幻想水滸伝 碧の行方〜16
 さて、グレッグミンスターに竜で送ってくれると言う言葉に甘えて、一行は竜に乗せてもらった。
「流石に竜は早いよね」
「そうだね」
 久々のグレッグミンスターだね。
「クマはどうする?」
 俺か?
「俺達は一応、レパントの所に行くよ。色々と話もあるから」
 そっか。
「あ、俺が帰って来たのは内緒だぞ」
 フィルはしっと指を立てる。
「そんなの明日には知れる事だと思うがね」
「だから、今日くらいは静かでいたいの。行こう、ラズロ」
 そうだね。
「あ、宿が無いならうちに来ても良いよ。狭いけどね」
 ラズロが背を向けた二人に向かって言った言葉はフィルが否定する。
「来るな!マリーの宿に泊まれ」
「解ってるさ」
と、ビクトールはひらひらと手を振るとその場を離れた。
「フィル、それ可哀想だよ」
「あいつら良くて、何で俺は駄目なんだよ。おかしいじゃない!」
「・・・そうかな?」
 フィルは悔しそうに足を鳴らす。
「だってだって」
「いや、フィルはおうちにお客さんいるし。ほら、ナナミちゃんとリオウがいるでしょ?主人がいないと駄目でしょ?」
 はたりとフィルの足が止まる。
「ごめん・・・リオウ、ナナミ」
 はは〜と二人は後ろで笑っている。
「いやあ、人気者の恋人持つと大変ですね」
 にこにことリオウは黒い事を吐く。
「うう、そうなんだ。リオウ。だって、ラズロってほら傭兵砦に以前いたんだよ。リオウも知らなかったでしょ?」
 だから心配で心配でね。
「え、そうなんですか?」
「ビクトールとフリックが赴任した頃だから随分昔の事だよ。僕が会計と厨房をしててね。三人で任務をこなしてた事もあるよ。僕はきな臭くなって来たから砦から離れたけどね」
 ほら、これがあるからねと、ラズロは左手を指さした。
「それで知ってるんですね」
 リオウとナナミは成る程と頷いたが、「ピッキング」をふいに思い出したフィルは、
「そう言えば、クマを絞めるんだったな」
 さて、どうやって絞めようか。
「もしもしフィルさん、不穏な事を考えてるんじゃないですか?」
 リオウがにこにこと笑いながら、フィルに聞く。
「うん、どうやってクマを絞めようかなと思って」
「わあ、じゃあ僕もお手伝いしましょう。まだ、貸しを返してもらってないし」
 同士とがしりと二人が腕を交差させるのに、ラズロは唖然としてため息を吐いた。
「まったく」と。

 リオウとナナミがラズロの家に行きたいと言う。
 暫し思案した後に、「日はまだ早いよね」と、了解の頷きをする。
「あ、でも、フィルはマクドールの家に戻ってお客さん来る事をグレミオさんに言わないと」
「お構いなくですよ。僕らは寝床さえあれば良いんですから」
 リオウの言葉にナナミも頷く。
 フィルは上機嫌で道案内をかってでた。
 フィルが案内したそこは、街の中心街から少し離れた静かなたたずまいの場所だ。
「小姑!帰って来たよ」
 その言葉でころころと飛び出して来る子どもがいる。
「お!アス。ただいま〜」
「おかえりなさい。フィル兄さん。どうだった?」
 よっとフィルはソリアスを抱えると
「重くなった〜」と、笑う。
「僕には挨拶無しなの?ソリアス」
 ラズロの言葉に、ソリアスはおろしてもらうと、丁寧に頭を下げる。
「おかえりなさい」
 まるで宮廷の騎士のようだ。
「ただ今。留守中、変わりなかったようだね。しっかりキリルの言う事を聞いて精進していたようだ」
「はい、変わり無く息災です」
 フィルとのまるでの変わりようにリオウとナナミは目を見張る。
「何か・・・待遇ちがうね」
「そうよね。何でかな?」
 それを聞いたフィルが苦笑する。
「いやあ、ここでのラズロは一応、師なんでね。ソリアスは弟子なんだよ」
 へえ、それで?
「キリルは何処?」
 キリル!ただ今!
