幻想水滸伝 碧の行方〜17
 さて、レパントに報告を済ませたビクトールとフリックは、ラズロの居所を聞いて顔を出した。
「やあ、いらっしゃい。ビクトール、フリック」
 どうぞ入って。
「おや、フィルはいないのかあ?」
 部屋を覗き込んでフリックは首を傾げる。
「リオウとナナミちゃんとお家の方に帰ったよ。明日は晩餐をする予定だからね。二人とも出てね」
 あ、そうだ。
「何かフィルが君の事絞めるとか言うんだよ。理由は多分、傭兵砦時代の事でだと思うんだけど?」
 何が気に触ったのかは謎なんだけどね。
「何かピッキングが気に触ったらしいんだけど」
 まあ、僕がちゃんと庇ってあげるから。大丈夫だよ。
「とほほ」
 ビクトールはがっくりと肩を落とす。
「あ、そうだ。じゃあ、良い事教えてあげるよ。フィルは君の初恋らしいよ〜。その男気に惚れたんだって」
 くすくすとラズロは笑い、ビクトールの背中を叩く。
「はあ、俺に初恋?うわあ、気色悪い冗談だよな」
「でも、周りにはいなかったタイプだったって。結構、気にいられてるんじゃない?あの子、わりと人見知り激しいからね」
 キリルもそうだねえと頷く。
「あ、紹介するよ。この子はソリアス、僕が引き取ってる子だよ。可愛いでしょ?で、こちらが僕の兄分のキリル。テッドの友達」
 あのテッドに友達がいたと言うのは驚きだ。
「友達?」
「ううん・・・友達なのかな?」
 キリルは首を傾げる。
「友達と思ってたのか謎だね。あの人、僕の事、精霊だって言ってたから。紋章みたいな物だと思ってたんじゃないかな?」
 まあ、その話はおいおいね。
「僕は傭兵砦の話を聞きたいんだけど、ねえ、良いかな?ラズロ」
「うん、良いよ。アス、おいで」
 ラズロはソリアスを抱き上げると、ビクトールに手渡す。
「子守りをお願いね。僕は酒と肴を用意してくるよ」

 ハイランドと都市同盟の間の小競り合いはしょっちゅうな事だ。今でこそ表面上は平和だが、その均衡は何時崩れてもおかしくはない。
 都市同盟のトップであるミューズ。前市長の狡猾な策略は後の世に長く尾を引いた。
 野心があって狡猾であったアナベルの父は、あっけなく亡くなってしまった。あれ程権勢を誇った彼にも死は平等なのだ。
 良くも悪くもその死は都市同盟に影を落とし、隣国との均衡を危うくさせる要因になった。
 傭兵砦はそんな時勢を牽制する為に建てられたのだが、実質ではさほど機能はしていなかった。
 傭兵といえど軍隊の一つではある。纏める人物がいるのだ。
 そのあてが無いままの傭兵砦である。
 だが、そこに隣国の解放戦争に手を貸したビクトールがアナベルの誘いに応じて赴任した。
 これは傭兵砦が砦として機能するには十分な条件だった。

「と、言っても影の立役者はラズロだけどな」
 ビクトールは謙虚では無く、事実だと目の前の人物にため息を吐いた。
「え?僕?」
 そうそう。

「ラズロがいないとここは機能しないよなあ」
 初めて三人で傭兵砦に来た時は驚いた。
「ここ・・・人が住めると言うか砦に出来るのか?」
と、ビクトールが思う程荒れ果てていたのだ。
 確かに建物はあった。だが、手入れされているとは言い難い。機能してないのだから、当然手入れなどしていないのは当たり前なのだが、ここまでとは。
 ラズロは建物の土台を叩くと、
「大丈夫だよ。ちょっと手を入れれば砦にはなるよ」
と、請け負ってくれた。
 それからのラズロは食料の買い出しや建材の買い出し、人手の確保と色々と動き回ってくれた。もちろん、アナベルからの人材もいたのだが、ラズロの功績は大きい。
「お前さん、何でそんなに俺に良くしてくれるんだ?」
 ビクトールの言葉にはラズロは、
「そうだね。忙しい方が気分が紛れるし・・・正直、ハイランドも都市同盟もこれから大変な事になると思うからね」
 タガが外れるのは早いかもしれないね。
「赤月がトランになったからね。トランの国内も疲弊しているけど、活気づいている事は確かだ」
 ああ、とビクトールは頷く。
 北方奪還は記憶に新しい。
 一度明け渡した北方を大した被害も無しにあっと言う間に奪還してしまったのだ。確かに、都市同盟の戦力が乏しい事もあるが、トランは今、活気づいていると言うのが理由だろう。
「トランの英雄さまさまだよな」
 ビクトールが苦く呟いた言葉をラズロは聞かないふりで済ませた。
 ラズロは「トランの英雄」に会いたかった。
 だが、今会うのは良くないとも思っていた。何より自分が不安定なままでは会えない。
 赤月の解放戦争の後、ラズロは魔術師の塔を出た。ルックはそれを見送ってくれた。
「元気で」「ラズロもお元気で」
 交わした言葉はただそれだけ。星が綺麗な夜だった。
 ルックはラズロを止めたかったが、今だに痩せた姿を見ると、伸ばした手を止めた。
『又・・・会いましょう』

