幻想水滸伝 | 碧の行方〜18 |
「や、ご相伴に預かりに来たよ」 キリルは嬉しそうにフィルに笑う。 「あ、これ、ラズロが焼いたアップルパイだよ」 パイの入ったカゴをもらったフィルは、ラズロは?と、首を傾げる。 「もうちょっとしたら来るよ。今、ビクトールとフリックと一緒に何だか打ち合わせらしいよ」 い〜。何でだよお。 「何で俺、のけ者なの?」 小姑、俺、迎えに行って来る。 「止めるなよ!」 そのままバタンと言う派手な音とともに出て行ってしまった。 「・・・ま。いっかあ。グレミオさん、お手伝いありますか?」 ひょいと厨房を覗き、グレミオに声をかける。 「あ、キリルさん、こんにちわ。お手伝いしてくれるとは嬉しいです。坊ちゃんは?」 「あの子なら、ラズロを迎えに行ってしまいましたよ」 ああ、そうですか。 「やあ、アス、パーンは裏庭にいるから、行ってみて。リオウさんとナナミさんとで薪割りしてくれてるから」 ソリアスは頷くと駆け足で跳ねていく。 「アスはパーンが好きだねえ」 キリルは両手の袖をまくると、グレミオの隣に並んだ。 「そうですね。以外でしたよ。パーンは子どもに好かれた事なんて無いのに。顔が恐いですからね」 「はは、確かに顔は恐いですね」 でも、面倒見は良い方ですからね。 「いやあ、ま、そうなんですけどね」 グレミオが照れている。この人が惚気るとは珍しい事もあるなあとキリルは内心で呟く。 浮かれてるみたいだね。 久々に賑やかなマクドール家だ。 その頃のフィルは、 何故かびたりとラズロの家のドアに張り付いていた。 「・・・そうか、家具屋が来るんだった」 しまったな・・・。 ちらりと覗いた部屋にはラズロが困惑そうに立っている。 「あ、ベッド?フィルの注文?しょうがないなあ。ええ、上の部屋に。後、残ったベッドはお隣のお家に。あ、いや、フリックとビクトールに頼むか。ここで良いですよ。後はやりますから」 まったくねえ。 「手際が良いと言うのか何と言うのか」 家具屋が帰ってから、 「へえ、フィルもやるもんだねえ」 と、 ビクトールはにまにまとした笑いだ。 「手際は良いんだけどね。今だに引きずっている所があるみたいだよ。青春を潰しちゃったからね」 フリックは「だよな」と、呟くとベッドを持ち上げる。 「ほれ、運ぶぞ」 「ごめんねえ」 気配を殺して見ていたフィルは慌てて隠れる。・・・つもりだったが、見つかった。 「フィル!」 「や、ラズロ」 「又、大きな荷物を持ち込んで。まったく」 む。さっき、手際良いって言ってなかった? 「良いでしょ。お隣にも必要だから」 「まあね。二人に運んでもらってついでに部屋の改造も手伝ってもらおうかな?ここにいる間は、滞在してもらいたいし」 フィルは湖の古城に一緒に行ってくれるんでしょ? 「え、もう、行くの?」 「いや、暫くはここにいるよ。都市同盟から人が来てからで良いよ。あ、そうそう。ナナミちゃん達が帰る時はビクトールとフリックに送ってもらおうよ」 「承知するかなあ?」 「ふふ、交換条件出してあるから、大丈夫だよ」 交換条件? 「うん、まあ、色々貸しもあるしね」 迎えに来てくれてありがとう。 賑やかな夜だ。マクドール家に久々に昔のような賑わいが戻ってきたようだ。 「でね、ナナミがその時〜」 リオウとナナミはフィルにせがまれて戦後の話を語る。 あちこちの放浪の末に三人はキャロに戻った。キャロには移住すると言うわけでは無く、昔の懐かしさの為に戻ったと言う一時滞在のつもりだったのだ。 ジョウイが亡くなったのは、そのほんの短い滞在の時だった。 ジョウイが亡くなった経過はあっけないと言える程、あっけ無かった。 「道場の裏山の階段から落ちて。そのまま眠いって眠っちゃったんだ」 まさに眠るようにだよ。 「幸せそうに眠ってた」 「そっかあ」 「あんなに幸せそうなら泣けないよね」 ぐすんとナナミは鼻を啜る。それにフィルはハンカチを差し出す。 「うん、ま、ジョウイだからなあと思えば、納得するよね」 リオウは苦笑すると、ナナミの肩を抱いた。 「幸せだったんだね」 「うん、楽しかったよ」 静まってしまった場を変えたのは、ラズロだ。 「ナナミちゃん、僕の作ったアップルパイをどうぞ。生クリームも付けてあるよ」 そう言って、皿に取り分ける。 「わあ、すごく金色〜」 ナナミは鼻を啜りながらも嬉しそうにそれを受け取る。 「さあ、リオウ君もみなさんもどうぞ」 ラズロの機転をありがたく利用して、グレミオもお茶の給仕にまわる。 ふくよかな臭いが漂った。 「以外だったな」 フリックの言葉だ。 マクドール家を辞して、ラズロの家に岸を変えた。