は大事だよ〜なの」
 だって、孤児だったしね。三つ子の魂〜だよ。あ、もう、100歳は越えちゃったけど。
「でも、ラズロってお金の使い方派手だよね」
 フィルはトランでの生活を振り返って考える。生活は質素だが、家を買ったり私財で塾を経営したりと、そう言う点では派手だ。
「まあね。僕の身元はフィルが保証してくれたし、お金派手に使っても誰も怪しまないから」
 リオウは数日前に訪れたラズロの家を思い出す。
 何処にでもある何の変哲も無い家だ。
「ねえ、ラズロさん」
「何?」
「僕ね、最初はハイランドの兵士だったんですよ。ルカの焼き討ちにあって・・・ビクトールに拾われて、紋章もらって、ゲンカクじいちゃんの事もあって軍主になりました。戦争が終わって・・・何もかも放り投げてジョウイとナナミと一緒にいました」
「うん」
「時々、間違ってたのかなあ?と思うんです。僕はハイランドに住んでました。でも、僕は都市同盟の軍主でした。僕はどうしてこうなってしまったのか・・・どこかでもっと別の道は無かったのかと」
 ラズロはリオウに茶を渡し、ゆっくりと語り出した。
「うん、それは僕も思ったよ。僕とリオウは似ている」

 僕はガイエン公国所属のラズリル騎士団にいた。紋章を団長から継いで、団長殺害の容疑で追い出されて、漂流してオベルについた。オベルが占領された時に船を出して・・・その船の船長になった。何故船長になったと思う?
 ラズロはリオウに問う。フィルは隣で黙って聞いている。彼はこんな時、寡黙だ。
「ええと、オベル王家だから?」
「その時は誰も僕がオベルの王子だとは思ってなかったよ。僕も知らなかった。それにオベル王家ならリノ自身が乗ってたからね」
「ええと、じゃあ・・・」
 リオウはためらいがちに口にする。
「何処にも居場所が無かったから?」
「その通りだよ。フィルは解放軍の軍主であっても赤月の人だった。この場合は赤月の人でなければ駄目なのが条件だからね。でも、僕は何処にも居場所が無かった。これは公平な考え方が出来ると言う建前だよ。まあ、あくまで建前だけどね」
 辛口だ。
「僕が一番欲しかったのは帰れる場所だった。リオウもそうでしょ?」
「・・・はい。そうです」
「過ぎた事を思い悩むのは・・・まあ、しょうがない事だけどね。星の司であっても何も出来ないよ」
 ラズロはそう言って、目を閉じた。
「・・・間違ってるとかあってるとかそれは人の目から見てどう映るかだけだ。リオウ・・・君は人生の中で出来る限りの選択をして進んで来たはずだよ」
 違う?
「はい、そのつもりです」
 ラズロが目を開ける。
「なら、良いじゃない」
 がばりとフィルがラズロを抱きしめた。
「俺は一生〜ラズロの帰れる場所だよ〜!」
 ぽんぽん。
「はいはい、ありがとう」
「フィルさんて、変わりましたよね」
「まあね。でも、俺は元々、こんな性格だったけど?」
「え?そうなんですか?」
 あの頃は猫かぶりだよ。
「隣国の戦争に手を貸すならそれなりに威厳もいるしね。トランの英雄だったわけだから」
「ふふ、リオウ。見た目は変わったようにみえるけど、中身は変わってないから。相変わらず鋭いしね」
 ラズロのさりげない褒め言葉は、フィルの機嫌を益々良くする。
「ま、シュウに苛められたら言って来なさい。困った事があったら何でも手を貸してあげるよ」
 何せ、トランの英雄でぷー太朗だからね。
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