 良く通る声が部屋に響き渡った後、キリルが顔を出した。
「ごめんごめん。お菓子の仕込み中でね。今、オーブンに入れて来たんだ」
「僕が見ようか?」
 う〜ん。早速で悪いけど頼むよ。
「焦ってたから火加減が今一なんだ」
 じゃあ、僕はお客さんの相手を引き受けるよ。
「こんにちわ。初めまして。キリルです。ラズロの兄のようなものです」
 で、小姑だ。と、横からフィルが茶々を入れる。
「成る程。お兄さんだから小姑ですか」
 リオウもナナミも成る程と納得する。
「そう呼ぶのはこの間男だけですけどね」
 さあ、こちらにどうぞ。
 キリルは居間兼食堂に使っている部屋に案内してくれた。
「何にも無いんですが。アス、みんなにお茶を」
 は〜いと、元気良く返事をするとクレアスは厨房に飛んで行った。
「あの子が?」
「ああ、クレアス=クラウスだよ。可愛いだろ?」
「うん。しかし、お茶を入れるの?」
 それにはキリルが答える。
「お茶どころか料理も出来ますよ。僕とラズロが教えましたから。パーンからは武術をならってますから、なかなか上手いんですよ」
 へえ、僕も見てみたいなあ。
「自分の身くらい自分で守れないと駄目ですからね」
「貴方は僕の事を知ってるの?」
 キリルは頷く。
「ええ、僕は紋章砲を追って世界を旅しましたから。色んな場所に。知ってますよ」
 でも、まあ、貴方が誰でも僕が誰でも今はそんなに関係無いですよね。
「ラズロの友人と言う言葉だけで十分ですよ」
 牽制では無いだろうが、少し含みはある。
「小姑、そんなに警戒しなくてもリオウは大丈夫だよ」
 やれやれとフィルは肩を竦める。
「信用はしてるよ」
「当たり前だ」
 ナナミは黙っていたが、居心地が悪そうだ。
「ここには人に言えない秘密の持ち主が多いですから、ちょっとだけルールを設けてあるだけだよ。立場など廃した関係でポイントは友人だけ」
 そのフィルの言葉にリオウはぱっと笑う。
「それは良いですね!僕はフィルさんの友人でラズロさんの友人!ナナミも同じ。キリルさんはラズロさんの友人」
 うん、良い響きですね。
「でしょ?まあ、フィルには僕は小姑で、僕にはフィルは弟の間男だけど」
 間男にしては手が遅いのが困りものなんだけどね。
 はああと、深いため息を吐くキリルの頭上に棍が落ちる。
「どうでも良いだろ?」
「でも無い。これからラズロは忙しくなるからね」
 僕がここで留守を預かる事も多くなるはずだよ。
「?」
 何だ?と、フィルは首を傾げる。
「シーナから連絡が来て、近々にあちらから養殖真珠のプロジェクトの人を寄越すんだって。リオウ君も戻って来たからね」
「あ、そっか・・・」
 リオウはああと、頷くとははっと困ったように笑う。
「何?リオウ」
「ナナミ、ごめん。これが僕らの最後の旅行だよ。だから、シュウは暫く歩いておいでと言ったんだ」
 あちらに帰ったら、僕は大総領か又は王位に就かないと駄目みたいだ。
「そっかあ」
 ナナミも以前のように反対はしなかった。
「ねえ、ナナミがよければナナミだけここに住んでも良いんだよ。グレッグミンスターに。ここには沢山の友人がいるし、ナナミも好きな事が出来ると思う」
「・・・でも・・・」
 言い淀むナナミにフィルがストップと割って入る。
「まだ、そんな事を心配する事無いだろ?今すぐなんて決める必要無いよ。ね、ナナミ」
「そうそう。ゆっくりと決めたら良いんだから」
 フィルは微笑むと後ろに視線をやる。ラズロが戻って来たようだ。
「キリル、火加減は調節したよ。ところで・・・」
「うん、ラズロが向こうに行ってる間にね。でも、綺麗に掃除してくれてたから直ぐ使えるよ。ラズロが渡してくれたお金、感謝してたよ」
 ?と、フィルが首を傾げる。
「ああ、お隣を買ったんだ。ここも手狭になったしね。僕が帰って来るまでには引っ越すだろうと言う事だったから」
「本当に買ったの?」
 フィルは驚いたらしい。
「うん。故郷に帰るって言うからね。馬車くらいは用意したいじゃない?」
 つまりは結構な金額で買い取ったと言う事だな?と、フィルはため息をつく。
「だから、ビクトールとフリックに来いって言ったんだ」
 手回し良いよね。
「キリルもアスも増えたからね」
 隣の家は建物だけの小さな家だ。
「でも、スペースが増えた分、自由に使えるよ。キリルとアスにはあちらに住んでもらおうと思ってるから」
 ここは書斎に使おうと思ってるからね。
 と、言う事は・・・。
『俺、又、ここに住めるじゃん』
 ラッキ〜。
『ラズロってなんだかんだ言っても俺の事想ってくれてるんだな。な、テッド』
 いや、そうかな?との突っ込みは無い。
『ふふふ、その内・・・ダブルベッドいれよう。いや、今日直ぐに手配しよう。うん』
「どうしたの?フィル」
「え?いや、何でも無いよ」
 急に機嫌が良くなったフィルに、ラズロはふっと笑うと厨房へと消え、焼き上がった菓子を持って戻ってきた。
 キリルはフィルの嬉しそうな背中を見ながら、
『ううむ、進展あるかも?』と、密かに期待するのだ。
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