帰って来たのはビクトール、フリック、ラズロにフィルだ。 ソリアスは今から帰るのも何だとグレミオが泊まりを進め、フィルは「今日こそはラズロの所に行く」とだたを捏ねたためだ。 リオウはナナミを気遣ってこちらには来なかった。 「はは、人間そんなものだ。何もなくても死ぬ」 ビクトールは飲み足りないとラズロに催促をして、ラム酒を出してもらった。 「南方じゃこれが定番」と、ラズロはどんとボトルとグラスをテーブルに置く。 「ま、幸せそうだったから良いじゃないか。ルカと違って」 フリックの言葉にはフィルが答える。 「ルカは幸せだったよ」 え?と、フィルを見ると、フィルは遠くを見ている。 「彼はね、彼の思う通りに生きたと思う。彼は邪悪な存在でありたかった。その行いは人々には悪魔のように邪で許し難いものだったけど」 「ルカを賛美するように聞こえるぞ?」 まさかとフィルは笑う。 「僕もそう思うよ。フィルに賛成だね」 ラズロまで・・・。 「この世に絶望する人はね・・・全てを巻き込んで心中したいって思うんだよ。ま、そんな絶望を産む人は希だけどね。誰かを愛せる人にはそんな狂気は宿らないよ」 ただ、 「ただ?何だ?」 「いや、大した事じゃないよ」 「気になるじゃないか。言えよ」 ラズロは困惑するが、意を決して口に出す。 「まあ、二人には話していた方が良いか。・・・真の紋章だけどね、これらは人や物に宿りこの世界に存在してるけど、元来は次元が違うものなんだ」 「と、言うと?」 「紋章は人の命やこの世界の命に価値を持っていない」 だから、真の紋章を宿すモノは紋章の意に逆らい続けなければいけないんだ。 「平たく言えば、この世界の生き物がどれ程死のうが紋章には関係無いんだ」 「じゃあ、何で紋章で戦争・・・ああ、そうか。紋章を使う方の都合か」 「その通りだよ。星辰剣は賢いよね」 使われる側にまわったんだからね。 「少なくとも、剣として使われる間はあくまで剣だ」 例えどんなに凄い力を秘めていようともね。 「僕らはこの世界のものだから、この世界の法則に縛られるけど、紋章は違う。自然の天候に善悪が無いのと同じだよ」 「そっか。ま、反対に言えば、紋章もこっちの世界であがいてるって事だよな。手なずけてしまえば良いんだよな」 しれと言ったビクトールの言葉にラズロは笑う。 「その通りだよ。ここは僕らの世界なんだから」 だた。 「ただが多いな。今度は何だよ」 「紋章の眷属が増えても、真の紋章の数は変わらないよ。27の紋章。それはこの世界が壊れてもありえない。言ったでしょ?確かに紋章はこの世界にいるけど、この世界の理には縛られないんだ。縛られるのは器だけで、紋章は違う」 増えもしないし減りもしない。 「僕が長い間、真の紋章の研究をして知り得た事実だ。後、真の紋章は一人に一つしか宿せないんだ」 え?と、ビクトールとフリックは首を傾げる。 「一人に二つは宿せない。もちろん、真の紋章の眷属は別だ。ただ、真の紋章は一人に一つ。一つの器に一つだけだ」 もちろん、真の紋章を人でないものに封印する方法もあるよ。 「まあ、人に宿した方がこの世界の仕組みの中では大きな力を発揮出来るけどね」 「嫌な話だな」 フリックの呟きにその通りだとラズロは頷く。 「そうだよ。紋章を廻る争い、紋章に翻弄される運命。抗いようがない圧倒的な力」 でもね。 「僕は紋章と同じようなモノだから言うんだけど、それは人が生み出したエゴのせいだ。紋章はそこにあるだけだからね」 静かに眠っていたソウルイーターを揺り起こして飢えを満たせと放ったのは人だよ。 僕の母が罰を宿さなければ・・・これは今でもシンダルの遺跡で眠っていただろう。 「星を動かすのは紋章では無く、人だよ」 「許しの人は真の紋章贔屓なんだ」 ビクトールの言葉に、ラズロは肩を竦める。 「そうだよ。まあ、こっちにも代弁者がいたって良いでしょ?紋章を知るきっかけになる」 「成る程」 と、ビクトールもフリックも頷く。 「僕だって紋章に詳しいわけじゃないんだ。まだ、謎だらけだしね」 「俺はその内、ラズロと行くよ」 フィルはビクトールとフリックに告げる。 「ああ、そう思ってたよ。ラズロとお前を見た時から、二人で行ってしまうんだろうってな」 「まだ、先だよ。焦る必要も無い」 ラズロはフィルにグラスを差し出す。 「飲んで無いんだね。飲まないの?」 「・・・酔って理性無くすのは不味いからね」 ラズロはぶぶっと吹き出して、ビクトールはフィルの肩をばしばし叩き、フリックはさりげなく目をそらした。 |
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