幻想水滸伝 碧の行方〜11
 ずるりとした身体を駆けめぐる快感とも不快感とも解らない感覚。
 蠢くものは出口を求めて、吐き出せと急かす。
 その不快感が右手を覆う。
 ああ、お前か・・・
 お前なのか
 諦めにも似た絶望感を右手に集めると、吐き出す為に大きく息をつく。
 ほら、出て良いぞ。
 歓喜の溢れるそれが、右手から出ようとする時、ぐいっと引かれた。
「テッド・・・」
 目の前にあったのは愛しい顔。
 心配そうな顔。
「あ・・・ラズロ・・・」
「大丈夫だよ」
 業を重ねる右手は、暖かな温もりに包まれて頬に当てられる。
 重ねられた唇が優しかった。

「・・・・・・」
 今の何?
 窓からは明るい日差しが差し込んでいる。鳥の声も聞こえる。
 ここは・・・ラダトの街だ。
『ええと・・・今のは・・・紋章の記憶かな?』
 フィルは右手を眺める。
 こんな事は初めてだ。夢の中での俺はテッドの視点にいたよな?
「・・・俺、ラズロとキスした?」
 いや、正確にはテッドがしたんだけど。
 つらつらと考えるに、リオウと言う存在が浮かんだ。
「真の紋章の影響か?」
 真の紋章が今は3つ揃っている。
「・・・ところで、テッド・・・あの夢、何で二人とも裸なんだ?」
 ぶつぶつと文句を垂れているフィルの所に、顔を出したのはラズロだ。
「朝ご飯だよ」
 どうしたの?
「いや・・・夢見が良くて悪かった・・・だけ」
 それは大変だねえ。
と、さらりと流すラズロはどうやら何の夢も見なかったらしい。
「ねえ、ラズロ」
「え?」
「ラズロはテッドの夢をみないの?」
「・・・見るよ」
 そっか・・・。
「テッドが苦しそうに僕の手を握るんだ」
 それってさっきの夢じゃないのかな・・・?
「ラズロも見るんだ」
「テッドの夢だったんだ」
 今日の夢は。
「・・・紋章の記憶なのかな?俺がテッドでラズロがいた」
 解る?何か意味がある?
「意味があると言えばあるのかもしれないね。でも、無いのかもしれない。僕と君の距離が近くなったのとリオウの紋章が共鳴した結果じゃないかな?リオウは気がついてないみたいだけど、罰もソウルイーターも浮かれてるからね」
 浮かれてる?
「そう、浮かれてる」
 この言い方は正しいとは言えないんだけど、活性化してると言うのが正しいかな?
 フィルはその言葉に青ざめる。
「え、じゃあ、危ないって事?」
 ここで?危ないなら何処かに行かないとと、慌てるフィルに、ラズロは首をふる。
「大丈夫だよ。君の暴走は無いよ。リオウが押さえてくれるからね」
 それを聞いたフィルははあっと肩から力を抜いた。
「良かった」
「ねえ、フィル。もし君が暴走しても僕が止めるから大丈夫だよ。心配しなくても。リオウの紋章は僕の力になってくれるし」
 さあ、起きて食事にしよう。
「ああ・・・」
 なかなか起きようとしないフィルにラズロは?と、フィルの顔を覗く。
「どうしたの?」
「ええと・・・その・・・何でも無いよ」
 事後の記憶だったんだよとはラズロには言いずらい。
「今日は?」
「テレーズさんとクラウスさんが来るよ」

 テレーズとクラウスがついたのは昼近くなってからだ。
 リオウとナナミの顔を見ると喜んで駆け寄って来る。
「リオウさま!」
 リオウさまと泣きじゃくるだけのテレーズに、リオウもどうしたら良いのか解らない。
「テレーズさん、僕、ちゃんとここにいますから」
 泣きやんでください。
 はたとテレーズはリオウから離れ、恥ずかしそうに袖で目元を拭いた。
「ごめんなさい。あんまり嬉しかったので」
 ああ、恥ずかしいわ。
と、周りを見渡すと、クラウスがハンカチを渡してくれる。
「テレーズ、どうぞ」
「ありがとう」
 それを遠目で見ていたフィルは、何となくレパントを思い出しため息を吐く。
『レパントがテレーズさんならなあ。むさいおっさんに抱きつかれてもなあ』
 フィルはレパントの事が好きだが、抱きつかれる相手は選びたい。
『うん、ラズロに抱きつかれてお願いされたら、俺、何でもしちゃうんだけどなあ』
 はああ、何であんな夢見せるんだよ。テッド。
 ラズロが優雅な仕草でテレーズに挨拶をして、魔法を施している。テレーズの泣き顔はたちまち綺麗に元に戻る。
『鮮やかだよな』
 ラズロ自身は、魔法はそんなに上手くないと言っていた。が、フィルが知る限りでは小技が器用だ。
 彼の魔法は繊細なレース編みのように細かい。
 大技には罰の紋章があるから、オールマイティでは無いだろうか?