 傭兵砦は資金不足だ。砦の整備、武器の整備、食料備品。
 そんな会計をやりくりしているのはラズロだ。
「アナベルさんから返事が来たよ」
 ラズロはフリックに手紙を渡した。
「何の手紙だったんだ?」
「ああ、傭兵砦の人材で民間の護衛などを受けて良いかと言う許可だよ。これで少しでも赤字の解消が出来るだろ?」
 これ、仕事受けてある分だよ。
 数枚の書類を見せられて、フリックは慌てる。
「え、もう、受けてあるのか?!」
「そ、さっそく、金策に行ってもらおうかな。ああ、護衛や荷物持ちだから簡単な仕事だよ」
 お〜い、ビクトール。許可が来たよ。
「って、クマ!知ってたのかあ?」
「赤月の城からぱくった資金も少なくなったからね。ビクトール、うなってたからね」
 それほどとはフリックも思わなかった。
「ここの所、急に人数を増やしたでしょ。砦の補修の為に。彼らは後々の人材でもあるし、給料の払いもちゃんとしてあげないといけないしね」
 給金の支払いはアナベルさんからちゃんと支給されるけど、貯蓄もいるしね。
 さて、人数を組むから、ビクトールも呼んで来て。

「あれでかなり助かったよ」
と、フリックは語る。
「ああ、ラズロはそう言うの得意なんですよ。お金儲けならどこからでも嗅ぎつけて来るんです。おかげで僕も資金に困った事が無いんです」
 キリルの言葉はけなしてるのか褒めてるのか微妙だ。
「はは、褒めていただいて嬉しいよ」
 酒と肴を持ってラズロがやって来る。
「アスにはジュースとお菓子を持って来たよ」
 ビクトールはソリアスを背中に乗せて遊ばせていた。ソリアスは背中から降りるとお菓子を受け取る。
「ほら、手酌で飲んでね。今日は大盤振る舞いだからね」
 遠慮無く。

「ラダトの商人?」
 ビクトールがそうだと頷く。
「ほら、この間の護衛で襲ってきた盗賊がいただろ?横流し品がラダトの商人に流れてるらしい。で、依頼だ。証拠を押さえて欲しいんだと」
「ふうん。証拠ねえ」
 ラズロは思案する。
「証拠かあ。それ僕も行こうか?」
 ラズロが実務で働くと言ったのは初めてだ。
「え!お前が?」
「うん、忍び込むのはま、得意だから」
「?」
「だって、証拠を押さえるんでしょ?忍び込むしか無いでしょ?証拠と言えば、帳簿か納品書の類だから、僕が行った方が良いでしょ?君らが行ってもどれがどれか解る?」
 なるほど。
「それはそうだな。ラズロは事務の専門家だし」
「じゃあ、決まりだな」
 俺とフリックとラズロで行こう。

「へえ、そう言えば、この子、そう言うのも得意だったよね」
 キリルはラズロを見ながら笑う。
「主にテッドから習ったんだけどね。テッドは鍵穴をちょっと見ただけで開ける事出来たよ」
 いやあ、素早かった。
「だったよね」
 フィルがこの場にいたら、何と言っただろう?
 まあ、テッドだからと言っただろうか?
「まあ、傭兵砦の日常はそんな感じだったな。あの頃はハイランドとは小康状態だったし。ラズロは傭兵砦が軌道に乗ったら出て行ってしまったし。ラダトに行くって」
 ビクトールは遠慮無くグラスに酒を満たす。
「そろそろかな?と思ったからね。ラダトに行って、交易で資金を作ってからカレリアまで行ったよ」
「何でカレリア?」
「うん、まあ、ちょっとね。あそこはハルモニア領だけど、強かな街だからね。グラスランドなんかの情報を仕入れるには一番良いんだよ」
 ティントからの行商も来るしね。
「キリルも一緒だったよね」
「うん。カレリアは暑かったよね」
 カレリアにはハルモニア辺境警備隊って言うのがあってね、ハルモニアの傭兵工作員だよ。
「それを調べに行ったのか?」
「そんなわけ無いよ」
と、ラズロは苦笑する。
「カレリアに行ったのは、観光だよ。交易情報の仕入れだよ。これも僕の仕事の内だからね」
 そうは言うものの妖しい物だとビクトールもフリックも思う。ラズロは何時でも妙な事を知っているのだ。
「カレリアの蛇は滋養強壮に効くんだって。まあ、この手の商品は何時でも高く売れるからね」
 ストックしておくに限る。
「ビクトール、フリック、知ってるかい?」
「何を?」
「夜の紋章、星辰剣の対になる紋章はファレナにあるんだよ。太陽の紋章って言うんだ」
 いきなりな言葉に、ビクトールは面食らう。
「な、何でそんな事を言うんだ?」
「君の相棒がいないからだよ。何処にやったのかねえ」
 にこやかにラズロは笑う。
「まあ、取りなして欲しい時は僕に言えば良いよ。ちゃんと上手くやっておくからね」
「本当に約束してくれるのか?」
「うん、大丈夫。解ってるよ。真の紋章なんてろくでもないからね」
 星辰剣も解ってるよ。だた、
「ビクトールが迎えに言ったんじゃ、へそ曲げると思うけどね」
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