 つらつらと考え事をしているとフィルの隣にクラウスが立っていた。
「お久しぶりです」
「あ、クラウス。久しぶり」
 見渡すともう誰もいない。ラズロの事がきっかけで場を移動したらしい。
「フィルさまがリオウさまを連れてきてくれたんですか?」
「いや、リオウがバナーの村に来たんだよ。シュウを迎えにね」
 俺はシーナに誘われてここに来たの。ラズロは商用でこの後、竜洞に行こうと思ってね。
「不思議な方ですね。あの方は」
 ラズロの事だろう。
「まあね。償いと許しの人だから。本人、そんな事微塵も言わないけどね」
 ところで、クラウスは最近どう?
「どうと言われても・・・さあ、どうなんしょうね?」
 シュウからの便りがテレーズの元に届いた時、彼女はやはり先程と同じように泣いた。
 その気持ちはクラウスには良く解った。
「父上、平和って難しいですね」
 戦争は簡単だ。平和より。
 人は争う心を持っているのだから。
「クラウスはどう?誰か好きな人できた?」
 ねえ、俺の恋人どう?綺麗で素敵でしょ?
 フィルはにやにやと笑うと、如何にも嬉しそうにクラウスの顔を覗き込む。
「私ですか?いえ、別に好きな人などいませんから」
 え〜寂しいよお。それ。
「テレーズの事は好きじゃないの?」
「あの方は仕事のパートナーです。それ以上でも以下でもありません」
 お堅い。
「そっか、クラウスの仕事、大変そうだね。恋人作る余裕も無いのかなあ?」
「はあ、確かに仕事は忙しいんですが・・・」
 それほど余裕無いと言うわけでは無いですよ。
「そう?まあ、表面上は平和だからクラウスががんばってるのが解る」
「・・・トランの英雄に隠し事は出来ないですか?」
「腹を探ってるわけでは無いよ。ただ、ラズロの事があるし。あの人は南の国の重鎮だけど、トランとは関係無いからね」
「貴方の恋人なら関係無いで済ます事は出来ないのでは?」
 クラウスの言葉に、フィルは頷く。
「その通りなんだよね」
 でも、関係無いんだよ。
「ええ、解りました。関係無いんですね」
「うん、でも、商業的には関係あるよ。淡水真珠の話をシュウがしてくれるよ」
「淡水真珠?」
「そう、ラズロがトラン湖で養殖を始めるんだ。それにシュウが誘われてる。仲介はチープー商会なんだけどね」
 面白いでしょ?
「へえ、確かに面白そうですね」
「ま、そんなわけで、あの人がトランにいる名目も出来たわけだけどね」
 群島の重鎮がトランで私塾なんてやってるなんて、奇異にしか聞こえないからね。
「賢い人ですね」
「160年仕込みだからね」
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